「つまり、私は運よくたまたま生き延びた、と」

「そう。お前を見たとき、ちょうどたまたま、未来が欲しいなって考えただけなんだよ。本当に、たまたま」

「……ふーん、なるほどお……」

と返事をしつつ、全然理解できなかった。人が死ぬ日は運命で定められてるって言ってたよね。その運命が歯車狂わないようにするのが死神の使命だって。


「死ぬべき私が死ななかったら、夏川くんは怒られるんじゃないの」

「うん。このまま何もしなければペナルティがくだる」

「大丈夫なの?」

「別の人間を殺して数を合わせるからへーき」

「それってもっとだめでしょ」

「いいんだよ。周りはみんなやってる。倫理の観点からアレコレ言われてるけど、最終的に数さえ合えば問題ない」

ハナシが現実味を帯びたせいで、焦りと恐怖がいっきに押し寄せる。
私のせいで、別の誰かが死ぬかもしれない。死ぬ運命になかった人の命が奪われるかもしれない……。


「だめだよ、死ぬはずだった私が死ななくちゃ。別の人じゃなくて、私を殺してよ」

「それを決めるのはお前じゃない」

「っ、夏川くん、」


名前を呼びかけた瞬間、ひゅっと息を呑む。底の見えない昏い瞳を、初めて、本当の意味で怖いと思った。


「俺の話を信じたなら自分の立場くらい理解しろ。お前が生きているのは、俺が生かしているから。……この意味がわかるか」

「っ、――――」

言葉を失う。という経験を初めてした。

怖くて怖くて指先が震えて、涙までもがこみあげてきて。頑張って堪えようと唇を噛んで。それでも我慢できなくなって。……溢れる。と思った寸前。

「っく、ははっ」

とつぜん笑い声が響いた。見ると、夏川くんが肩を震わせている。綺麗な彼にいい意味で似合わない豪快な笑い方に、しばしぽかんとしてしまう。


「あー……、お前やっぱり可愛いね」

「?……、??」

「死なせてもいいけど生きてるほうがいいな。あったかいし」

そう言いながら、夏川くんは一度だけ私を抱きしめた。ほんの一瞬のできごとだったのに、冷たくもあったかくもない体に包まれている時間は、永遠にも思えた。


「また明日の夜会いに来るから、それまでに殺したいやつ決めといて」

昏い瞳が、再び妖しい弧を描く。

夏川くんは、理解が追い付かない私を置いてけぼりにして夜の闇に消えていった。