隠り世の気温は穏やかではあるが、常に一定というわけではない。夏はそれなりに温度が高く、冬は木枯らしも吹く。不思議なのはそれが不快ではないほどのちょうど良さを保っていることだった。
それは生物が生きる上で最低限の変化が必要であるというもので、隠り世全体の霊力がしっかりと温度調節をしているからである。
そんな隠り世での初めての冬を過ごす藍は日めくりカレンダーを破り、時の流れの速さに驚いた。十二月もあっという間に二十三日。もうすぐ年の瀬だ。
身支度をし、朝食も終えてのんびりと読書に興じようかと考えていたが、ふと窓を見やる。
黒と青で統一された部屋の一角、障子窓を開け放つと、小さな枯山水と緑の木々の庭が広がる。庭の植物はすでに冬支度をしており、なかでもヒイラギの葉がつややかにハリのある緑を見せていた。
「あっ……クリスマス!」
ヒイラギから連想し、この隠り世に足りないものを思い出す。
現し世ではもうとっくにクリスマスセールやクリスマスプレゼント、赤や緑、サンタクロースなどとにかくクリスマスを強調した風景になるが、隠り世で見かけることはないのですっかり忘れていた。
「明日までにプレゼントを用意しなくちゃ!」
慌ててふすまを開けて部屋を出ようとすると、その場に沢胡がスタンバイしていた。彼女はいつもと相変わらず黒いフォーマルな和服にエプロンを身に着けている。
「プレゼント、ですか?」
「沢胡さん! そうです、プレゼントです!」
神出鬼没な沢胡の登場にもすっかり慣れていた藍は、彼女の脇をすり抜けて廊下に出た。縁側へ出ようとすると、沢胡が慌てて水色の肩掛けをかけてくる。
藍は「ありがとうございます」と素早く礼を言い、縁側に腰掛けて靴を履いた。
「贈り物ということですよね……清雅様のお誕生日までにはまだ日はありますが」
「違いますよ、クリスマスのプレゼントです」
「くりすます……ですか?」
沢胡の反応は鈍い。首をかしげて腕を組む。
「そのような催しは我が一族にございません」
「もしかして、隠り世にはクリスマスがないの?」
ここまで話が噛み合わないことで薄々気づいていた藍は改めて訊いた。頷く沢胡。
藍は肩を落として項垂れた。
「じゃあ、ケーキもチキンもツリーもリースもないのね……」
「それは現し世の催しですか?」
沢胡は興味津々といった様子でしゃがむと、前のめりに顔を覗き込んできた。
「そうね……私が住んでいた現し世では毎年十二月二十四日にクリスマス・イブ、二十五日にクリスマスがあります。なんだっけ、もともとはキリストが生まれた日を祝う日なんだけど、日本ではお祭りみたいな……子どもはサンタさんからプレゼント、贈り物をもらったりするんですよ」
藍はうまく説明できているか不安に思った。だが、沢胡の丸い目がパチパチ瞬き、すぐに安心した。彼女の興味をしっかり引き出せたらしい。
「つまり、宴会ですね! その〝くりすます〟とやらを私もやってみたいです!」
「宴会……まぁ、間違ってないのかな」
なんとなくニュアンスが違うような気がしたが、沢胡のやる気を止めることはできない。
「せっかくですから皆で宴会の準備をしましょう! そうと決まれば人数を集めてきます!」
「えぇ! 沢胡さん、まだ何も言ってない、のに……」
すでに沢胡は走り去り、屋敷中の鬼たちへ招集をかけていった。
取り残された藍は苦笑して庭に出る。すると庭で遊んでいた緑色の猫鬼、カッちゃんがにゃんにゃん鳴きながら走ってきた。
『にゃーん! 藍、なんだか騒がしいね。どうしたの?』
「みんなでクリスマスをやろうって話をしてたのよ」
藍はカッちゃんを抱き上げると柔らかい腹に頬をこすりつけた。爽やかな植物の香りがする特別な猫鬼であるカッちゃんは、この隠り世に来て初めて清雅から贈られたものだ。
「そうね……やっぱり私、清雅さんにプレゼントを渡したい。クリスマスのリースなんてどうかな」
『くりすます? なんだかよく分かんないけど面白そー!』
カッちゃんはワクワクとした目で藍を見た。
「そういえば、今日は清雅さん、見かけないわね」
藍はキョロキョロと辺りを見回した。すると前方の丸い木から大きな剪定鋏を持った少年が現れる。沢胡の双子の兄、静瑠が静かに顔を出した。
「清雅様はしばらく冬の大祭ですから、もうすでに出かけられました」
「あら、そうなの……」
藍は昨夜、清雅と過ごした際のことを思い出した。
いつもはキリッとした佇まいの鬼である清雅だが、夜が更けるほどあまり元気がなかった。藍がカッちゃんの世話をしている間も、風呂に入る際も、床に入ろうとする際も清雅は藍の近くにいたがる。また部屋で着替え、布団に入ってもなお彼は藍の部屋から出ようとしない。じっと横にいて、藍の手を握ったまま黙っていた。
『あの、清雅さん……そろそろ寝たいんですけど』
『あぁ、おやすみ』
優しい声音と微笑みを向ける清雅。一向に動こうとしない。
『いえ、ですからあの……清雅さんもお部屋に戻って』
『藍が寝るまでここにいる』
『明日からしばらく会えないから寂しいんですか?』
鋭く訊いてみるも彼はほほえんだまま何も答えず、ただ藍の手を握っているだけだった。そんなことを思い出し、ため息をつく。
「まるで子供のようだった……」
「清雅様、藍様と過ごす毎日が楽しいようで仕事に身が入らないんでしょうね……これはもう藍様も清雅様のお仕事に同行するしかありませんよ」
静瑠はやれやれといった様子で庭木の剪定を始めた。小気味良く鳴る鋏と辺りに散る枝葉。そんな彼の鮮やかな腕前を見ながら藍は一つ提案をする。
「あ、ねぇ静瑠さん。クリスマスツリーになりそうな、もみの木はこのお庭にありますか?」
「くりすますつりー……もみの木……もみの木は、ないと思われます。申し訳ございません、植物の名前に明るいわけではないので」
静瑠は沢胡そっくりな困惑顔で首をかしげた。
「というか、藍様が皆に訊いてみればよろしいかと」
静瑠は名案を出したとばかりのドヤ顔を見せる。
なるほどと藍は手をポンと打った。藍には植物の声を聞く異能があるのだ。
「みんな、ちょっと聞いてくれる?」
さっそく声をかけてみると、ヒイラギの葉がざわざわと言葉を発した。
『どうしたの?』
小さな子どものような声音が重なって聞こえる。
「もみの木はこのお庭のどこかにある?」
『もみの木……聞いたことない』
『知らなーい』
「うーん……やっぱりないのかな」
ヒイラギたちの反応に藍は肩を落とした。
『そもそももみの木ってなんなの?』
カッちゃんが頭を足にこすりつけながら訊いてくる。藍はしゃがみ、その場にあった小石で地面にもみの木を描いた。ギザギザしたクリスマスツリーの形を見せる。
「多分こんなの」
これにカッちゃんは『ふうん?』と首をひねった。
『ちょっと探検してくるー!』
そう言ってカッちゃんはパッと駆け出していった。カッちゃんに任せていればツリーの手配ができるだろうか。不安に思いながらも藍はクリスマスパーティーにはあと何が必要か考えた。
松の枝や葉、松ぼっくり、南天の実、いろんな木の実があればリースが作れそうだ。
清雅に贈るプレゼントが手作りになってしまうのはなんだか申し訳ない気分になるが、この黒夜家の敷地内で買い物は難しい。遠い街へ行けばプレゼントになりそうなものが売っているかもしれないが、一人で気軽に行ける距離ではない。それに一人で出かけたとなれば屋敷中の鬼たちが大騒ぎしてしまう。
──やっぱり手作りしかないよね。
「藍様、藍様」
庭木の剪定をしていた静瑠が声をかけてくる。顔を上げると、彼は得意げな顔をして脚立にふんぞり返っていた。
「これをもみの木にしても良いですよ」
それは藍が描いたイラストの通り、ギザギザした形に整えられている。しかし、想像のもみの木とはかけ離れていたので藍は苦笑を漏らすしかなかった。
ひとまず黒夜家の使用人たちを集めた沢胡により、すでに宴会の準備が始められた。
「藍様、ごちそうはいかがします?」
「藍様、飾り付けはどうすれば?」
「藍様、プレゼントってなんですか!?」
あちこちからどうしたらいいのかを問う声で溢れ、藍はあわあわと慌てふためいた。
何せクリスマスがなんなのか分からない隠り世の鬼たちである。一から説明しなくては準備がままならないのだ。
しかし、藍もクリスマスパーティーというほどの大規模なものはやったことがない。母が看護師として働いていたこともあり、クリスマス当日に家にいない時は一人でショートケーキとチキンを食べていたものだ。それでもクリスマスの飾り付けは毎年欠かさず行っていた。
「うちでは、クリスマスにケーキとチキンを買って食べました。ケーキは白くて甘いふわふわしたクリームと、真っ赤ないちごが乗ったもの。チキンは市販のフライドチキンだったけど……なんて言えばいいんだろ。骨付きの鶏肉を油で揚げたもの、かな。大宴会なら、ほかにもたくさん作ってみてください」
「なるほど! では、そのように!」
料理担当の鬼たちがバタバタと調理場へ走っていく。あの説明で分かったのかどうか不安だが、ひとまず頼んでおく。
「次に飾り付け……千代紙はあります? それを短冊型に切って輪っかのようなものをいっぱい作ってつなぎ合わせて鎖のようにします。あとはオーナメントもほしいな……あ、オーナメントは難しいかも」
藍はどうにか頭の中でオーナメントを別の言い方に換えようと考えた。
「えーっと……丸い形の明かりみたいな。こう、上から吊るすくす玉っぽいの」
なんとなく思いつくのはそれだけであり、手で丸を作ってみる。鬼たちは素直に従った。
「承知しましたー! ありたっけのくす玉を作ります!」
藍はやはり不安を覚えた。
「こんな感じでいいのかな……」
「藍様、すっかり黒夜家の女主人としての風格が出てきましたね。実に良いことです」
隣で沢胡が感心したようにうんうん頷く。藍は顔をしかめながらも苦笑した。
「主人って……私、そんな風に振る舞えてる気がしないのに」
「何をおっしゃいますか! こうして鬼たちを束ねているではありませんか! ご立派でございます!」
沢胡はパチパチと手を叩いて褒めちぎる。そんな妹の頭を思い切り叩く静瑠が冷ややかな顔で言った。
「お前も準備を手伝え」
「いった……あら、そういうお兄様こそ何をしていらっしゃるのかしら?」
「こっちは清雅様に頼まれた仕事を終わらせたばかりだ。ぐうたらで脳天気なお前と違って僕は忙しいんだよ」
すぐに睨み合う双子。その険悪さに不穏を感じた藍はあわてて間に割り込んでみる。
「静瑠さん、沢胡さん! 私とプレゼント作りをしませんか! あ、静瑠さんはお仕事忙しいならまた後でで大丈夫ですけど……」
「いいえ、僕の仕事は今終わりました」
すぐさま静瑠は妹から離れてビシッと直立する。乗り遅れた沢胡は静瑠を押しのけて藍の目の前で手を挙げた。
「はい! やります! ぷれぜんと作ります!」
「では、ふたりとも、お願いしますね」
藍はホッと胸をなでおろした。主人として振る舞えているかはまだ実感はないが、この双子のケンカを止めることはだんだん得意になってきていた。
それは生物が生きる上で最低限の変化が必要であるというもので、隠り世全体の霊力がしっかりと温度調節をしているからである。
そんな隠り世での初めての冬を過ごす藍は日めくりカレンダーを破り、時の流れの速さに驚いた。十二月もあっという間に二十三日。もうすぐ年の瀬だ。
身支度をし、朝食も終えてのんびりと読書に興じようかと考えていたが、ふと窓を見やる。
黒と青で統一された部屋の一角、障子窓を開け放つと、小さな枯山水と緑の木々の庭が広がる。庭の植物はすでに冬支度をしており、なかでもヒイラギの葉がつややかにハリのある緑を見せていた。
「あっ……クリスマス!」
ヒイラギから連想し、この隠り世に足りないものを思い出す。
現し世ではもうとっくにクリスマスセールやクリスマスプレゼント、赤や緑、サンタクロースなどとにかくクリスマスを強調した風景になるが、隠り世で見かけることはないのですっかり忘れていた。
「明日までにプレゼントを用意しなくちゃ!」
慌ててふすまを開けて部屋を出ようとすると、その場に沢胡がスタンバイしていた。彼女はいつもと相変わらず黒いフォーマルな和服にエプロンを身に着けている。
「プレゼント、ですか?」
「沢胡さん! そうです、プレゼントです!」
神出鬼没な沢胡の登場にもすっかり慣れていた藍は、彼女の脇をすり抜けて廊下に出た。縁側へ出ようとすると、沢胡が慌てて水色の肩掛けをかけてくる。
藍は「ありがとうございます」と素早く礼を言い、縁側に腰掛けて靴を履いた。
「贈り物ということですよね……清雅様のお誕生日までにはまだ日はありますが」
「違いますよ、クリスマスのプレゼントです」
「くりすます……ですか?」
沢胡の反応は鈍い。首をかしげて腕を組む。
「そのような催しは我が一族にございません」
「もしかして、隠り世にはクリスマスがないの?」
ここまで話が噛み合わないことで薄々気づいていた藍は改めて訊いた。頷く沢胡。
藍は肩を落として項垂れた。
「じゃあ、ケーキもチキンもツリーもリースもないのね……」
「それは現し世の催しですか?」
沢胡は興味津々といった様子でしゃがむと、前のめりに顔を覗き込んできた。
「そうね……私が住んでいた現し世では毎年十二月二十四日にクリスマス・イブ、二十五日にクリスマスがあります。なんだっけ、もともとはキリストが生まれた日を祝う日なんだけど、日本ではお祭りみたいな……子どもはサンタさんからプレゼント、贈り物をもらったりするんですよ」
藍はうまく説明できているか不安に思った。だが、沢胡の丸い目がパチパチ瞬き、すぐに安心した。彼女の興味をしっかり引き出せたらしい。
「つまり、宴会ですね! その〝くりすます〟とやらを私もやってみたいです!」
「宴会……まぁ、間違ってないのかな」
なんとなくニュアンスが違うような気がしたが、沢胡のやる気を止めることはできない。
「せっかくですから皆で宴会の準備をしましょう! そうと決まれば人数を集めてきます!」
「えぇ! 沢胡さん、まだ何も言ってない、のに……」
すでに沢胡は走り去り、屋敷中の鬼たちへ招集をかけていった。
取り残された藍は苦笑して庭に出る。すると庭で遊んでいた緑色の猫鬼、カッちゃんがにゃんにゃん鳴きながら走ってきた。
『にゃーん! 藍、なんだか騒がしいね。どうしたの?』
「みんなでクリスマスをやろうって話をしてたのよ」
藍はカッちゃんを抱き上げると柔らかい腹に頬をこすりつけた。爽やかな植物の香りがする特別な猫鬼であるカッちゃんは、この隠り世に来て初めて清雅から贈られたものだ。
「そうね……やっぱり私、清雅さんにプレゼントを渡したい。クリスマスのリースなんてどうかな」
『くりすます? なんだかよく分かんないけど面白そー!』
カッちゃんはワクワクとした目で藍を見た。
「そういえば、今日は清雅さん、見かけないわね」
藍はキョロキョロと辺りを見回した。すると前方の丸い木から大きな剪定鋏を持った少年が現れる。沢胡の双子の兄、静瑠が静かに顔を出した。
「清雅様はしばらく冬の大祭ですから、もうすでに出かけられました」
「あら、そうなの……」
藍は昨夜、清雅と過ごした際のことを思い出した。
いつもはキリッとした佇まいの鬼である清雅だが、夜が更けるほどあまり元気がなかった。藍がカッちゃんの世話をしている間も、風呂に入る際も、床に入ろうとする際も清雅は藍の近くにいたがる。また部屋で着替え、布団に入ってもなお彼は藍の部屋から出ようとしない。じっと横にいて、藍の手を握ったまま黙っていた。
『あの、清雅さん……そろそろ寝たいんですけど』
『あぁ、おやすみ』
優しい声音と微笑みを向ける清雅。一向に動こうとしない。
『いえ、ですからあの……清雅さんもお部屋に戻って』
『藍が寝るまでここにいる』
『明日からしばらく会えないから寂しいんですか?』
鋭く訊いてみるも彼はほほえんだまま何も答えず、ただ藍の手を握っているだけだった。そんなことを思い出し、ため息をつく。
「まるで子供のようだった……」
「清雅様、藍様と過ごす毎日が楽しいようで仕事に身が入らないんでしょうね……これはもう藍様も清雅様のお仕事に同行するしかありませんよ」
静瑠はやれやれといった様子で庭木の剪定を始めた。小気味良く鳴る鋏と辺りに散る枝葉。そんな彼の鮮やかな腕前を見ながら藍は一つ提案をする。
「あ、ねぇ静瑠さん。クリスマスツリーになりそうな、もみの木はこのお庭にありますか?」
「くりすますつりー……もみの木……もみの木は、ないと思われます。申し訳ございません、植物の名前に明るいわけではないので」
静瑠は沢胡そっくりな困惑顔で首をかしげた。
「というか、藍様が皆に訊いてみればよろしいかと」
静瑠は名案を出したとばかりのドヤ顔を見せる。
なるほどと藍は手をポンと打った。藍には植物の声を聞く異能があるのだ。
「みんな、ちょっと聞いてくれる?」
さっそく声をかけてみると、ヒイラギの葉がざわざわと言葉を発した。
『どうしたの?』
小さな子どものような声音が重なって聞こえる。
「もみの木はこのお庭のどこかにある?」
『もみの木……聞いたことない』
『知らなーい』
「うーん……やっぱりないのかな」
ヒイラギたちの反応に藍は肩を落とした。
『そもそももみの木ってなんなの?』
カッちゃんが頭を足にこすりつけながら訊いてくる。藍はしゃがみ、その場にあった小石で地面にもみの木を描いた。ギザギザしたクリスマスツリーの形を見せる。
「多分こんなの」
これにカッちゃんは『ふうん?』と首をひねった。
『ちょっと探検してくるー!』
そう言ってカッちゃんはパッと駆け出していった。カッちゃんに任せていればツリーの手配ができるだろうか。不安に思いながらも藍はクリスマスパーティーにはあと何が必要か考えた。
松の枝や葉、松ぼっくり、南天の実、いろんな木の実があればリースが作れそうだ。
清雅に贈るプレゼントが手作りになってしまうのはなんだか申し訳ない気分になるが、この黒夜家の敷地内で買い物は難しい。遠い街へ行けばプレゼントになりそうなものが売っているかもしれないが、一人で気軽に行ける距離ではない。それに一人で出かけたとなれば屋敷中の鬼たちが大騒ぎしてしまう。
──やっぱり手作りしかないよね。
「藍様、藍様」
庭木の剪定をしていた静瑠が声をかけてくる。顔を上げると、彼は得意げな顔をして脚立にふんぞり返っていた。
「これをもみの木にしても良いですよ」
それは藍が描いたイラストの通り、ギザギザした形に整えられている。しかし、想像のもみの木とはかけ離れていたので藍は苦笑を漏らすしかなかった。
ひとまず黒夜家の使用人たちを集めた沢胡により、すでに宴会の準備が始められた。
「藍様、ごちそうはいかがします?」
「藍様、飾り付けはどうすれば?」
「藍様、プレゼントってなんですか!?」
あちこちからどうしたらいいのかを問う声で溢れ、藍はあわあわと慌てふためいた。
何せクリスマスがなんなのか分からない隠り世の鬼たちである。一から説明しなくては準備がままならないのだ。
しかし、藍もクリスマスパーティーというほどの大規模なものはやったことがない。母が看護師として働いていたこともあり、クリスマス当日に家にいない時は一人でショートケーキとチキンを食べていたものだ。それでもクリスマスの飾り付けは毎年欠かさず行っていた。
「うちでは、クリスマスにケーキとチキンを買って食べました。ケーキは白くて甘いふわふわしたクリームと、真っ赤ないちごが乗ったもの。チキンは市販のフライドチキンだったけど……なんて言えばいいんだろ。骨付きの鶏肉を油で揚げたもの、かな。大宴会なら、ほかにもたくさん作ってみてください」
「なるほど! では、そのように!」
料理担当の鬼たちがバタバタと調理場へ走っていく。あの説明で分かったのかどうか不安だが、ひとまず頼んでおく。
「次に飾り付け……千代紙はあります? それを短冊型に切って輪っかのようなものをいっぱい作ってつなぎ合わせて鎖のようにします。あとはオーナメントもほしいな……あ、オーナメントは難しいかも」
藍はどうにか頭の中でオーナメントを別の言い方に換えようと考えた。
「えーっと……丸い形の明かりみたいな。こう、上から吊るすくす玉っぽいの」
なんとなく思いつくのはそれだけであり、手で丸を作ってみる。鬼たちは素直に従った。
「承知しましたー! ありたっけのくす玉を作ります!」
藍はやはり不安を覚えた。
「こんな感じでいいのかな……」
「藍様、すっかり黒夜家の女主人としての風格が出てきましたね。実に良いことです」
隣で沢胡が感心したようにうんうん頷く。藍は顔をしかめながらも苦笑した。
「主人って……私、そんな風に振る舞えてる気がしないのに」
「何をおっしゃいますか! こうして鬼たちを束ねているではありませんか! ご立派でございます!」
沢胡はパチパチと手を叩いて褒めちぎる。そんな妹の頭を思い切り叩く静瑠が冷ややかな顔で言った。
「お前も準備を手伝え」
「いった……あら、そういうお兄様こそ何をしていらっしゃるのかしら?」
「こっちは清雅様に頼まれた仕事を終わらせたばかりだ。ぐうたらで脳天気なお前と違って僕は忙しいんだよ」
すぐに睨み合う双子。その険悪さに不穏を感じた藍はあわてて間に割り込んでみる。
「静瑠さん、沢胡さん! 私とプレゼント作りをしませんか! あ、静瑠さんはお仕事忙しいならまた後でで大丈夫ですけど……」
「いいえ、僕の仕事は今終わりました」
すぐさま静瑠は妹から離れてビシッと直立する。乗り遅れた沢胡は静瑠を押しのけて藍の目の前で手を挙げた。
「はい! やります! ぷれぜんと作ります!」
「では、ふたりとも、お願いしますね」
藍はホッと胸をなでおろした。主人として振る舞えているかはまだ実感はないが、この双子のケンカを止めることはだんだん得意になってきていた。



