死にたい夜にはコーヒーを飲む。昔付き合っていた貴女が愛飲していたから。甘党な私は苦いものが大嫌いで、よくそんなものを飲めるなと常々思っていた。私は今、部屋で毛布に包まって震えている。未だ貴女のいない朝を迎えるのが怖いなんて可笑しいかな。手にもったマグに口をつける。やっぱり不味い。
優しいことで有名な貴女は、常に周囲から最善の行動を求められる。街中にゴミが落ちていれば拾うし、困っている人がいれば声をかける。優しいね、と誰かに言われる度、苦しそうに微笑む貴女を見ていると苦しい。先月、貴女は川に溺れた子どもを助けようとして死んだ。私にはもう、正しさが分からない。
ある時から、貴女は起床が上手くできなくなった。それに付随して仕事も辞め、めっきり外出もしなくなり、ずっと家に引きこもっている。そんな貴女の現状を甘えだと言う人がいる。ずるいと罵る人がいる。ごめんね、私も同じ気持ちだ。社会の枠組みにぎりぎり踏みとどまれてしまう私は、貴女が心底憎い。
聡明で美人な貴女は本当によくモテるので、もういっそ殺すしかないなと思った。貴女と容姿を比べられるのも散々だし、何より他の人間に貴女を取られるくらいなら、貴女の存在ごと消し去ってしまう方がよほど健全だろう。夜中にアパートに忍び込んで、貴女の寝込みを襲う。その胸にナイフを突き立てる。
私は自室で、買って間もないアイシャドウを砕いていた。固形のシャドウをブラシの持ち手で引っ掻くと、瞬時に粉々になって、ティッシュペーパーの上にきらきらと舞った。それは通常の状態よりも、ずっと綺麗に見える。「いつかあたしの期限が切れたら、こんなふうに輝かせてね」と貴女が冗談を言った。
貴女はいつしか、「長い期間の幸福よりも、一瞬の悲しみの方に囚われてしまうのは、あたしの性質の問題なのかな」と私に言った。だから一か八か、私は貴女に最低な方法で別れを告げてみたんだけれど、言わずもがな惨敗した。そっか、と貴女が平然と笑うから、私はこの瞬間の悲しみに囚われ続けている。
月曜の朝は、貴女がいつになく憂鬱そうにするから好きじゃない。控えめに言って、月曜の朝を撲滅してやりたい。無理しないでね、とか言えたら良いんだけれど、現実はそんなに簡単じゃないから。気休めにしかなり得ない言葉は、余計に貴女を苦しめるかもしれないから。どうか何も言えない私を許してね。
貴女の自己肯定感は常に、地の底まで落ちきっている。加えて被害妄想が激しくて、誰にも自分を傷つけさせまいと、過剰な自衛に走る傾向がある。「もし生まれ変われるとしたら、あたしになりたい?」ある時、貴女は私にそんなことを尋ねた。「なりたくないな」と答えて、私は何となく手首の古傷を庇う。
放課後になると、私はいつも教室に居残る。そうして今日も夜遅くに帰宅したのだけれど、玄関に上がるなり、居間から母親のヒステリックな叫びが聞こえてきた。うんざりした私は、結局近くの公園に避難する。園内ではすでに同士の貴女が待ち受けていた。「おかえり」と貴女が言うから、泣けて仕方ない。