――以下書き起こし

〈記録開始〉

手塚:はい。じゃあ、お名前を教えていただけますか? 

葦田:ん? 

手塚:な・ま・え! 

葦田:あぁ、ええ。葦田(あしだ)こずゑいいます。姉ちゃん、昨日も来てくれたなぁ。

手塚:その節はどうも。今日はこの島の伝説を聞きにきました。昨日言ってましたよね、白蛇の伝説があるよ〜って

葦田:白蛇……あぁ! 『いとまじ様』ねぇ。いらっしゃるよ。山にな。

手塚:では、お願いします。 

葦田:あいよ……むかしむかしのおはなしじゃ。昼間から、いきなり日が暮れたことがあったそうな。雲に隠れたんと(ちご)うて、いくら待ってもお日様は出てこん。島の人たちは困りはてた。なんせ島にはお坊さんも尼さんもおらんのじゃ。神頼みしようにもできん。そんなときじゃ。誰もおらんはずの廃寺から、鐘の音が鳴りよった。なんじゃなんじゃと、みんなで松明(たいまつ)もって見に行った。そしたらなんと、釣り鐘に大蛇が巻きついとったそうな。釣り鐘に体こすりつけて、その拍子に鐘が鳴る。繰り返す音色を聴いとるうちに、気がつきゃお日さんは元通りになっとった。人々が我に返って大蛇を見ると、その体は見違(みちが)えるように真っ白に輝いとった。以来、島ではその白蛇をお天道様(てんとうさま)の遣いと信じ、お礼として廃寺のあった場所に、『いとまじ様』を(まつ)る神社を建てて差し上げたそうじゃ。

手塚:素敵なお話ですね。ところで、どうして『いとまじ様』と呼ばれてるんですか? 

葦田:そりゃ知らん。子どもの頃から聞いとるで、意味なんか考えたこともね。

手塚:そうですか……

葦田:そういえば、わしの親が水子(みずこ)供養(くよう)の地蔵さんの前なんかを通るときには、《いとまじ》を繰り返し唱えとったな。念仏みたいなもんかも知れんの。

手塚:念仏、ですか。なるほど、ありがとうございました。

〈記録終了〉

備考:●●島取材二日目
 昨日、山で声を掛けてくれた葦田さんに今日は『いとまじ様』の伝説を聞かせてもらう。白蛇の伝説ときいてどの伝承の類型かと楽しみにしていたが、予想だにしない特殊な話を聞くことができた。以下雑記
・蛇と釣り鐘の組み合わせは、和歌山の道成寺(どうじょうじ)に伝わる、安珍清姫(あんちんきよひめ)の伝説を彷彿(ほうふつ)とさせる。けれど『いとまじ様』の伝説には女性が蛇になる要素も、恋愛的な要素も一切なく、いわゆる女人化(にょにんか)蛇譚(じゃたん)としての伝承には属さない。関連は(うす)そう。
・蛇は再生を象徴するため、天体なら月と関連付けられることが多いが、それがこの島では真逆の太陽と(ひも)づけられているのは特筆すべき点と言える。
・日本各地で白蛇は弁財天の使いとされる。同じく太陽も金運、財運を象徴することは一般的である。島に財をもたらした存在を弁財天≒白蛇として祀った? 
・皆既日食つながりで天岩戸(あまのいわと)伝説に置き換えるなら、『いとまじ様』はアメノウズメの位置づけ。踊り子が体をくねらせる様子を蛇に(たと)えた? 
 まとまらないので、美詞さんに要相談。