夜空を見上げると、空いっぱいに星が広がっていた。
夜という暗闇のなか照らされている星は幻想的で、誰が見ても美しい。
一つだけ、他の星よりも光り輝いている星を見つけることができた。
その星はきっと――。
うーんと背伸びをし、ゆっくりとベッドから体を起こす。カーテンを開けると、昨日雨が降っていたとは思えないほどの眩しい日差しが目に入る。
時計を見ると、午前六時。少し早めに起きてしまったけれど、二度寝すると絶対に学校へ遅刻するからそのまま起きておこう、と思う。
一階へ降りてリビングの椅子へ座り、買い置きしていた食パンを一口かじると、やわらかい食感と甘さが口のなかに広がった。
一人暮らしというのはやはり楽だ。自分のペースで食べられるし、他の人の分の料理を作る手間もないのだから。
私は学校へ行く準備をし、ブレザーの制服を着る。中学校のときはセーラー服だったから、何だかこそばゆい。
今日から高校生になるんだ、と改めて実感する。――時が経つというのは本当に早い。
「お母さん、お父さん。行ってくるね」
玄関に飾ってある、かけがえのない三人家族の写真に話しかける。返事は来ないと分かっているけれど、こうするのは私の日課だ。
二人が空の上で私のことを見守ってくれていると、そう信じて。
「わぁ……綺麗」
外に一歩出ると、桜が舞い散っていた。一つ一つの花びらが風に揺られて舞っていて、思わず声に出してしまうほど美しい。
この季節は桜がとても綺麗だ。春といえば桜、と答える人がほとんどだろう。実際、私も桜は好きだ。
だけど、この季節はうんざりするほど嫌いだ。大切な人を二人同時に失った春だから――。
「痛っ」
そんなことを考えてぼーっとしながら歩いていると、曲がり角で通行人と鉢合わせしてしまった。まさに少女漫画の世界観みたいな。
背は私より少し高いくらいで、可愛らしい顔立ちをしているけれど、男の子だろう。
つぶらな瞳をじーっと見つめてしまう。
「す、すみません。お怪我はありませんか?」
「……えっ、人間!?」
――いや、出会って最初の発言がそれ?
思わず心のなかでツッコミを入れてしまった。その男性は目を光り輝かせて、私の顔をじっと見つめてくる。
何か、関わったらとても面倒くさいことになりそうな予感がざわつく。
「ねぇきみ、人間だよね?」
「は、はぁ?」
――何なの、この人。この人だって、見た目からして人間だと思うのだけど。
「……あなたは、宇宙人なんですか」
冗談交じりで、私はそう言った。
「えっ? あはは、きみは面白いこと言うんだね。残念ながらはずれ!」
ケラケラと面白そうに笑っている。何だか馬鹿にされたようで腹が立ってくるんだけど。
失礼な人のはずなのに、この人のことが気になってしょうがない。人を惹きつけるオーラが……何となく、ある。
「――星だよ。夜に輝く、お星さま」
頭上にどこまでも広がっている青空を指差してそう言った。
……やっぱりこの人頭がおかしいんじゃないの、と失礼ながら思ってしまう。
いきなり出会った人にお星さまなんて言われても信じられないに決まっている。
「……ふざけてますか?」
「えぇっ、ひどいなぁ! ふざけてなんかないよ、本当に俺はお星さまなんだよ」
「じゃあ何かやってみせて」
これでこの人の嘘は暴かれるだろう、と作戦を立てた。こんなに失礼な男の子がお星さまなわけないもの。
だけど男の子は、ニヤッと何かを企んだような笑みを浮かべる。
「じゃあカウントダウンするから、空見ててね。三、二、一!」
私は急いで青空を見上げる。すると信じられないことが起こったのだ。
はっきりと目で見て分かる、七色の虹が青空に浮かんだ。
晴天で雨なんて降っていなかったのに、急に空に虹が現れた。
――この人が、やったの?
「えへへ、どう? 俺のこと信じてもらえた?」
「……ちょっとだけね」
「それなら良かったよ!」
この人は感情が顔に出やすいのだろう。すごく……嬉しそうな表情をしている。
本当に変な人だ。この人が喜んでいると私まで嬉しく感じてしまうなんて、どうかしている。
「きみ、なんて名前?」
「……綾川 星奈」
「星奈ちゃんね! 俺はスグル。人間でいう、苗字ってものはないよ」
この人――スグルはそう言って、にっこりとした笑みを浮かべた。不意な笑顔に少しだけドキッ、としてしまう。
こんな人でも星なんかになれるんだ、と思った。まだ完全に信じたわけじゃないけど。
「ところで星奈ちゃん、学校は大丈夫なの?」
「……えっ? 待って、遅刻しちゃう!!」
スマートフォンを見ると、ここから走らないと間に合わない時間になっている。
もう、余裕持って家を出たはずなのに。高校初日から遅刻なんて目立ってしまう。それは絶対に避けたい。
「じゃ、じゃあ行くから」
「あぁ待って、星奈ちゃん! 俺、星奈ちゃんを助けるために人間の世界に来たんだ」
「私を、助けるため?」
急いで学校へ向かおうとするも、そのスグルの言葉が気になってしまい、足を止めた。
……私を助ける。何度その言葉を聞いてきただろうか。そして何度裏切られてきただろうか。
絶対に信じない。いくら星だとしても、それだけは信じてはいけないんだ。
「……いい。私には構わなくて、いいから。バイバイ、スグル」
スグルの悲しそうな表情を見て胸が痛くなったが、見て見ぬふりをしてもう一度歩き出した。こうするのが正解だと自分の心に言い聞かせる。
こうして私は何度も何度も傷ついてきた。人一倍、心を削られてきたのだ。
だから、もう人を信じることができない――ごめんね、スグル。
何とか学校には間に合ったものの、スグルの最後の表情が気になって気になって仕方がなかった。
クラスでそれぞれ自己紹介をしていくが、やっぱり私は人前で何かを言うことがとても苦手だ。緊張で心臓の鼓動が早くなっている。
それにスグルのことが気になっちゃって……何だか胸がソワソワして落ち着かない。
「……さん。綾川さんの番ですよ」
「あっ、すみません! えっと、綾川星奈といいます。よろしくお願いします……」
クラスメイトが私の方を注目していて、至るところから視線が痛い。
――スグルのことばかり頭の中に浮かんでしまって、私はずっと上の空だった。
学校が終わって帰宅の準備をし、帰り道を小幅で歩いていく。入学式と桜というのはとても似合っている。やはり春は桜が綺麗だ。
お母さんとお父さんと、この景色見たかったな。そんな叶わない願いを心のなかで小さく思う。
「あっ、おかえり、星奈ちゃん!」
「……ス、グル?」
帰り道を歩いていると、道端にある小さな花を見つめながら、スグルは座っていた。
おかえり、って……もしかして私のことをずっと待ってくれていたのだろうか。数時間もの間、ここでずっと。
「冷たい態度取ったのに、どうして待っててくれたの?」
「どうしてって……俺星奈ちゃんを助けるって約束したじゃん」
ドキン、と胸が高鳴ったのが分かった。幼い子供のように無邪気なスグルが、こんなに男らしいことを言ってくれるなんて……。
私のことを本当に考えてくれているのが伝わってくる。
――この人なら、信じられるかも。
「ねぇ、星奈ちゃんは俺のことが嫌い? 俺、星奈ちゃんを助けちゃだめかな?」
「そんなわけない。スグルに、救ってほしいと思ってる」
そう言うと、スグルは満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに飛び跳ねた。先程とは別人みたい。
何だか私まで恥ずかしくなってしまうのだけど……。
「これからよろしくね、星奈ちゃん!」
「……よろしく、スグル」
でもたぶん、これだけは確実に言える。過去の人たちのように、スグルは私のことを裏切らないと。
目を見て分かるんだ。悪魔とは違う、スグルは確かに、みんなの願いを叶えてくれるお星さまのようだって。
「ありがとう、星奈ちゃん! 俺、必ず星奈ちゃんを救ってみせるから。ところで……住むところないから、星奈ちゃんの家に泊めてくれないかな?」
……は?
こうして私とスグルの、そして人間と星の、不思議な関係が始まった。
夜という暗闇のなか照らされている星は幻想的で、誰が見ても美しい。
一つだけ、他の星よりも光り輝いている星を見つけることができた。
その星はきっと――。
うーんと背伸びをし、ゆっくりとベッドから体を起こす。カーテンを開けると、昨日雨が降っていたとは思えないほどの眩しい日差しが目に入る。
時計を見ると、午前六時。少し早めに起きてしまったけれど、二度寝すると絶対に学校へ遅刻するからそのまま起きておこう、と思う。
一階へ降りてリビングの椅子へ座り、買い置きしていた食パンを一口かじると、やわらかい食感と甘さが口のなかに広がった。
一人暮らしというのはやはり楽だ。自分のペースで食べられるし、他の人の分の料理を作る手間もないのだから。
私は学校へ行く準備をし、ブレザーの制服を着る。中学校のときはセーラー服だったから、何だかこそばゆい。
今日から高校生になるんだ、と改めて実感する。――時が経つというのは本当に早い。
「お母さん、お父さん。行ってくるね」
玄関に飾ってある、かけがえのない三人家族の写真に話しかける。返事は来ないと分かっているけれど、こうするのは私の日課だ。
二人が空の上で私のことを見守ってくれていると、そう信じて。
「わぁ……綺麗」
外に一歩出ると、桜が舞い散っていた。一つ一つの花びらが風に揺られて舞っていて、思わず声に出してしまうほど美しい。
この季節は桜がとても綺麗だ。春といえば桜、と答える人がほとんどだろう。実際、私も桜は好きだ。
だけど、この季節はうんざりするほど嫌いだ。大切な人を二人同時に失った春だから――。
「痛っ」
そんなことを考えてぼーっとしながら歩いていると、曲がり角で通行人と鉢合わせしてしまった。まさに少女漫画の世界観みたいな。
背は私より少し高いくらいで、可愛らしい顔立ちをしているけれど、男の子だろう。
つぶらな瞳をじーっと見つめてしまう。
「す、すみません。お怪我はありませんか?」
「……えっ、人間!?」
――いや、出会って最初の発言がそれ?
思わず心のなかでツッコミを入れてしまった。その男性は目を光り輝かせて、私の顔をじっと見つめてくる。
何か、関わったらとても面倒くさいことになりそうな予感がざわつく。
「ねぇきみ、人間だよね?」
「は、はぁ?」
――何なの、この人。この人だって、見た目からして人間だと思うのだけど。
「……あなたは、宇宙人なんですか」
冗談交じりで、私はそう言った。
「えっ? あはは、きみは面白いこと言うんだね。残念ながらはずれ!」
ケラケラと面白そうに笑っている。何だか馬鹿にされたようで腹が立ってくるんだけど。
失礼な人のはずなのに、この人のことが気になってしょうがない。人を惹きつけるオーラが……何となく、ある。
「――星だよ。夜に輝く、お星さま」
頭上にどこまでも広がっている青空を指差してそう言った。
……やっぱりこの人頭がおかしいんじゃないの、と失礼ながら思ってしまう。
いきなり出会った人にお星さまなんて言われても信じられないに決まっている。
「……ふざけてますか?」
「えぇっ、ひどいなぁ! ふざけてなんかないよ、本当に俺はお星さまなんだよ」
「じゃあ何かやってみせて」
これでこの人の嘘は暴かれるだろう、と作戦を立てた。こんなに失礼な男の子がお星さまなわけないもの。
だけど男の子は、ニヤッと何かを企んだような笑みを浮かべる。
「じゃあカウントダウンするから、空見ててね。三、二、一!」
私は急いで青空を見上げる。すると信じられないことが起こったのだ。
はっきりと目で見て分かる、七色の虹が青空に浮かんだ。
晴天で雨なんて降っていなかったのに、急に空に虹が現れた。
――この人が、やったの?
「えへへ、どう? 俺のこと信じてもらえた?」
「……ちょっとだけね」
「それなら良かったよ!」
この人は感情が顔に出やすいのだろう。すごく……嬉しそうな表情をしている。
本当に変な人だ。この人が喜んでいると私まで嬉しく感じてしまうなんて、どうかしている。
「きみ、なんて名前?」
「……綾川 星奈」
「星奈ちゃんね! 俺はスグル。人間でいう、苗字ってものはないよ」
この人――スグルはそう言って、にっこりとした笑みを浮かべた。不意な笑顔に少しだけドキッ、としてしまう。
こんな人でも星なんかになれるんだ、と思った。まだ完全に信じたわけじゃないけど。
「ところで星奈ちゃん、学校は大丈夫なの?」
「……えっ? 待って、遅刻しちゃう!!」
スマートフォンを見ると、ここから走らないと間に合わない時間になっている。
もう、余裕持って家を出たはずなのに。高校初日から遅刻なんて目立ってしまう。それは絶対に避けたい。
「じゃ、じゃあ行くから」
「あぁ待って、星奈ちゃん! 俺、星奈ちゃんを助けるために人間の世界に来たんだ」
「私を、助けるため?」
急いで学校へ向かおうとするも、そのスグルの言葉が気になってしまい、足を止めた。
……私を助ける。何度その言葉を聞いてきただろうか。そして何度裏切られてきただろうか。
絶対に信じない。いくら星だとしても、それだけは信じてはいけないんだ。
「……いい。私には構わなくて、いいから。バイバイ、スグル」
スグルの悲しそうな表情を見て胸が痛くなったが、見て見ぬふりをしてもう一度歩き出した。こうするのが正解だと自分の心に言い聞かせる。
こうして私は何度も何度も傷ついてきた。人一倍、心を削られてきたのだ。
だから、もう人を信じることができない――ごめんね、スグル。
何とか学校には間に合ったものの、スグルの最後の表情が気になって気になって仕方がなかった。
クラスでそれぞれ自己紹介をしていくが、やっぱり私は人前で何かを言うことがとても苦手だ。緊張で心臓の鼓動が早くなっている。
それにスグルのことが気になっちゃって……何だか胸がソワソワして落ち着かない。
「……さん。綾川さんの番ですよ」
「あっ、すみません! えっと、綾川星奈といいます。よろしくお願いします……」
クラスメイトが私の方を注目していて、至るところから視線が痛い。
――スグルのことばかり頭の中に浮かんでしまって、私はずっと上の空だった。
学校が終わって帰宅の準備をし、帰り道を小幅で歩いていく。入学式と桜というのはとても似合っている。やはり春は桜が綺麗だ。
お母さんとお父さんと、この景色見たかったな。そんな叶わない願いを心のなかで小さく思う。
「あっ、おかえり、星奈ちゃん!」
「……ス、グル?」
帰り道を歩いていると、道端にある小さな花を見つめながら、スグルは座っていた。
おかえり、って……もしかして私のことをずっと待ってくれていたのだろうか。数時間もの間、ここでずっと。
「冷たい態度取ったのに、どうして待っててくれたの?」
「どうしてって……俺星奈ちゃんを助けるって約束したじゃん」
ドキン、と胸が高鳴ったのが分かった。幼い子供のように無邪気なスグルが、こんなに男らしいことを言ってくれるなんて……。
私のことを本当に考えてくれているのが伝わってくる。
――この人なら、信じられるかも。
「ねぇ、星奈ちゃんは俺のことが嫌い? 俺、星奈ちゃんを助けちゃだめかな?」
「そんなわけない。スグルに、救ってほしいと思ってる」
そう言うと、スグルは満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに飛び跳ねた。先程とは別人みたい。
何だか私まで恥ずかしくなってしまうのだけど……。
「これからよろしくね、星奈ちゃん!」
「……よろしく、スグル」
でもたぶん、これだけは確実に言える。過去の人たちのように、スグルは私のことを裏切らないと。
目を見て分かるんだ。悪魔とは違う、スグルは確かに、みんなの願いを叶えてくれるお星さまのようだって。
「ありがとう、星奈ちゃん! 俺、必ず星奈ちゃんを救ってみせるから。ところで……住むところないから、星奈ちゃんの家に泊めてくれないかな?」
……は?
こうして私とスグルの、そして人間と星の、不思議な関係が始まった。