◇
「で、決まった? 殺したい奴」
19時、少し薄暗くなった学校からの帰り道。昨日と同じように、その綺麗な顔はひょっこりと突然姿を現した。
今日もかっこいいから2重の意味で心臓に悪いよ。
黒シャツに黒いスラックス、細身で高身長のその姿はやはり現実味を帯びていないくらい整っている。のにも関わらず、開口一番でとんだ物騒な言葉を吐いてくれる。物騒にも程があるよ!
「夏川くん……また突然現れるんだね」
「言ったろ、明日また会いに来るって」
「言ってたけど、それ、わたしが誰かを指名するまでずっと続くの?」
「まさか。こっちにもタイムリミットがあるからね」
夏川くんと歩いていたら目立って仕方がないんじゃない? そう思って、昨日歩いた人通りの少ない道を選んで歩く。
「わたし、殺したい奴なんていないよ、考えたけど、死ぬなら自分でいい」
「変わったこと言うね、俺が折角生かしてやったのに?」
「生かしてくれなんて頼んでないし、運命に逆らうのもこわいし、」
「生きてる意味も見いだせないし?」
心の中を読まれたようでかあっと頬が熱くなる。横を歩く夏川くんは至って冷静で、表情ひとつ変えやしない。なんだか負けた気分だ。
「……うん、そう。別に大丈夫だから、夏川くんが誰かを殺さなきゃいけないなら、わたしでいいよ」
「あのさ、昨日も言ったけど」
夏川くんの声のトーンが少しだけ下がった気がした。わたしのセーラー服が風になびく。自分が殺されてもいいだなんて、当たり前のように口に出来る自分のこと、相当気持ちが悪いなともおもう。
「それを決めるのは俺であってお前じゃない」
なにそれ、どうしてわざわざわたしを生かすの。たまたまなら、他の人だってよかったでしょ。
「……夏川くんは、いつもこうやって運命をねじ曲げるようなことするの?」
「しないよ。たまたまだって昨日言ったろ」
「じゃあその対象が、わたしじゃなくてもいいでしょ」
「りりこ、お前は本当に欲がない人間だな」
「それは、」
「じゃあ俺に、泣いて喚いて縋ってみれば」
「何言って、」
「殺してくれって頼んでみろよ、そしたら考えてやってもいい」
そうでもしなきゃ、お前のことは殺さない。とでも言うように。無表情の夏川くんが少しだけ笑ったような気がして、わたしはそれ以上何も言えなくなってしまった。
◇
「で、なんで当たり前のようについてくるの?」
「昨日は途中で帰ったから」
「理由になってないよー……」
「別に、知りたくなったから」
死神といえど、わたしのことをなんでも知ってるわけじゃないのか。
この辺りで一番大きな高層マンションのオートロックを抜けて家に入る。夏川くんが当たり前のように着いてくることは、もう私が何を言っても決定事項みたい。
「広い家住んでんね」
「よく言われる」
「他に誰か呼んだりするわけ」
「そりゃたまに、友達とか来たりするよ」
「へえ、友達いたんだ」
「……失礼」
いるよ。フツウにいる。だってごくフツウのジョシコウセイなんだもん。
「本当にここで暮らしてんの」
「毎日暮らしてるけど」
「にしては綺麗だな」
「生活感がないって?」
「うん、そう」
「わたししかいないからね」
へえ、と興味なさそうな返事が返ってくる。死ぬはずだった命が、ほんとうはいつもひとりぼっちだってこと、知ってもなんとも思わないのかな。
基本的にわたしはこの広い家の中にひとりでいる。母親は小さい頃に他界していて、父親は仕事で遠方に住んでいるから。たまに連絡なく帰ってくるけどね。
関係は良くも悪くもない。むしろ関係が悪いと言えた方がよかったと思うくらいには、殆ど他人と同じ部類だ。
生活費や学費、その他諸々、生きていくのに何不自由ない支援をしてくれているところだけは、どれだけ関係が淡泊でも憎めないけれど。
「夏川くんは、ごはんとか食べられるの?」
「昨日も言ったけど、心臓以外は普通の人間と変わらない。食べなくても死にはしないけど。まあもう死んでるし」
「そのギャグ笑えないよー……」
「ギャグで言ったつもりないけどね」
ここまでぶっ飛んだ非日常なら、もうわたしも開き直るしかない。
こうなれば、今の状況をとことん楽しんでみるっていうのもひとつの手じゃない? この男────もとい死神と仲良くなってみる、というのも、また一興。
「じゃあ、カレーでも作るよ、食べられる?」
「作ってくれんの」
「うん。私の寿命も短いみたいだし」
「まだ自分が死ぬと思ってんのか」
「だって殺したい人なんていないんだもん」
「頑固な奴」
セーラー服のままエプロンをつけてキッチンに立つ。女子高生ひとりが住むには広すぎる空間に、異様に綺麗な顔をした死神がひとり。
「りりこちゃん、かわいいことすんだね」
「なっ、どこがかわいいの!」
「制服姿もいいけど、エプロンもいいなって見てただけ」
「か、からかわないでよ」
「別に? 思ったこと言ってみただけだけど」
なんだこいつ─────
死神といいながら怪しげに口角を上げた夏川くん。その端正な顔がやけに色っぽくて思わず顔を背けてしまった。
「な、夏川くんって意味わかんないね」
「そりゃ死神だからね」
「……わたしが殺したい人言わなかったらどうなるの」
「タイムリミットは今日を含めて3日後。それまでに覚悟決めて」
「覚悟……」
じゃあそれまでに、夏川くんと仲良くなって、折れてもらおう。わたしの代わりに誰かが死ぬんじゃなくて、予定通り帰るのはわたしだって。
3日後ということは、あと2泊3日の命。やけに冷静に受け入れている自分にびっくりする。
昨日はこわかったけど、夏川くんがあまりに自然にわたしに構うから、死神というものを身近に感じてしまっているのかも。わたしってそのうち変な宗教にでもハマっちゃいそうだよね。
「……夏川くん、ナス食べれる?」
「ふは、この会話の中でそれ聞くの? おまえって本当に肝が座ってるね」
「だって、3日しかないなら楽しまないとなって。夏川くんのことももう少し知りたいし」
「へえ」
「わたしのことも、知りたいならなんでも教えてあげる」
「やけに無防備でおまえは危なかっしいな」
俺が死神でよかったね、じゃなきゃあの時死んでたかもな、と。運命に逆らったのは自分のくせに、鼻高々にそう言う夏川くん。
生かされたことも、彼が死神だということも、実感があるわけじゃないけれど。
どうせつまらない毎日だったし。これくらいのハプニングが落ちてきたってどうってことないのかも。わたしがもし何かやらかして、この綺麗な死神に殺されても、悲しむ人だっていないんだもん。
「で、決まった? 殺したい奴」
19時、少し薄暗くなった学校からの帰り道。昨日と同じように、その綺麗な顔はひょっこりと突然姿を現した。
今日もかっこいいから2重の意味で心臓に悪いよ。
黒シャツに黒いスラックス、細身で高身長のその姿はやはり現実味を帯びていないくらい整っている。のにも関わらず、開口一番でとんだ物騒な言葉を吐いてくれる。物騒にも程があるよ!
「夏川くん……また突然現れるんだね」
「言ったろ、明日また会いに来るって」
「言ってたけど、それ、わたしが誰かを指名するまでずっと続くの?」
「まさか。こっちにもタイムリミットがあるからね」
夏川くんと歩いていたら目立って仕方がないんじゃない? そう思って、昨日歩いた人通りの少ない道を選んで歩く。
「わたし、殺したい奴なんていないよ、考えたけど、死ぬなら自分でいい」
「変わったこと言うね、俺が折角生かしてやったのに?」
「生かしてくれなんて頼んでないし、運命に逆らうのもこわいし、」
「生きてる意味も見いだせないし?」
心の中を読まれたようでかあっと頬が熱くなる。横を歩く夏川くんは至って冷静で、表情ひとつ変えやしない。なんだか負けた気分だ。
「……うん、そう。別に大丈夫だから、夏川くんが誰かを殺さなきゃいけないなら、わたしでいいよ」
「あのさ、昨日も言ったけど」
夏川くんの声のトーンが少しだけ下がった気がした。わたしのセーラー服が風になびく。自分が殺されてもいいだなんて、当たり前のように口に出来る自分のこと、相当気持ちが悪いなともおもう。
「それを決めるのは俺であってお前じゃない」
なにそれ、どうしてわざわざわたしを生かすの。たまたまなら、他の人だってよかったでしょ。
「……夏川くんは、いつもこうやって運命をねじ曲げるようなことするの?」
「しないよ。たまたまだって昨日言ったろ」
「じゃあその対象が、わたしじゃなくてもいいでしょ」
「りりこ、お前は本当に欲がない人間だな」
「それは、」
「じゃあ俺に、泣いて喚いて縋ってみれば」
「何言って、」
「殺してくれって頼んでみろよ、そしたら考えてやってもいい」
そうでもしなきゃ、お前のことは殺さない。とでも言うように。無表情の夏川くんが少しだけ笑ったような気がして、わたしはそれ以上何も言えなくなってしまった。
◇
「で、なんで当たり前のようについてくるの?」
「昨日は途中で帰ったから」
「理由になってないよー……」
「別に、知りたくなったから」
死神といえど、わたしのことをなんでも知ってるわけじゃないのか。
この辺りで一番大きな高層マンションのオートロックを抜けて家に入る。夏川くんが当たり前のように着いてくることは、もう私が何を言っても決定事項みたい。
「広い家住んでんね」
「よく言われる」
「他に誰か呼んだりするわけ」
「そりゃたまに、友達とか来たりするよ」
「へえ、友達いたんだ」
「……失礼」
いるよ。フツウにいる。だってごくフツウのジョシコウセイなんだもん。
「本当にここで暮らしてんの」
「毎日暮らしてるけど」
「にしては綺麗だな」
「生活感がないって?」
「うん、そう」
「わたししかいないからね」
へえ、と興味なさそうな返事が返ってくる。死ぬはずだった命が、ほんとうはいつもひとりぼっちだってこと、知ってもなんとも思わないのかな。
基本的にわたしはこの広い家の中にひとりでいる。母親は小さい頃に他界していて、父親は仕事で遠方に住んでいるから。たまに連絡なく帰ってくるけどね。
関係は良くも悪くもない。むしろ関係が悪いと言えた方がよかったと思うくらいには、殆ど他人と同じ部類だ。
生活費や学費、その他諸々、生きていくのに何不自由ない支援をしてくれているところだけは、どれだけ関係が淡泊でも憎めないけれど。
「夏川くんは、ごはんとか食べられるの?」
「昨日も言ったけど、心臓以外は普通の人間と変わらない。食べなくても死にはしないけど。まあもう死んでるし」
「そのギャグ笑えないよー……」
「ギャグで言ったつもりないけどね」
ここまでぶっ飛んだ非日常なら、もうわたしも開き直るしかない。
こうなれば、今の状況をとことん楽しんでみるっていうのもひとつの手じゃない? この男────もとい死神と仲良くなってみる、というのも、また一興。
「じゃあ、カレーでも作るよ、食べられる?」
「作ってくれんの」
「うん。私の寿命も短いみたいだし」
「まだ自分が死ぬと思ってんのか」
「だって殺したい人なんていないんだもん」
「頑固な奴」
セーラー服のままエプロンをつけてキッチンに立つ。女子高生ひとりが住むには広すぎる空間に、異様に綺麗な顔をした死神がひとり。
「りりこちゃん、かわいいことすんだね」
「なっ、どこがかわいいの!」
「制服姿もいいけど、エプロンもいいなって見てただけ」
「か、からかわないでよ」
「別に? 思ったこと言ってみただけだけど」
なんだこいつ─────
死神といいながら怪しげに口角を上げた夏川くん。その端正な顔がやけに色っぽくて思わず顔を背けてしまった。
「な、夏川くんって意味わかんないね」
「そりゃ死神だからね」
「……わたしが殺したい人言わなかったらどうなるの」
「タイムリミットは今日を含めて3日後。それまでに覚悟決めて」
「覚悟……」
じゃあそれまでに、夏川くんと仲良くなって、折れてもらおう。わたしの代わりに誰かが死ぬんじゃなくて、予定通り帰るのはわたしだって。
3日後ということは、あと2泊3日の命。やけに冷静に受け入れている自分にびっくりする。
昨日はこわかったけど、夏川くんがあまりに自然にわたしに構うから、死神というものを身近に感じてしまっているのかも。わたしってそのうち変な宗教にでもハマっちゃいそうだよね。
「……夏川くん、ナス食べれる?」
「ふは、この会話の中でそれ聞くの? おまえって本当に肝が座ってるね」
「だって、3日しかないなら楽しまないとなって。夏川くんのことももう少し知りたいし」
「へえ」
「わたしのことも、知りたいならなんでも教えてあげる」
「やけに無防備でおまえは危なかっしいな」
俺が死神でよかったね、じゃなきゃあの時死んでたかもな、と。運命に逆らったのは自分のくせに、鼻高々にそう言う夏川くん。
生かされたことも、彼が死神だということも、実感があるわけじゃないけれど。
どうせつまらない毎日だったし。これくらいのハプニングが落ちてきたってどうってことないのかも。わたしがもし何かやらかして、この綺麗な死神に殺されても、悲しむ人だっていないんだもん。