……あれ。
ここは、どこなんだろう……?
わたしどうしたんだっけ。重たいまぶたをゆっくりと開けると、そこは見慣れない真っ白な空間が広がっていた。
どのくらい広い空間なのか分からない。
ここはどこだか分からない。
ここに来る前の記憶が思い出せない。
何もかも分からないことだらけで頭の中は少しパニックになっていた。
「……誰か、いないの?」
誰もいない、何も無い空間に不安を感じて思わず声を出す。わたしの声だけが響いて、不気味な雰囲気だった。
『……目が覚めたか?』
「誰!?」
返事はないだろうなと思っていたら、突然この空間いっぱいに機械音が聞こえた。日本語を話しているけど、声は人じゃない。
そんな声。
『誰でもいいじゃないですか。まぁ、しいて言うならわたしは天使……いや、悪魔かな?』
わたしの不安をよそにケラケラと笑い出す声の主。悪魔……?天使……?
なんのことだかさっぱり分からない。
『そんな話は置いといて。ゴホンッ!改めて《理想の世界へ、ようこそ。》お前は選ばれし人間だ。ここではどんな願いも、自分の理想の世界も作れる最高の場所になる!』
「理想の、世界……?」
『そうだ。お前は生きるのが辛くなり“死”を考えていただろう?そこで!今日の抽選の中にお前がいたんだが、見事抽選で選ばれ、この世界へ導くことを許された!』
戸惑うわたしだったけど何かを言う隙もなくペラペラと話し出す顔も名前も知らない人。
『そこでお前には少し面白いゲームをしてもらう』
「ゲーム……」
『ルールは至って簡単。この空間で自分の理想の世界を作り上げること。ただそれだけだ。ひとつ、ひみつ道具として“トイトイ”というポケットをやろう。それで人間も道具も食べ物もなんでも出せる』
もう、何が何だか分からなくなった。
ゲーム?トイトイ?理想の世界?
聞いたこともない言葉だらけで説明されても全然意味がわからない。
『ただし。自分の理想とは違うものを出すとそれは消える。それは現実でもこの世界でも一緒。さらに、制限時間内に作り上げることが出来なければお前はこの世界から一生目が覚めない。意識はこの空間にさまようことになる』
……一生、目が覚めない。
つまり、この空間は夢の中。もしくは自分が思い描く“仮想”の世界。きっと、あのゴーグルのせいでこの変な空間に飛ばされた。
頭の中はパニックなはずなのにそう冷静に考えていた。
『さぁ、この真っ白な空間を自分の色に染めて、理想の世界を作り上げるんだ!それじゃあ、ゲーム……スタート!!』
楽しそうな声と共に謎のゲームはスタートした。ケラケラと笑う声、真っ白な空間に取り残されたわたし。
そして、目の前にはポンっと洋服のポケットのようなものが出てきた。
それを受け取るとわたしの服にくっつき、離れなくなる。……どうやら、わたしはもう逃げられないらしい。
まるでこの世界から抜け出せない、と言わんばかりにポケットは離れないし、ドアも何も無い。
辺りを見渡していると、ウィーン……という音と共にモニターが出され、パッと画面が明るくなる。
するとそこには自分の部屋でゴーグルをつけながら寝ているわたしがいた。
この画面はリアルな世界と繋がっているのか。
確か声の主も……『自分の理想と違うものを出すと消える。それは現実でもこの世界でも一緒』と言っていた。
「理想の世界、か……わたしに、作れるかな?」
常に自分の中で思い描く理想はあった。
だけど、間違ったものを出すと消える、となるとほとんどそれに関してはチャンスは1度きりということになる。
怖い、と思う反面少し面白いと思っている自分がいて。
そんなわたしはおかしいのかな、とも思ってしまった。
『さぁさぁ、早くしないと制限時間が終わってしまうよ?制限時間は24時間。時間は無限じゃない。限られた中で作り上げなくちゃ』
ぼーっとしながら突っ立っているとそう声が聞こえた。
はっとしてもう一度ポケットを見た。
何も無い空間じゃ、何も出来ない。
とりあえずなにか出そうか?
そう考えて1番に思ったのはわたしの元カレだった。理想の世界を作るなら彼がいないと始まらない。
そう思ったわたしは意を決してポケットを叩いた。
「櫻井、龍央をお願いします」
ポンポン、と2回叩くとそこから龍央がにゅるっと出てくる。
……ほ、本当に龍央が出てきた。
わたしは驚きながらも龍央と目を合わせる。すると、龍央は付き合っていた頃と変わらぬ優しい表情でニコッと微笑む。
それを見て胸が熱くなった。
久しぶりにそんな優しい眼差しを向けられ、喜ばない手はなかった。
「龍央……龍央なの?ねぇ、龍央……!」
この真っ白な空間に、わたしと龍央の2人きり。涙を流しながら彼に飛びつきわんわん泣いた。
色んなことが起こりすぎていっぱいだったのかもしれない。
ああ……やっと、龍央がわたしを見てくれた。やっと、戻ってきてくれた……。
龍央に抱きつきながら泣いていると、突然モニターが動いて目の前で止まる。そこに映っていたのはわたしじゃなくてリアルな世界で生きる龍央だった。
リアルな龍央は起きていて学校に向かう途中だった。
その隣にはわたしの知らない女の子がいる。
……あの子、誰?
龍央に抱きついていたけどその映像を見て胸の奥に黒いモヤがかかる。嫉妬しているのか、悔しいのか、情けないのか。
どんな気持ちが正解なのか分からない。
だけどそんなわたしに容赦なくモニターはリアルの龍央を映し出す。
見たくない。
見てはいけないと思っているのに。
視線がモニターの方にいってしまうのはなんで……?
「実来……?」
「龍央……あの子が、わたしよりも好きな子?」
久しぶりに名前を呼んでくれたのに。
今はちっとも嬉しいとも胸の高鳴りを感じることもなかった。代わりに溢れてくるのは憎しみ、悲しみ、怒り。
先程まで龍央のことが好きで好きでしょうがなかったのに。今となっては本当に“消えて欲しい”と思ってしまった。
好きな気持ちが一瞬にして消える瞬間だった。
「龍央。わたしを愛せないなら、“ここから消えて”。今の龍央はこの世界に必要無い!」
怒りのあまり叫んでしまった。
すると、目の前の龍央はぱんっという音と共に弾けて消えた。それと同時にモニターに写っている龍央も苦しみ出す。
『……うゔ……』
ドサッとその場に倒れ込み、そこでモニターは消えた。パッとくらい画面に変わり、わたしが映る。
『あーあ、やってしまいましたね。これで、この世界の龍央さんとリアルな龍央さんは居なくなりました』
「あ、……あ、わたし……今、なんて……」
目の前で起こったことが信じられなくてガクガクと足が震える。
画面が黒くなった後、この状況を楽しんでいるであろう声の主が話し出す。
今、龍央が……龍央が……!
わたし、なんてことをしてしまったの……!?
普段なら言わない言葉がスルスルと口から出てきて自分が恐ろしくなった。
本当に、龍央が……!
「ね、ねぇ……龍央は、龍央はどうなったの!?」
『あはは!いいですねぇ、その絶望した顔。あなたの表情は今とても良い!この表情ですよ、わたしが見たかったのは!!』
藁にもすがる思いで聞いたのに。
そんなわたしの思いとは別に高らかに、楽しそうに笑っていた。
『……どうです?この世界は。あなたの思った通りに動く世界は素晴らしいでしょう?この調子でどんどん理想の世界を作り上げてください。そして、この世界から目覚める時が来ることを心から祈っています』
「ちょ、ちょっと……!ねぇ、待って!」
もう何も考えられなくて。
必死に見えない声の主に向かって、手を伸ばした。
だけど。
その手は行き場を失い。
そのまま、ストン、と落ちていった……。