手塚の原稿は第三稿にして仕上がっている。もう本誌に載せていいレベルだ。この調子で続きの原稿にも取り掛かるよう指示を出す。
そろそろ《いとまじ》の意味について案を出そうかと話を進めていると、彼女が堰を切ったように泣きはじめた。
聞けば「私のせいで人が死んだ」という。少し前にインタビューをした刑務官が、近ごろ自殺したらしい。
困った。オカルト関連の仕事をしていると、精神的によくない状態に陥る人が一定数でてくる。理由のないものごとに理屈を探して当てはめるクセが、周囲で起きた出来事と自分の行為にもこじつけた因果関係を構築してしまうのだ。
じょうずに使えば、おみくじや占いのように、結果の善し悪しをそちらに責任転嫁して気を楽に保てるが、へたをすれば呪われているだとか、悪い方へ思考して自分を追い詰めることになる。そこに人の生き死にが関連してくると最悪だ。
彼女の話をまとめておく。
今年一月、手塚は吉田死刑囚の話を聞こうとして、拘置所にパイプのある人物を通じて刑務官とインタビューの機会を作ってもらった。その際「死刑制度について考えるため、死刑囚と交流する刑務官に心情を語って欲しい」と嘘をついた。
彼女が希望した“吉田死刑囚と交流のあった刑務官”には三人の候補がおり、その中で唯一、インタビューを受けてくれたのが酒井刑務官だった。
嘘のインタビューに乗じて吉田死刑囚の話を聞き出そうとした彼女だったが、ある誤算があった。酒井刑務官はなんと、吉田死刑囚の死刑執行に携わっていたのだ。それを知らずに行われたインタビューによって、彼は自ら手に掛けた相手との記憶を何度も思い出すことになり、精神状態が不安定になってインタビューは中断された。
そして先週末。前回のインタビュー候補に名前が挙がった一人、八剱翔平という人物から突然「もし必要ならインタビューを受けたい」と連絡がきた。彼は同拘置所の看守長で、酒井刑務官の上司にあたる。
手塚は、酒井刑務官から八剱看守長に話が伝わって《いとまじ》についてなにか話が聞けると期待して取材に向かった。そこではじめて、酒井刑務官が死刑執行に携わっていたこと、そしてインタビューから一ヶ月後に亡くなったことを知ったのだ。
「八剱さんは、私のせいじゃないとも言ってくれました。けど、それでも《いとまじ》について私が聞こうとしなければ、酒井さんが記憶を蒸し返して自殺にまで追い込まれることはなかったはず。考えれば考えるほど、彼は私のせいで……」
「あまり思い詰めるな。仕方のないことだろう」
「仕方ないって、またそうやって考えるのを放棄するんですか? 建林さんっていつもそうですよね。史料を読み解いたりはできるくせに、他人の行動とか、今を生きている人の感情については無頓着。関わった人が自殺して、それを受け止めるのに精一杯な私の気持ちなんて分かりませんよね! 」
俺にだって分かる。そう言おうとして、言葉を飲み込んだ。いま必要なのは不幸自慢じゃない。それを根拠にした反論なんて、もってのほかだ。
「頭冷やせ。原稿だけは進めておけよ」そう言い残して、席を立った。
そろそろ《いとまじ》の意味について案を出そうかと話を進めていると、彼女が堰を切ったように泣きはじめた。
聞けば「私のせいで人が死んだ」という。少し前にインタビューをした刑務官が、近ごろ自殺したらしい。
困った。オカルト関連の仕事をしていると、精神的によくない状態に陥る人が一定数でてくる。理由のないものごとに理屈を探して当てはめるクセが、周囲で起きた出来事と自分の行為にもこじつけた因果関係を構築してしまうのだ。
じょうずに使えば、おみくじや占いのように、結果の善し悪しをそちらに責任転嫁して気を楽に保てるが、へたをすれば呪われているだとか、悪い方へ思考して自分を追い詰めることになる。そこに人の生き死にが関連してくると最悪だ。
彼女の話をまとめておく。
今年一月、手塚は吉田死刑囚の話を聞こうとして、拘置所にパイプのある人物を通じて刑務官とインタビューの機会を作ってもらった。その際「死刑制度について考えるため、死刑囚と交流する刑務官に心情を語って欲しい」と嘘をついた。
彼女が希望した“吉田死刑囚と交流のあった刑務官”には三人の候補がおり、その中で唯一、インタビューを受けてくれたのが酒井刑務官だった。
嘘のインタビューに乗じて吉田死刑囚の話を聞き出そうとした彼女だったが、ある誤算があった。酒井刑務官はなんと、吉田死刑囚の死刑執行に携わっていたのだ。それを知らずに行われたインタビューによって、彼は自ら手に掛けた相手との記憶を何度も思い出すことになり、精神状態が不安定になってインタビューは中断された。
そして先週末。前回のインタビュー候補に名前が挙がった一人、八剱翔平という人物から突然「もし必要ならインタビューを受けたい」と連絡がきた。彼は同拘置所の看守長で、酒井刑務官の上司にあたる。
手塚は、酒井刑務官から八剱看守長に話が伝わって《いとまじ》についてなにか話が聞けると期待して取材に向かった。そこではじめて、酒井刑務官が死刑執行に携わっていたこと、そしてインタビューから一ヶ月後に亡くなったことを知ったのだ。
「八剱さんは、私のせいじゃないとも言ってくれました。けど、それでも《いとまじ》について私が聞こうとしなければ、酒井さんが記憶を蒸し返して自殺にまで追い込まれることはなかったはず。考えれば考えるほど、彼は私のせいで……」
「あまり思い詰めるな。仕方のないことだろう」
「仕方ないって、またそうやって考えるのを放棄するんですか? 建林さんっていつもそうですよね。史料を読み解いたりはできるくせに、他人の行動とか、今を生きている人の感情については無頓着。関わった人が自殺して、それを受け止めるのに精一杯な私の気持ちなんて分かりませんよね! 」
俺にだって分かる。そう言おうとして、言葉を飲み込んだ。いま必要なのは不幸自慢じゃない。それを根拠にした反論なんて、もってのほかだ。
「頭冷やせ。原稿だけは進めておけよ」そう言い残して、席を立った。