寒がりな貴女のためにマフラーを編んだ。手先が不器用な割によくできたと思う。クリスマスプレゼントにそれをあげると、貴女はとっても喜んでくれた。でも、やっぱり縫いが甘かったみたいで、間もなく解れが目立つようになる。毎日ボロボロのマフラーを巻いて出勤する貴女は、先日風邪を引いたらしい。
気がついた時、私は真っ暗なトンネルのなかに独りぽつんと立っていた。とりあえず早くこの不気味な場所から出たい。私は出口を求めてひたすらに前進する。あれ、おかしい。歩いても歩いても、終わりがない。歩き疲れた私が足を止めると、不意に、脳に貴女の声が響く。「ここはあたしの精神世界なのよ」
貴女はいつだって、誰をも傷つけない、世界でいちばん優しい言葉を探し求めている。けれど、そんなのどこにもありはしない。貴女だって、本当は分かっているはずだ。だから貴女は口を噤むことを選んだんでしょう? 喋らなくなった貴女から、周囲の人間は離れていった。私だけがずっと傍にいる。ずっと。
貴女と初詣に来た。賽銭箱に小銭を投げて、ちゃんと一連の作法を踏んでお参りする。手を合わせている間、こっそり隣の貴女を見ると、何やら必死にお祈りしていた。帰り道。どうしても気になった私は、貴女に何を願ったのか聞いてみると、「あんたの健康」と実にシンプルな答えが返ってきた。嘘でしょ?
死にたい夜にはコーヒーを飲む。昔付き合っていた貴女が愛飲していたから。甘党な私は苦いものが大嫌いで、よくそんなものを飲めるなと常々思っていた。私は今、部屋で毛布に包まって震えている。未だ貴女のいない朝を迎えるのが怖いなんて可笑しいかな。手にもったマグに口をつける。やっぱり不味い。
優しいことで有名な貴女は、常に周囲から最善の行動を求められる。街中にゴミが落ちていれば拾うし、困っている人がいれば声をかける。優しいね、と誰かに言われる度、苦しそうに微笑む貴女を見ていると苦しい。先月、貴女は川に溺れた子どもを助けようとして死んだ。私にはもう、正しさが分からない。
ある時から、貴女は起床が上手くできなくなった。それに付随して仕事も辞め、めっきり外出もしなくなり、ずっと家に引きこもっている。そんな貴女の現状を甘えだと言う人がいる。ずるいと罵る人がいる。ごめんね、私も同じ気持ちだ。社会の枠組みにぎりぎり踏みとどまれてしまう私は、貴女が心底憎い。
聡明で美人な貴女は本当によくモテるので、もういっそ殺すしかないなと思った。貴女と容姿を比べられるのも散々だし、何より他の人間に貴女を取られるくらいなら、貴女の存在ごと消し去ってしまう方がよほど健全だろう。夜中にアパートに忍び込んで、貴女の寝込みを襲う。その胸にナイフを突き立てる。
私は自室で、買って間もないアイシャドウを砕いていた。固形のシャドウをブラシの持ち手で引っ掻くと、瞬時に粉々になって、ティッシュペーパーの上にきらきらと舞った。それは通常の状態よりも、ずっと綺麗に見える。「いつかあたしの期限が切れたら、こんなふうに輝かせてね」と貴女が冗談を言った。