一方その頃、現し世ではのどかな山中では冬支度が整った生物たちの様子見や、この寒い時期に乗じて湧く悪鬼や悪霊などを取り締まるため、清雅とはじめとする鬼の若殿たちが集まっていた。五日かけて現し世の見回りをし、無病息災を願って隠り世の繁栄を願う儀式を行う。
しかし、こういった集まりはなかなかないので五日とも情報交換も兼ねた談笑会になるのが常だった。鬼が幾人も集まれば酒盛りになるのは当然である。そうしていつしかこの行事を大祭と呼ぶようになった。
山の中にある立派な社殿の中で無数の若い鬼たちが集まっている。ここには人間が寄り付かないまじないがされてあり、鬼だけが自由に出入りできる。
しかし、清雅の周囲には誰も近づくことはできなかった。最も清雅は孤高であり冷徹な鬼であると恐れられており、近づくといえば碧月家の使用人頭、歯朶野くらいだった。その歯朶野も今は隠居した碧月家の前当主と遠い地に住んでいるので、いよいよ清雅と親しくする者はいない。
「黒夜の若殿からただならぬ妖気を感じる……」
「おっかない顔してやがる……お前、ちょっと行って話しかけてこい」
「やだよ、怖い。声をかけるだけで殺されちまうよ」
そんなひそひそ声を清雅はあまり気にしていなかった。
頭の中は藍のことでいっぱいだからである。その仏頂面もただならぬ妖気というのも、藍不足のせいだった。
──さすがにこういう仕事に藍を連れて行くのは良くないからな。他の鬼の目に触れさせたくない。
そう思いつつも藍が近くにいないと落ち着かない。鬼たちと情報交換などすることもなく、仕事そっちのけで酒を酌み交わすわけでもなく、ただただぼんやりとするしかなかった。
──大祭なんてやってられない。退屈すぎる。これがあと五日も続くなんて考えられない。
清雅は黒い和服の裾を翻し、その場から離れた。近くにいた鬼たちがホッと息をついたことにも気づかず社殿を出てすぐに霊力で山の頂きへ登り、全体を見渡す。
昼間の山はのどかで、とくに不穏は感じられない。怪しげな妖気や悪鬼、邪気には清めの水を放った。
「さっさと終わらせて帰ろう」
本来ならば数十人がかりで行う仕事だが、清雅が全力を出せば三日ほどで仕事は終わるだろう。儀式も早めに行えるかもしれない。
しかし慣例というものはたった一人の鬼がどうこうできるものではなかった。怖がる鬼たちに話しかけることはない清雅である。また他の鬼たちが酒盛りに夢中で仕事をしようという空気にはならない。
清雅は苛立ちを抱え、街へ降りることにした。

見た目は人間と遜色ない鬼である清雅は黒い和服姿だと目立つと考え、黒いハイネックセーターとスラックス、ロングコートという出で立ちに変身し、明るい繁華街を歩いた。
老若男女という人間がごった返す大通りはいつにもまして賑やかだ。道路を走る車のスピードは、のどかな隠り世の牛車とはまったく違うのでいつ見ても面白いものだが、無数の人間たちの中で歩くのはあまり好きではなかった。
とくに若い女性たちが振り返っては何やら嬉しそうにヒソヒソと話すので不快である。
「あの人、すっごいイケメン」
「芸能人みたーい」
そんな会話が聞こえてくるが、清雅は一切気にせず百貨店のショーウィンドウを見つめていた。
巷ではクリスマスセールが行われている。現し世へ来る機会が増えてから、そのような催しが人間たちの楽しみであるのだということは一応把握していた。きっと藍も楽しみにしているに違いない。
しかし、彼女の境遇を考えるとあまり豪華なパーティーというよりもささやかなお祝いの方が良いのかもしれないだろう。
「やっぱり二人で過ごすべきだよな……クリスマスは明日だったか。それまでに必ず帰ろう……しかし、プレゼントはいくつ必要だ?」
ショーウィンドウには年頃の娘が着るような洋服が置いてある。小さい小物は店の中でしか見られいようだ。
清雅は真剣に考えた。思い出すのは藍が黒夜家にやってきてすぐのこと。好きないなり寿司を大量に買ってきたら「そんなに食べられない」と言われたので、プレゼントの数は慎重に決めたいところである。
ひとまず店に入ってみる。あらゆる店が品物を揃えて客を待ち構えていたが、店員も客も見分けがつかない清雅はやはり渋い顔つきで佇むしかなかった。
「適当な人間に決めさせるのはどうにもな……」
そう言いながらフロアマップをじっくり見つめる。そうしてしばらく時間をつぶしていた。