Herr, erbarme dich!《主よ、憐れみたまえ!》
私は軋む長椅子にだらしなく身を委ねたまま、新作の夜想曲(ノクターン)を書き綴っているところだった。
右手のグラスの中では、先日ようやく手に入った葡萄酒(カベルネ)が紅色の波を揺らがす。
薄暗がりの窓にふと目をあげると、綺羅めく星空(シエル・エトワレ)に細々と蒼白い三日月が荘厳に浮かび上がっていた。
汚らわしい三日月が。
その、何とも忌々しい輝きは、何と生々しく全てを想い出させてくれる事だろう!
今の私は、もうあの頃とは違う。
社交界の各々はどいつもこいつもこぞって私を持て囃し(もてはやし)、音楽界はーーーーーーー。
ミューズ聖教会は、大司教の私をまるで神の如く崇め、明日も明日とて私の新曲の発表の為だけに何万もの華族どもが満席を理由に学園から追い返されるだろう。



――ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。




よくもあの蒼月の煌めきを眺めていると、私の心は昔へと還っていくようだーーー。


すまない、 乃亜。
あと少し。
あと少しだけ待っていてくれ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
遡ること十六年前