翌朝、藍は身支度を整えようと起き上がった。寝ぼけ眼をこすり、あくびをすると布団の周りに無数のプレゼントが置かれていた。
「えっ?」
目をこすってみてもプレゼントは幻ではない。慌てて寝間着のまま部屋を出ると、どこからともなく沢胡がやってきた。
「藍様!」
「沢胡さん、なんでプレゼントが……あんないっぱい」
「見てください! 私の枕元にこんなものが!」
藍の言葉を遮る沢胡が目の前に小さなプレゼントの包みを掲げる。どうも中身は繊細な装飾がついた小物入れのようだった。
「これがプレゼントですね!」
「そう……クリスマスプレゼントです、けど」
「クリスマスって素敵ですね!」
沢胡は包みを掲げてうっとりと言った。
「けど、今日はまだ二十四日のはず……」
藍は意味が分からず、ひとまず居間へ急いだ。
きっとこんなことができるのは清雅だけだ。
「清雅さん!」
居間へ入ると同時に声をかけると、清雅がのんびりとした様子でテーブルについていた。
「なんだ、藍。はしたないぞ。寝間着のままじゃないか」
「だってあんな……サプライズみたいなこと……」
サプライズクリスマスが台無しになった翌日にサプライズをされるとは夢にも思わない。
『見て見てー! 清雅から首輪もらった!』
すでに起きて朝食を食べていたカッちゃんが新品の青い首輪をつけて誇らしげにする。
どうやら藍だけでなく双子や使用人たちにまでプレゼントを一夜のうちに用意していたのだろう。そんな清雅の抜かりなさに藍は何も言えなくなる。
「気に入ったか? クリスマスというのはああいう行事なんだろう?」
「い、一日早いです!」
藍は悔しさのあまり大声を放つと頬を膨らませた。
「私だって、サプライズで清雅さんにプレゼントを用意してたのに……! 先を越されちゃったし、私のプレゼントなんかよりもいっぱいだし、豪華だし……!」
だんだん自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。そんな藍に対し、清雅はあっけにとられた顔をしていたがすぐに噴き出した。
「そうかそうか。そんなに嬉しいか」
「う、嬉しい……ですけど!」
そう言って藍は居間を出た。自室に戻り、寝間着のままプレゼントを手に取る。
スノウドームのオルゴール、きらびやかなコスメティック、冬用ワンピース、手袋、マフラー、コート、ブーツ、アクセサリー。また大きなテディベアやマグカップ、ステーショナリーセット、ハンカチ、バッグなどなど現し世で買ってきたと思しきものばかりで、藍は肩を落とした。
──やっぱり私が用意したものじゃ……。
「藍、プレゼントをくれ」
部屋の引き戸の向こうから清雅の声がしてくる。藍は机に置いていた小さな手作りのプレゼントをすぐに隠そうとした。柔らかい和紙で包み、組紐で縛っただけの不格好なものだ。
「こんなのじゃ、恥ずかしくて渡せません」
「お前からのものならなんでもいいんだよ、俺は」
清雅の優しい言葉がまっすぐ届いてくる。
しばらくして藍はプレゼントを抱えて部屋の戸を小さく開けた。
「どうぞ」
小さく消え入る声でプレゼントを渡す。清雅は受け取るとさっそく組紐を解き、中身を出した。
「これはクリスマスリースってやつか」
清雅が訊く。彼の手には木の枝や木の実、ヒイラギで作ったリースがある。
「やっぱり恥ずかしいです」
藍は顔を覆って言った。思えば生まれてはじめて、母以外の相手にプレゼントを渡した。母ならなんでも喜んでくれたが、清雅は鬼とは言え大人の男性だ。やはり幼稚で子供っぽいだろうか。そんな不安がよぎる。
しかし彼は大事そうにリースを見つめて嬉しげな微笑みを浮かべる。
「呆れないんですか? こんな……」
「リースというのは魔除けのお守りらしいぞ。それに他にも意味があるらしい」
清雅があっさりと言う。この以外な言葉に藍は目をしばたたかせた。
「え? そうなんですか……?」
「あぁ。なんだ、人間の風習なのに知らないのか?」
清雅は「やれやれ」と苦笑した。藍もようやく不安がなくなり、笑いを浮かべる。
「しかも藍の手作りなら最高のプレゼントだな。ありがとう、藍。大事にする」
そう言うと清雅は藍の額にキスした。すぐに顔が熱くなる。
「えっと、それで他の意味というのは?」
慌てて訊いてみると清雅はいたずらっぽくほほえみ、藍の頬を撫でながら言った。
「永遠の愛」
「……っ!」
知らなかったとは言え、これはやはり恥ずかしい。藍は顔を真っ赤にさせて固まった。そんな藍の顎をつまんで笑う清雅。そのまま唇を奪おうとするが──
「清雅様! 現し世から呼び出しが……!」
廊下の向こうから静瑠の声がする。彼は新品のマフラーをさっそく巻いていた。清雅からのプレゼントだろう。
そんな清雅は小さく舌打ちし、低い声でつぶやいた。
「バレたか」
「え、清雅さん……? お仕事、終わったんじゃなかったんですか?」
我にかえった藍が訊く。清雅は眉を歪め、肩をすくめた。
「実は途中で抜けてきたんだ」
「何してるんですか!」
「仕事はしたさ。あとは儀式だけ。仕方ないだろう? 藍に会いたかったんだから。それにクリスマスは恋人と過ごす日だ。二日くらい、俺がいなくても問題はないかと思っていたんだよ」
うるさそうに早口言う清雅。藍は彼の背中をぐいぐい押して玄関へ向かった。
「ちゃんと済ませてきてください」
「分かった分かった」
「もう! サボっちゃダメですからね!」
玄関まで追い立てれば、清雅も諦める。静瑠からマントと手袋を渡され、下駄を履いて玄関の戸を開けた。
「じゃあ、もう危ないことはするなよ」
振り返る清雅が念を押す。
「分かりましたから、行ってらっしゃい! 気をつけて!」
手を振って見送ると、清雅は嫌そうに顔をしかめてマントをひるがえした。そんな彼に藍は慌てて付け加える。
「清雅さん! 帰ってきたらクリスマスパーティしましょうね」
「木のあやかしと妙なくす玉の飾り付けで?」
すぐさま清雅が冷やかすように言う。藍も笑いながら返した。
「和風の隠り世クリスマスです! それも楽しいでしょう?」
「あぁ。楽しみにしてる」
よく晴れた冬の朝、清雅の無事を祈りながら藍はクリスマスの準備へ向かった。



