今日また、手塚が原稿を持ってきた。初稿(しょこう)と比べてだいぶ読みやすくなった。情報を小出(こだ)しにして引きをつくるポイントも上手くできている。まだ少し文章が硬いので、内容はそのまま、もっと元気で親しみやすいテンションにすると良いだろう。参考になりそうな記事を読ませてマネさせよう。
 『月引三人衆』については、手当たり次第に情報を集めてみたところ、わずかながら備中神楽(びっちゅうかぐら)との類似性(るいじせい)を見つけたので、以下に挙げておく。
 岡山県の備中地域で伝わる備中神楽は、オオクニヌシやヤマタノオロチに関連したストーリーで構成されている。
 『こけら払い』は三名で掛け合いを行う神楽。家の木くず(こけら)を掃除(そうじ)するための金額交渉を笑い話として展開するもので、最終的に酒が出されることで解決する。
 同じく備中神楽の『国譲(くにゆず)り』、こちらも三名で掛け合う神楽で、アマテラスオオミカミの使者として地上に降りたフツヌシノカミとタケミカヅチが、オオクニヌシに出雲を譲るよう言い寄る話。最初は断るものの、結果として国譲りを決意し、その代わりとして出雲国の一部をもらい、いまの出雲大社に福の神として祀られるという話。
 『(りょう)爺媼(とんば)』はアシナズチ、テナヅチという老夫婦が、毎年ヤマタノオロチに娘を食べられてしまい、スサノオに助けを求める話。ひとり残った娘のクシナダヒメを妻とすることを条件に、スサノオは討伐を約束する。

 比較すると、『国譲り』は出雲の地を三人で取り合う点、『こけら払い』では木くず掃除という行為を目標に三人が掛け合う点が、お月さんを三人で取り合う『月引三人衆』の構図とそれぞれ似ている。
『こけら払い』では最終的な解決手段として酒を用いる点と『両爺媼』から始まるヤマタノオロチ退治の物語でも、八塩折(やしおり)()(さけ)を用いて解決する点が、『月引三人衆』と類似している。
 『月引三人衆』でお月さんが求婚を酒で回避するのは、ヤマタノオロチ伝説の八塩折之酒を参照しているのではないかと推察される。

 もうひとつ、すこし突飛な考えではあるが、『月引三人衆』の読み方に関して思いついたことをメモしておく。
 気になったのは「月引」を「つきびく」と読んでいる点。一見、お月さんを奪い合う三人、またはお月さんに()かれた三人、と解釈できるが、それなら連濁(れんだく)させず「(こころ)()く」のように「つきひく」または「つきひき」とする方が自然だろう。あえて「つきびく」としたのには別の意味があるように思える。
 「引」が当て字だとして、「びく」という日本語で適切な言葉を探した結果、これはというものがあった。それは「比丘(びく)」である。比丘とは、出家して具足戒(ぐそくかい)を受けた男性の修行者のことを指す仏教の言葉だが、物語の中で本人が言及(げんきゅう)している通り、お月さんは出家し戒を受けている。
 もし「月引三人衆」でなく「月比丘三人衆」だとしたら。お月さんは、実は男性だったのではないか。あるいは、三人衆の方が出家した修行僧だという可能性も……
 いかんいかん、またいつもの暴走(ぼうそう)(へき)が出てきた。これ以上はあまりに空想がすぎるので、ここまでにしておこう。

【追記】『月引三人衆』について、手塚が「これって分かりやすく、かぐや姫ですよね」とぼやく。
 目からうろこが落ちた。それがあったか。俺としたことが一番有名な『竹取物語』を失念(しつねん)していた。小恥ずかしいので前述の内容は胸の内に(とど)める。