ヒントがあるとすれば
この場所の景色だと彼女は言った


ころころ変わる景色の中

あの家以外で唯一
変わらずこの場所に在り続けた景色




「……出会ったのは、夏」



しばらく無言で
じっとその場に立ち尽くしていた彼女は
ぽそりと、呟いた


「その日は暑くて…
だから、みんなで川遊びしてた」


欠けたピースを埋めるように

ぽつぽつと


彼女がつぶやく度に、目の前の景色が動く




容赦なく照り付ける夏の日差しのもと
涼しげな空気が肌を撫でた


目の前に広がるのは
岩場の多い大きな河川

足元から上ってくる、ひんやりとした感触

そこを流れる水は冷たく、済んでいて
水中を泳ぐ生き物の姿を視認できるほど
透明度が高い



「川遊びをしてる最中に出会ったの?」

「…ううん」



彼女は首を横に振りながら
ゆっくりと前に進んでいく

彼女が向かう先には、大きな岩場があって
岩と岩の隙間に、小さな麦わら帽子が挟まっていた



「…………遊んでる途中で、帽子を落として……」



……?




そこで、俺は違和感を覚えた




「岩の、……挟まった帽子を、取ろうとして…」




彼女の様子がおかしい



ふらふら、どこか酩酊するように進み続ける




「………そしたら、風が強く吹いて、
下流に流されて……」



まるで、今の自分と
『その記憶』を繋げるように



その日を再現するように



流れていく帽子




「………それで、慌てて、追いかけて」




追いかけて




でも



流れていく帽子に、その手が届くことはなく




彼女はそのまま




とぷんと水中に姿を消した






「……」




なにが起きたのか
状況を理解するのに時間がかかった


彼女は風で飛ばされた帽子を追って
知らず知らずの内に
川の深い場所へ入り込んでしまったのだと


彼女が姿を消した付近は、川の流れも早く



つまり、彼女は



溺れて、そのまま下流に流されたのだ





「……」



一瞬、慌てたものの
目の前にあるこの景色は、あくまで記憶
創りもの

彼女が望めば、すぐに消え
別のものに変わる

感覚や感触は
確かに記憶……当時のまま再現されるが
すでに死んでいる身、命の危険などない



……なのに



「………なんで、消えない?」


その光景は変わることなく、目の前にある
彼女も姿を現さない


………どうなってる?

彼女が、それを望んでるって言うのか?




………




「…………ああっ……くそっ!!!」



焦燥感に満ちた声が、自分の口から出た

こんなに取り乱したのは
管理人になって、初めてかもしれない

……考えたところで、現状は何も変わらない

ただの記憶、創りものとは言え
感覚はある以上
溺れた彼女が、今、苦しんでいるのは確か

なら、助けにいくしかない



俺はそのまま川に飛び込み、彼女を探した