◇
わたしがつくったカレーを頬張った夏川くんは珍しく目を輝かせて「美味しい」とつぶやいた。死神なのに味覚はあるのか。
そういえば、この家でこんな風に食卓を囲むのはいつ以来だっけ。たまに帰ってくるお父さんも、食事を共にすることは殆どない。忙しいんだから仕方ないけどね。
誰かに食べてもらうのも、美味しいを共有するのも、思えば本当に久しぶりのことだった。
「それで、夏川くんはいつまでここにいるの」
「あーね。今日も帰ろうかと思ったけどやめた」
「え、やめたって?」
「誰もいないならここで寝泊まりしてもいいだろ、無駄に広いし」
「えーっと、ずっと思ってたけど、夏川くんって結構自分勝手だよね?」
「死神に対してずいぶん生意気な態度取るねおまえ」
「そんな生意気な奴を生かしたのは夏川くんでしょ!」
「はは、強気な女は好きだよ」
また冗談を言ってのける。
「住むって言っても2泊3日でしょ」
「まーね。それまでにりりこが殺したい奴決めるの監視しなきゃだし」
「監視って……」
「ちなみに言っとくけど、死神も人間と同じように性欲あるから」
「は、はあ?!」
「ま、あんま欲情させないでねって話」
何を言うんだこの死神─────
何も返せずにわなわなと震えていると、ふは、と吹き出してぽんぽんとわたしの頭を撫でた。まるで子ども扱いだ。
「冗談。さっさと風呂入ってきな」
わたしを揶揄うのが上手すぎる! 拗ねたふりをして「もーいい」と言うとまたわらう。夏川くんは意外とやさしい顔で笑うみたい。ギャップが凄くて調子狂っちゃうよ。
◇
お風呂から上がってリビングに戻ると、夏川くんの姿がなかった。泊まるなんて言ったのも冗談だったのかな? 死神だし、そこのところはよくわからない。
わたしはいつもようにスキンケアとドライヤーを済ませてから課題を終わらせて寝室に向かった。
23時。布団に潜り込んでうとうとしていたところで、ギシッと右側のベットが沈む音がした。
「えっ、と、何事?!」
「なにが?」
沈んだベットの方へ顔を向けると、何食わぬ顔で布団に入ろうとする夏川くんの姿がある。その端正な顔は表情ひとつ変わらない。
「な、なんで入ろうとしてくるの?! ていうかどこに行ってたの?!」
「なんでって、一緒に寝るからだけど」
「は、はあ?!」
「どこに行ってたかって、ちょうど22時に近くの病院で案件があったから仕事してきただけ。寿命で終える命は見届けるだけでいいから楽なんだよ」
夏川くんが”案件”とよんだものが、誰かの”死”であることは、頭の出来がそんなによくないわたしでもわかってしまう。
そんな会話をしているうちに、夏川くんが躊躇いもなくわたしの横に滑り込んできた。急に緊張する。死神といえど、見た目はかなり整った容姿の男子高校生なんだもん。
「……死神も睡眠が必要なの?」
「別にこっちの世界ではどっちでもいいけど」
「じゃあなんでわざわざ横で寝るの」
「さあ、なんでだろーね」
大体、わたしを生かしたのは”たまたま”だなんて言うくせに、どうしてこんなにわたしに構うんだろう。
ふと視線を上げて夏川くんを見ると、夏川くんもわたしを見ていてどきりと心臓が鳴った。暗闇の狭いベットの中。彼の呼吸の音がよく聞こえる。心臓がないなんて信じられない。
目線が絡んだまま、ゆっくり夏川くんの手がわたしの頭に添えられて、そのまま髪を撫でられた。
「おまえ、本当に生意気だね」
「な、なにが……」
「ま、そういう睨んだ顔もそそるけど」
防衛反応、というものだろうか。いくら夏川くんが人間の姿をしていても、所詮は死神。無意識のうちに彼に睨みをきかせていたみたい。そんなつもりなかったのに。
「ご、ごめんなさい……。睨んでるつもりはなかったんだけど……」
「別に怒ってねえよ。人間と死神なんてそんなもん。この世界で顔を合わせたらおまえたちは無意識に俺らを警戒すんのが当たり前」
それは、そうかもしれないけど。夏川くんは、死神だけど。
でも、わたしを生かしてくれたのだって夏川くんでしょ。
「でも、夏川くんのこと、怖いとは思ってないよ」
咄嗟に出たそんな言葉に、驚いたのはわたしの方だ。
わたしの髪を撫でていた夏川くんの手がほんの僅かに止まった気がした。
「ねえ、夏川くんって、どれくらいの人の死を見てきたの?」
「さあ、忘れたって言ったろ。キャパを超えれば記憶は消えるし、第一いちいち覚えてない」
「でも、ってことはきっと、相当な数でしょ」
「まあそうかもな」
「いくら他人って言っても、死ぬのを見るなんて嫌な仕事だよね……」
「運命なんだから仕方ないことだよ。死にたくて消えていく奴だっているし」
ねえだけど、夏川くん。
死神と言いながら、わたしを生かした夏川くん。
わたしの布団に入ってくる時、少しだけさみしそうな顔をしていたのは気のせいかな。尽きていく寿命を見届けてここに帰ってきた夏川くんを、ひとりにしないでよかったなんて思ってしまう。わたしはバカかな。
だって、夏川くんは元々人間だって言っていたし。いくら死神になったとはいえ、毎回人の死を見届けるなんて相当重荷なはずだ。わたしの思い過ごしかもしれないけれど、夏川くんは、今夜はだれかと過ごしたかったんじゃないかって。
「夏川くん、くっついてもいい?」
「……りりこちゃん、ダメでしょ、そういうこと言ったら」
「明後日には死ぬんだからいいでしょ」
そのまま夏川くんの胸元に額を寄せて布団へ潜り込んだ。彼の身体にくっついてみるけれど、体温はぬるく心臓の音は聞こえない。人間ではないことを思い知らされる。
でも、どうしてだろう。夏川くんのことを、どうしても抱きしめたくなってしまった。
「俺のこと煽るなんて悪い奴だね」
「夏川くんが初めて生かした人間が悪い奴でごめんね」
「ま、確かに予想外」
「夏川くんにはいい刺激でしょ」
「……殺されても襲われても文句言えないけどいいの?」
「いいよ、夏川くんになら」
「本当たち悪いね、おまえじゃなかったら酷い死に方にしてあの世に送ってる」
「何それ物騒なこと言う……」
「りりちゃんのことはお前がどれだけ望んでも殺してやらないよ」
それは優しさじゃなくて新手の意地悪ってこと?
「いいからもう眠れ」
夏川くんの手のひらが瞼に落ちて、急激な眠気が襲ってくる。
夏川くんが「これ以上話してるとおまえのこと泣かしてずたずたにしそうだから」と呟いたのを聞いたけれど返事をすることはできなくて、そのままわたしは深い眠りについた。
わたしがつくったカレーを頬張った夏川くんは珍しく目を輝かせて「美味しい」とつぶやいた。死神なのに味覚はあるのか。
そういえば、この家でこんな風に食卓を囲むのはいつ以来だっけ。たまに帰ってくるお父さんも、食事を共にすることは殆どない。忙しいんだから仕方ないけどね。
誰かに食べてもらうのも、美味しいを共有するのも、思えば本当に久しぶりのことだった。
「それで、夏川くんはいつまでここにいるの」
「あーね。今日も帰ろうかと思ったけどやめた」
「え、やめたって?」
「誰もいないならここで寝泊まりしてもいいだろ、無駄に広いし」
「えーっと、ずっと思ってたけど、夏川くんって結構自分勝手だよね?」
「死神に対してずいぶん生意気な態度取るねおまえ」
「そんな生意気な奴を生かしたのは夏川くんでしょ!」
「はは、強気な女は好きだよ」
また冗談を言ってのける。
「住むって言っても2泊3日でしょ」
「まーね。それまでにりりこが殺したい奴決めるの監視しなきゃだし」
「監視って……」
「ちなみに言っとくけど、死神も人間と同じように性欲あるから」
「は、はあ?!」
「ま、あんま欲情させないでねって話」
何を言うんだこの死神─────
何も返せずにわなわなと震えていると、ふは、と吹き出してぽんぽんとわたしの頭を撫でた。まるで子ども扱いだ。
「冗談。さっさと風呂入ってきな」
わたしを揶揄うのが上手すぎる! 拗ねたふりをして「もーいい」と言うとまたわらう。夏川くんは意外とやさしい顔で笑うみたい。ギャップが凄くて調子狂っちゃうよ。
◇
お風呂から上がってリビングに戻ると、夏川くんの姿がなかった。泊まるなんて言ったのも冗談だったのかな? 死神だし、そこのところはよくわからない。
わたしはいつもようにスキンケアとドライヤーを済ませてから課題を終わらせて寝室に向かった。
23時。布団に潜り込んでうとうとしていたところで、ギシッと右側のベットが沈む音がした。
「えっ、と、何事?!」
「なにが?」
沈んだベットの方へ顔を向けると、何食わぬ顔で布団に入ろうとする夏川くんの姿がある。その端正な顔は表情ひとつ変わらない。
「な、なんで入ろうとしてくるの?! ていうかどこに行ってたの?!」
「なんでって、一緒に寝るからだけど」
「は、はあ?!」
「どこに行ってたかって、ちょうど22時に近くの病院で案件があったから仕事してきただけ。寿命で終える命は見届けるだけでいいから楽なんだよ」
夏川くんが”案件”とよんだものが、誰かの”死”であることは、頭の出来がそんなによくないわたしでもわかってしまう。
そんな会話をしているうちに、夏川くんが躊躇いもなくわたしの横に滑り込んできた。急に緊張する。死神といえど、見た目はかなり整った容姿の男子高校生なんだもん。
「……死神も睡眠が必要なの?」
「別にこっちの世界ではどっちでもいいけど」
「じゃあなんでわざわざ横で寝るの」
「さあ、なんでだろーね」
大体、わたしを生かしたのは”たまたま”だなんて言うくせに、どうしてこんなにわたしに構うんだろう。
ふと視線を上げて夏川くんを見ると、夏川くんもわたしを見ていてどきりと心臓が鳴った。暗闇の狭いベットの中。彼の呼吸の音がよく聞こえる。心臓がないなんて信じられない。
目線が絡んだまま、ゆっくり夏川くんの手がわたしの頭に添えられて、そのまま髪を撫でられた。
「おまえ、本当に生意気だね」
「な、なにが……」
「ま、そういう睨んだ顔もそそるけど」
防衛反応、というものだろうか。いくら夏川くんが人間の姿をしていても、所詮は死神。無意識のうちに彼に睨みをきかせていたみたい。そんなつもりなかったのに。
「ご、ごめんなさい……。睨んでるつもりはなかったんだけど……」
「別に怒ってねえよ。人間と死神なんてそんなもん。この世界で顔を合わせたらおまえたちは無意識に俺らを警戒すんのが当たり前」
それは、そうかもしれないけど。夏川くんは、死神だけど。
でも、わたしを生かしてくれたのだって夏川くんでしょ。
「でも、夏川くんのこと、怖いとは思ってないよ」
咄嗟に出たそんな言葉に、驚いたのはわたしの方だ。
わたしの髪を撫でていた夏川くんの手がほんの僅かに止まった気がした。
「ねえ、夏川くんって、どれくらいの人の死を見てきたの?」
「さあ、忘れたって言ったろ。キャパを超えれば記憶は消えるし、第一いちいち覚えてない」
「でも、ってことはきっと、相当な数でしょ」
「まあそうかもな」
「いくら他人って言っても、死ぬのを見るなんて嫌な仕事だよね……」
「運命なんだから仕方ないことだよ。死にたくて消えていく奴だっているし」
ねえだけど、夏川くん。
死神と言いながら、わたしを生かした夏川くん。
わたしの布団に入ってくる時、少しだけさみしそうな顔をしていたのは気のせいかな。尽きていく寿命を見届けてここに帰ってきた夏川くんを、ひとりにしないでよかったなんて思ってしまう。わたしはバカかな。
だって、夏川くんは元々人間だって言っていたし。いくら死神になったとはいえ、毎回人の死を見届けるなんて相当重荷なはずだ。わたしの思い過ごしかもしれないけれど、夏川くんは、今夜はだれかと過ごしたかったんじゃないかって。
「夏川くん、くっついてもいい?」
「……りりこちゃん、ダメでしょ、そういうこと言ったら」
「明後日には死ぬんだからいいでしょ」
そのまま夏川くんの胸元に額を寄せて布団へ潜り込んだ。彼の身体にくっついてみるけれど、体温はぬるく心臓の音は聞こえない。人間ではないことを思い知らされる。
でも、どうしてだろう。夏川くんのことを、どうしても抱きしめたくなってしまった。
「俺のこと煽るなんて悪い奴だね」
「夏川くんが初めて生かした人間が悪い奴でごめんね」
「ま、確かに予想外」
「夏川くんにはいい刺激でしょ」
「……殺されても襲われても文句言えないけどいいの?」
「いいよ、夏川くんになら」
「本当たち悪いね、おまえじゃなかったら酷い死に方にしてあの世に送ってる」
「何それ物騒なこと言う……」
「りりちゃんのことはお前がどれだけ望んでも殺してやらないよ」
それは優しさじゃなくて新手の意地悪ってこと?
「いいからもう眠れ」
夏川くんの手のひらが瞼に落ちて、急激な眠気が襲ってくる。
夏川くんが「これ以上話してるとおまえのこと泣かしてずたずたにしそうだから」と呟いたのを聞いたけれど返事をすることはできなくて、そのままわたしは深い眠りについた。