ふっと吐いた息が白くなって空にふんわり消えていく。
 今年は何色のマフラーにしようかな~。
 去年まで使っていた淡い赤色のマフラー。
 なんだかぼろくなってきちゃったし、心機一転。
 新しいの買いたいな。
 そんなこと思って、でもなかなか買いに行くタイミングが無くてもう12月。
 ここらで1番大きな駅にお買い物に来たけど、クリスマス一色で人も沢山。
 そこらじゅうに散りばめられてるイルミネーションも一人の私にはまぶしすぎた。

「やっぱり、早く帰ろ......」
 
 私は通販で十分だ。
 キラキラとした世界と声に背を向けて、駅のホームへトボトボと歩く。
 ちょっと羽を伸ばしてこんなところに来ちゃったけど、もういいや。
「あの人、独りだよ」とか言われて笑われてるのが簡単に想像つく。
 彼氏なんていないどころか、できたことがない私には新しいマフラーを見せる相手もいないしね。
 これは自虐じゃないよ。
 自分に言い聞かせてるの。
 ネガティブモードじゃないからね。これが通常運転よ。
 そんなことを一人心の中で言い切ってふうと息を吐いた時だった。

「わ、すてき」

 手を引かれたような感覚で私は足を止めた。
 駅前のロータリーに面したお店に並ぶお洋服屋さん。 
 プチプラな事で有名で、インフルエンサーとかが安くても可愛いコーデが組めるとSNSにルックブックをよく投稿している。
 そこのお店の1番前に置いてあるマフラー。
 フワフワでかわいらしくて、でも私が1番魅力を感じたのはそこじゃない。
「桜色だ......」

 私が初めて聞いた心の音。 
 桜色の絵の具を落としたあの日。
 緩めの天然パーマで目元が見えないあの人が言ってくれた言葉。
「松田さん、頑張ってるよ」って。
 
 たくみ君。マフラーを買うのが12月なってしまったのは彼のある一言が理由。
 その話、したいんだけどな。
 冬休みに入ってしまう前に報告したいことがあるんだけど、教室で友達と笑う彼を見ていたらどうしても話しかけられない。
 隣の席なのに。
 これを買ったら勇気が出るかな。
 なんておまじないにも似た感覚で、桜色のそのマフラーを手に取った。





 今年は24日が終業式。
 だから皆友達、彼氏、彼女と放課後遊びに行くんだって。
 あーあ。
 結局隣の席の君にあの話はできなかった。
 付き合ってる人、いるのかな。好きな人は?
 あの日以来特にたいした話はしていないし、たくみ君は私と話したことなんて忘れてるかな。
 もしかしたらてきとう言っただけで私のことなんてどうでもいいのかもしれない。
 
 それでもね。
 初めてなの。
 
 私が義務感とか、嫌われたくないからって理由じゃなくて、自分でやりたいって思って何かを成し遂げたの。
 だから、どうしても言いたい。
 報告だけ、お願い。
 あ、あと「ありがと」って。私も知らなかったこんな力を教えてくれて。

「たくみー! いこーぜ~」
「おー。ちょっと待って~」
 
 あ、行っちゃう。
 だめ。待って。
「おまたせ、」

「ま、まって!」

 自分の声の大きさに自分でびっくりしてしまう。
「なんだなんだ~? 松田さん告白かー?」
 たくみ君の友達がそう茶化してくる。
 一気に恥ずかしさとか後悔が押し寄せた。
 こんなに寒いのに顔が、目じりがじわっと熱くなるのを感じる。
 口もぎゅっとつむんでしまった。
「そんなんじゃないから。さっきの授業の件でしょ? 先行っといて」
 ”さっきの授業の件”なんて何もないのにとっさにそんな嘘をついて友達を先に行かしてくれた。

「ごめんね~。あいつら彼女がいないからって色々ムキになってるんだよ。どうした?」
 そうやって優しい笑顔を浮かべてくれる。
 気づいたら教室には私とたくみ君だけになっていた。
 早く言わないと。たくみ君のこともお友達の子とも待たせてるんだから。
 はやく。はやく。
 でもなんて言おう? 言いたい気持ちばっかりでどう伝えるか全く考えていなかった。
 どうしよう。どうしよう......。

「あ、このマフラー。桜色だね」
「え?」
「新しく買ったの? 松田さんいつも寒そうだったから」
「う、うん。こないだ。駅前で......」
「そっか。似合ってるよ」
 相変わらず見えにくい目元が前髪の中からうっすらと浮いて細くなる。
 ”似合ってるよ”  
 その言葉でまた私は背中を押してもらった。

「あ、あのね。たくみ君が小説書いてみたら? って言ってくれたから。私、書いてみたの。初めてだからすごい時間かかっちゃて......。たくみ君覚えてないと思うんだけど。だけど、ね」
 弱気になってしまうけど。でも、やめないよ。ちゃんとありがとうを伝えたいから。

「大変なことも沢山あったしやっぱり向いてないってやめようって思ったこともあるけど、たくみ君が言ってくれたことだから。一生懸命頑張ったの。こうやって何かを一生懸命やり遂げることができたの、初めてだったから」

 たくみ君のまっすぐな視線にしっかり私の視線を重ねた。

「だから、ありがとって言いたくて......。たくみ君、本当にありがと」

 沈黙が続いた。
 少し息がきれていることも相まって恥ずかしくて逃げ出したくなってしまう。
「ご、ごめんねいきなり。困るよね。お友達も待たせちゃってほんと、ごめんね。私、帰るね」
 早口にそう言って慌てて荷物をまとめる私を

「まって」
 
 そう言って掴むのはたくみ君の大きな手。
 華奢な見た目からは想像がつかないその力に心臓がキュッとなった。

「ちゃんと全部覚えてるよ。逆に僕の言ったことでそんな風に思ってくれて嬉しい」
 いつもは見れないたくみ君の表情。
 少し恥ずかしそうにまた目を細める。
 でもすぐに意地悪そうにフッと笑った。

「もちろん読ませてくれるんだよね?」

 その顔は本当にいたずら気で一気に顔が熱くなる。
「い、いや。そんな。素人の書いた2万字くらいの小説だよ。恥ずかしすぎる......!」
「え~、読ませてよ。お願い」
 その顔、ずるい。
 うう~。
「引かない?」
「引かない」
「面白くないよ?」
「松田さんが書いたってことが大切だから」

「どんなお話なの?」
「主人公がある男の子に出会って、恋の色に気が付く物語」
「いいね。なんて題名?」
「......『色』って名前」
「松田さんらしいね。楽しみだよ。明日あいてる? 持ってきてよ」
「う、うん。あいてるよ。持ってくるね」

 たくみ君はクスクスと笑った。
「たくみー。まだ~?」
「おい、お前やめとけって」
 そんな声が廊下から聞こえてきてしまう。
 お友達を待たせすぎてしまった。
「ごめんね。話聞いてくれてありがと」
 申し訳なくて少し俯いてしまう私にコテンと首を傾けて言った。

「全然。素敵なクリスマスプレゼントをもらったよ」

「え?」
 そう顔をあげる私にまたいたずら気にクスクス笑う。
 そしてそのまま目線が交わった。
 瞬きだけで私の目をじっと見て動かないたくみ君は何か言いたげだった。
「どうか、した?」
「ううん。何でもないよ」
 そう言って目を細めるからお友達のもとへ向かうたくみ君に手を振って背を向けた。
 明日、クリスマスにたくみ君と会うなんて。
 緊張しちゃうな。
 でもマフラー褒めてもらえたし、嬉しい言葉をまたもらった。
 
 今日は私の心に雪の色が落ちる音がして、心がポカポカと暖かくなった。


**


 まいったな~。
 友達に茶化されながらさっきの彼女の言葉と視線を思い出す。
 小説、楽しみだな。
「おい、たくみ。松田さんのこと好きなんか? はっきりしろよ~」
「え~? 人のことよりまずは自分のことだろ?」
「くそっ。いい加減その前髪切りやがれ!」
 そう言って肩をバシッと叩かれる。
 
 まだ、誰にも秘密。
 僕の心の声。
 これをきいたら松田さんはどんな顔をするかな。
 嫌われるくらいならしまっておきたいけど、勇気を出してくれた彼女にちゃんと伝えるべきかな。
 さっき呑み込んだこの言葉。

 明日、ちゃんと伝えるよ。
『    』