藍は双子と一緒に清雅へ贈るクリスマスリースを作り終えた。材料はすべて庭にあるもので調達できた。あとはツリーのみである。
ツリー探しをしていたカッちゃんの様子を見に行くと、裏の方にある松林の入り口で松ぼっくりをつついて遊んでいた。
『あっ、藍ー! ツリー見つけた! こんなのはどう?』
目の前にある松の木を指し示すカッちゃん。
「立派な松ですね。もうこれでよろしいのでは」
静瑠が言えば、すぐに沢胡が突っぱねる。
「いいえ、藍様のおっしゃるツリーではないわ。却下よ」
しかし藍もそろそろツリーの飾り付けをしたいので、諦めモードに入っていた。
「それっぽくなれば十分クリスマスですし、これにしましょうか」
「ダメです! 妥協は許せないのです! やるからにはしっかりとしなくちゃ」
沢胡の気持ちは分かる。しかし、急ごしらえした手作りのクリスマスはかなり和風であり、藍が知っているクリスマスとはだいぶかけ離れてきていた。
「そもそもお前はクリスマスツリーなど知らないじゃないか」
「お兄様だって分からないくせに偉そうに言わないで!」
藍は言い争う双子たちから離れ、松の木に話しかける。
「私のイメージする木、分かりますか?」
額を木にくっつけてみると、静かな松の木がゆっくりと話した。
『もみの木はこの領内にない。残念だが』
「そうですか……」
藍はしゅんと項垂れた。
『しかし、近い植物があるから、そいつらに頼むといい』
松の木は優しく言う。その時、風が吹き、藍の頬を優しく撫でた。それはまるで道を示すかのようだった。
「藍様?」
双子が気づき、藍が見る林へと目を向ける。
「こっちにあるかもしれません」
そう言いながら藍は暗い松林を歩く。双子とカッちゃんが怪訝そうについてくる。足場の悪い林の先に開けた場所があり、そこに小さな木がたくさん植わっていた。それは藍が想像するクリスマスツリーによく似ている針葉樹。
「私の異能、また少し力がついたかも?」
頭でイメージしたものを植物に伝えることができたのだろう。藍は振り返って松の木に向かって小さくお辞儀した。
「では、さっそくこれらを持ち帰りましょうか」
静瑠が腕をまくる。沢胡も異論はないようで、持っていたのこぎりで木を伐り始めた。
『わーい! クリスマスツリーだ!』
カッちゃんも大喜びで駆け回る。
「あら、これ、ヒノキモドキじゃないかしら」
沢胡が木を伐りながら言う。藍は「モドキ?」と訊き返した。
「はい。植物のあやかしですよ」
そう言って木を伐る。
「じゃあ勝手に木を伐って持っていったらまずいんじゃないですか……?」
そう言っているうちに沢胡の体がふわりと浮き上がり、空中へ投げ飛ばされた。
「きゃあああああああああっ!」
悲鳴が遠くなっていく。藍はカッちゃんを抱き上げた。静瑠がすぐに水柱をつくり、ヒノキモドキに放つ。しかしヒノキモドキは枝を一気に伸ばして静瑠の腕に巻き付いた。
「藍様! お逃げください!」
そう言っているうちに静瑠も空中へ投げ飛ばされた。
「あわわわっ……どうしよう、ごめんなさい! 勝手に木を伐ろうとして……」
『そんなん言ってる場合じゃなぁい!』
カッちゃんがにゃーにゃー叫び、藍は急いで林を抜けようとした。その時、藍の前に人影が立ちふさがり、迫りくるヒノキモドキの枝に向かって何かを放った。
藍を包み込むように抱きしめ、背後の木を大人しくさせる。振り返ると水の球によって身動きができなくなった木があり、藍は恐る恐る顔を上げた。
「危ないな。何をしているんだ、藍」
「清雅さん!」
急いで帰ってきたのか彼はハイネックのセーターとコートという出で立ちだった。藍はその胸に顔をうずめる。
「ごめんなさい……」
「急いで帰ってみれば藍がいないし、使用人たちはなんだか慌てているし何事だ? しかもこんなところであやかしに襲われて……」
清雅は呆れたように眉をひそめる。
『クリスマスだよー!』
潰れそうになっていたカッちゃんが叫びながら藍の腕から這い出る。しかし、清雅にはカッちゃんの言葉が分からない。
「なんだ? 藍、俺に隠し事か?」
清雅の質問に藍は押し黙る。
──クリスマスパーティーの準備をこっそりしてました、なんて言ったら怒られるかな……。
そもそもクリスマスの説明もどう言えばいいか分からない。「えーっと」やら「そのぉ」やらモゴモゴと言い訳をする。しかしうまく説明できず、言葉が出てこなくなった。
「藍」
清雅の低い声がわずかに怒気を含み、藍は目をつむった。すると、ふわりと横抱きにされ、藍は驚いた。
「清雅さん!」
「ひとまず屋敷に帰る。話はそれからだ」
「待ってください! でもあの、ツリーが!」
そこまで口走り、藍はハッと口をつぐむ。清雅の半眼が藍をじっと見つめる。
「ツリー?」
「あっ……えっと、内緒です。それより、お仕事はもう終わったんですか? 五日ほどかかるって聞いてましたけど」
「もう終わらせた。だから明日と明後日はお前と過ごそうと決めたんだ」
清雅の淡々とした説明に藍は嬉しいやら焦るやら不思議な気分になる。クリスマスの準備がまだ整っていないのだ。しかしクリスマスを彼と過ごせることは素直に嬉しい。
「帰るぞ、藍」
「あっ……あーーーーーー……」
もう何を言っても清雅は藍を離さず、屋敷へ戻ることとなった。
そして広間まで行けばあっさりとこの企てがバレてしまった。
藍の説明でなんとかこしらえた飾り付けは、西洋文化あふれるクリスマスとは真逆の純和製なものばかりである。キャンドルの代わりにろうそく、オーナメントの代わりにくす玉がいくつもあった。そもそも和室の広間なのでどうあがいても和風クリスマスにしかならない。
「……だいたい分かった」
ひれ伏す鬼たちの前で清雅は腕を組んで厳かに言った。遠く彼方へ飛ばされた双子もボロボロな状態で戻り、全員で反省するように正座している。
「清雅さん、すみません。私が勝手にこんなことを……」
藍も一緒になって謝ると、清雅はため息をついた。
「何を謝る必要がある?」
「だって、怒っていらっしゃるんでしょう? 勝手に屋敷のものをいじってしまって……」
「俺が怒っているのは、お前が危険な目に遭ったからだ。全員反省しろ」
清雅の厳しい声に使用人たちはさらに深々とひれ伏した。
「それも私が勝手にしたことです。ごめんなさい。もう二度とあんな無茶はしません」
藍は鬼たちの前に立って訴えた。恐る恐る顔を上げる使用人の鬼たちが「藍様」と感嘆を漏らす。これに清雅は眉間のしわを揉んで項垂れた。
「もう分かった。怒るのはやめた」
「本当ですか? あとでお仕置きとかしちゃダメですからね?」
「くどいぞ、藍。分かったと言ってるだろ」
そう言って清雅は部屋を出た。どうも彼はあまり機嫌が良くない。黙って飾り付けをしたからだろうか。それとも使用人たちへ勝手に指示を出したからか。
一方で、助かったとばかりに足を崩し始める鬼たち。
「明日までには機嫌も良くなっておりますよ」
静瑠がこっそり言う。藍は怪訝そうに首をかしげて皆を見た。全員がうんうんと頷いていた。



