「…………会いたい人がいたの」



「ずっと探していた人が、いた」



彼女がここへ来てから
どれだけの時間が経ったのか

時間という概念がないこの場所では
正確には分からないけど

これまでの経験上、体感的に
彼女とは比較的
長い付き合いになっていたと思う


トントン拍子に記憶を取り戻しては
急ブレーキで立ち止まり
それから、また、ゆっくり記憶を思い出す

それを、何度も何度も繰り返して



ある日、彼女は
なんとも言えない表情を浮かべて
俺のところへやってきて、言った




「会いたい人?家族?」

「ちがう」

「親戚?友達?恩師?職場の人?」

「ちがう」



「………思い出せないけど、でも
その人が私の『未練』」



記憶以外に、彼女がここに留まり続ける理由



「その人と『会いたい』?」



会いたい人が未練だと、彼女は言うが
死んでしまった以上
その誰かと会うことは叶わない

会いたいと言われてしまえば
それは無理だと答える他ない

彼女の気が済むまで、諦めがつくまで
納得できるまで、ここで過ごしてもらうしかない



「……思い出したいし
思い出したら、会いたいと思う…と思う」



「でも、それが無理なんだって解ってる」



俺が説き伏せる必要はなかった

彼女はさとい

俺の言った言葉を、話したことを
ちゃんと理解して、覚えてる


今の自分の現状
この場所がどういう場所なのか
もう全部、解ってる



「思い出せたら、きっと、それで充分」

「進める?」

「多分」



縁側に座っていた俺は、立ち上がって
初めて会った時のように
どこか不安そうにうつむく彼女の頭を撫でる



「なら、思い出さなきゃね」



彼女は大丈夫だ


これまでも


痛みも苦しみも

悲しみも怒りも

あたたかいものも、優しいものも


幸福な記憶も
拒絶したくなるような記憶でさえ
全部、時間をかけて受け入れてきた


その記憶がどんなものであれ
きっと、受け入れて進む



「…うん」



気持ちが伝わったのか
顔を上げた彼女は、小さく笑って頷いた