――以下書き起こし
〈記録開始〉
手塚:本日はインタビューの場を設けていただき、ありがとうございます。〇〇社で社会・政治を担当している手塚……
八剱:あぁ、そういうのんええから。
手塚:え?
八剱:堪忍やで。けどこっちも暇ちゃうねん。さっさと本題に入らせてもらうわ。まず、あんたのインタビューに答える気はあらへん。今日は僕が、あんたに聞きたいことがあったから来てもろうたんや。
手塚:待って下さい。一体、なにを……
八剱:酒井くんが死んだ。
手塚:は?
八剱:この前、インタビューしたやろ? 酒井了太。二週間前、自宅で首吊って死んだんや。
手塚:そんな……どうして。
八剱:分からんわ。せやけど僕は、あんたのインタビューが原因ちゃうかと思うとるんよ。
手塚:まさか、《いとまじ》のせいだと?
八剱:(大きなため息)やっぱりなぁ。あんた、社会記事のためにインタビューしにきたっちゅうんは嘘やな?
手塚:……はい。
八剱:素直でよろしいわ。まぁ、記者さんやから、情報集めるのが仕事やろ。せやから別に責めたいわけとちゃう。けど、ちょっとだけ僕の話、聞いてもらえへんか?
手塚:分かりました。
八剱:うん。さて、どこから話そか……酒井くんが、吉田の死刑執行に携わったことは聞いてるか?
手塚:いいえ。はじめて知りました。
八剱:そうか。ならそっからやな。まぁ死刑執行ってのは、刑務官の職務ん中で一番キツい仕事やねん。言うても昔と比べたら、いろいろ改善されたわ。執行に携わる職員の心理的な負担を少しでも減らすために、色んな手順が細かく分担されたりな。けど、どんな作業の担当でも、心の負荷は変わらん。僕はいままで二回、死刑執行の業務に当たったんやけどね。どっちの感覚も生々しく、記憶に残っとるわ。
手塚:酒井さんが、携わったというのは……
八剱:酒井くんはなぁ、去年、副看守長に昇進したところで、今回初めて死刑執行にあたったんや。しかも、絞首台の作動ボタン担当や。知ってるか? 絞首台の作動ボタンはダミーを紛れさせて複数人でボタンを押す。誰が作動させたか分からんようにして、罪悪感を減らすためやな。うちでは基本、ダミーは2つ。三人で同時にボタンを押すことになっとる。吉田の時は酒井くんと、草間くんもおった。
手塚:えっ、それって……
八剱:気ぃついたか。あんたがインタビューを希望しとった、吉田と交流の深い刑務官。二人ともその候補に名前が挙がっとったな。僕は吉田が入所する前からこの拘置所におったから言わずもがなとして、草間くんは八年間、酒井くんは五年間、吉田の世話をしとった。
手塚:あの。ボタンを押す担当には、その人と関わりが深い刑務官が選ばれるんですか?
八剱:んなあほな! そんなわけあるかいな。職務期間やら精神状態なんかを考慮して、適性を検討した上で選ばれるんや。二人が選ばれたのは偶然や。酒井くんも草間くんも初めての担当で、朝に知ったときは顔真っ青やった。
手塚:草間さんも初めてだったんですか。
八剱:そうや。けどそれは何も不思議やあらへん。死刑執行なんか、一度も関わらずに退職する刑務官がほとんどやからな。まぁそういう意味では、二人の出勤が被った日が吉田の執行日になって、二人ともその処刑担当に選ばれる確率は相当に低かったわけやけど。
手塚:なるほど……
八剱:ほんでな。死刑執行のあとは職員の慰労会が開かれるんや。人殺しといて酒盛りかと思うかも知らんけど、これもケアの一環やな。そこで二人で吉田の思い出話しとった。そこで僕も聞いたんや。《いとまじ》って言葉をな。
手塚:八剱さんは、その言葉の意味に心当たりは?
八剱:ないな。その時に初めて聞いた。
手塚:二人とも、どんなことを話してたんですか?
八剱:まぁ落ち着きや。吉田がなんか言うとったなぁ、くらいの軽い会話やった。ただな、そのあとに草間くんは長期休暇の申請をしたんや。執行業務にあたった職員に与えられる休暇分に加えて、追加で二週間。嫌な予感がしたんやけど、案の定、音信不通になった。
手塚:そんな、まさか……
八剱:いや、死んではない。両親に電話で連絡入れてるのは確認が取れてる。ただ、おそらく彼も精神を病んだという話や。それで、酒井くんの話に戻るけど、彼は何事もなく職務復帰した。ただ僕はときどき、吉田についての相談を受けてたんや。同情しとった。吉田は20歳からずっと塀の中で暮らしてた、もっと自分にできたことがあるんやないかってな。僕は諦めろと言い聞かせた。何人も似たような囚人を相手にする仕事や。肩入れせんほうがええってな。何度かそんな問答を繰り返して、やっと落ち着いて見えた頃や。あんたのインタビューの話がきた。
手塚:……なぜ酒井さんは、私のインタビューを受けてくれたんでしょうか。
八剱:多分、自分の中で見つけた考えを外に向けて発信することで、改めて自分自身に言い聞かせようとしたんやろな。
手塚:それを知らずに私は、執拗に吉田死刑囚の思い出を語れと迫った……
八剱:これ。酒井くんが最後に書いた日誌のここ、見てくれるか。
手塚:糸と……交わる……? あっ!
八剱:これが、彼の考えた《いとまじ》の答えや。「糸」と「交」で《いとまじ》。アホらしいやろ。「絞」って字を分解したらそう読める言うてな。昔話に出てくる言葉が、そんな都合のいいパズルみたいになるわけないやろ……こじつけすぎや、考えすぎや(嗚咽をもらす)
手塚:八剱さん……
八剱:(鼻をかむ音)すまん、歳とると涙もろくてあかんな。酒井くんな、休暇ごとにお土産配るような優しい子やった。僕のこと、子供の頃に亡くしたオヤジに似てる言うてな。この手袋、三年前のクリスマスにくれたんや。健気やろ? 気に掛けとったのに。僕がもっとしっかり見とったらって、どうしてもそう思うてしまうんよ。
手塚:慕われてたんですね。
八剱:悔しいんや。僕は。あんたが悪いわけじゃないんは分かっとる。けど、一言いわんことには気ぃ済まんかったんや。よう分からん好奇心にあてられて、息子同然の部下を失った気持ちを……
手塚:なんて言えばいいか……その、八剱さんの無念は痛いほど伝わりました。本当に、申し訳ありませんでした。
八剱:ありがとう。堪忍な、わざわざ時間取らせて。実はあんたの記事なんぼか読ませてもらったんや。いい仕事してはる。せやから、僕の話もちゃんと伝わると信じとった。ほんまに、ありがとう。
手塚:いえ、こちらこそ。今回のことはしっかりと肝に銘じます。連絡くださって、ありがとうございました。
八剱:どうか、酒井くんの弔いと思うて、《いとまじ》のええ記事を書いたってや。頼むわ。
手塚:はい。頑張ります……
〈記録終了〉
備考: