――以下書き起こし

〈記録開始〉

手塚:本日は、インタビューを受けてくださってありがとうございます。〇〇社で社会・政治担当をしている手塚明日菜といいます。よろしくお願いします。

酒井:あ、はい。よろしくお願いします。

手塚:ではまず、お名前とご職業をお願いします。

酒井:はい。酒井了太です。刑務官をしています。

手塚:では次に、吉田死刑囚との関係について教えて下さい。

酒井:吉田……133番には五年ほど、生活指導などを行っていました。

手塚:彼はどんな人物でしたか? 

酒井:一言でいうなら、柔和(にゅうわ)な人ですね。特に問題を起こすこともない、模範囚でした。

手塚:当時のことで、印象的な記憶はありますか? 

酒井:そうですね。五年前にここに配属されて、新しい環境にしばらく緊張していたんですが、133番を担当するときは不思議とリラックスできた覚えがあります。

手塚:それには、なにか具体的な理由が? 

酒井:単純な話ですが、吉……彼はいつも、気さくに話しかけてくれたんです。もう十年以上も勾留(こうりゅう)されていて、何故そんなふうに振る舞えるのか分かりませんでしたが、なんというか、達観してる感じで……他愛(たあい)ない会話をして過ごした時間が多かったです。

手塚:なるほど。どんな会話をしたか覚えていますか? 

酒井:うーん、そうですね。大体は、朝なにを食べたとか。そんな話だったと……あ、そういえば、白蛇の話をしてくれたっけ。

手塚:白蛇? 

酒井:ええ。彼が子供の頃、それは見事な白蛇を見たらしいです。

手塚:具体的にどんな話の内容だったか、覚えていますか?

酒井:たしか、おばあちゃんと桜を見に出かけたときだって言ってました。山の中に壊れかけの小屋があって、そこで見たらしいです。真っ白な大きい蛇。島の伝説にも白蛇の話があって、きっとあれは神様なんだって言ってました。

手塚:興味深い話ですね。ちなみに、その伝説については聞きましたか?

酒井:あの、すみません。これってどういうインタビューですか? 

手塚:大丈夫です。所定の質問ですから。お答え願えますか?

酒井:えっと、聞いてません。

手塚:ありがとうございます。では、次の質問です。彼の死刑執行について、なにか思うことはありますか? 

酒井:……はい。

手塚:聞かせてください。

酒井:133番が犯した罪は許されるものではありません。けれど、その贖罪(しょくざい)の方法が、彼の命を奪うことで本当に正しいのか。別の方法があったんじゃないかと、そう思います。

手塚:死刑執行の前に、彼とは何か話しましたか?

酒井:いえ。ただ、彼はずっと呟いていました。《いとまじ》と。

手塚:……その言葉の意味は分かりますか?

酒井:調べても分からなくて、あれからずっと考えてます。実は最近、これじゃないかな? というのがぼんやりと浮かんだんですが。

手塚:お聞かせ願えますか? 

酒井:手塚さんは、あの絵を見ましたか? 

手塚:見ました。蛇の線がぜんぶ《いとまじ》という文字で描かれていた……

酒井:そう! あれ、あの蛇。遠目で見たら、絞首刑の縄に見えるんです。それで、だから……吉田さんは、ずっと死刑が怖かったんじゃないかなって。気丈(きじょう)に振る舞っていただけで、本当はずっと心細かったんじゃないかって! 自分はそれに、今まで気づいてあげられませんでした……っ! 

手塚:落ち着いてください! 《いとまじ》の意味は? 教えて下さい! 

酒井:(水を飲む音)すみません。感情が(たかぶ)って……あの、もういいですか。全然、思ってた感じのインタビューと違ったので。これ以上は、ごめんなさい。

手塚:あっ……ごめんなさい。分かりました、質問は以上です。ありがとうございました。

〈記録終了〉

備考:はじめて《いとまじ》の意味を考えている人に会えた。焦って考察の内容を聞けずに終わる。大失敗。だが収穫もあった。
 基本的に刑務官は、拘置所内でのトラブルを避けるために死刑囚を囚人番号で呼ぶはずだ。が、酒井刑務官は吉田死刑囚を「さん付け」で呼ぶほど親しい間柄だったようだ。
 吉田死刑囚が酒井刑務官に言っていた“白蛇の伝説”とは、葦田さんが話してくれた『いとまじ様』の伝説に違いないだろう。
 彼はまだ知っていることがあるはず。もうすこし時間をかけて、どうにかもっと吉田死刑囚との話を聞き出せないだろうか?