もっと寒くなれば、こうして外では食べられないかもしれない。
ベンチに座りサンドイッチ片手に、僕は空を見上げた。
仕事中ショーウインドウを隔てて、ふとしたときに僕は空を眺めている。風が恋しいからか、バイトの休憩時間に、近所の公園でお昼ごはんのサンドイッチを食べるのが日課になっている。
今年の紅葉は遅れてやってきた。けれど冬の足音は遅れてはいないようだ。
心地良いつめたさの風に、いちょうが舞っている。
広場では親子と思われるふたりが、いちょうを拾っていた。
三歳くらいの男の子が、いちょうを手にしては、母親らしき女性に見せている。男の子は、うす汚れたジャンバーにチェックのズボン。女性はグレイのカットソーにジーンズで、カーキのダウンベストを着ていた。肩まで伸ばしているくせのある髪が、風に揺れている。ほくろがいくつかある彼女の顔を、僕は見つめた。
僕は、ふたりをよく見かけていた。
僕がバイトしているおもちゃ屋はちょっと変わっている。店長いわく、「おもちゃは平等」らしい。
開店前に、その日入荷したおもちゃをショーウインドウに並べるのだ。
ぬいぐるみ、列車の模型、カードデッキ、ゲーム機、子供用のタブレット、スマホ、コスメグッズなんかも、ショーウインドウに飾られる。日替わりで飾りつけと品物が変わるのだ。
さすが、ショッピングモール一階のテナントは気合が入っている。
……と、勤めはじめた頃は思っていたけれど、まさか、家に帰っても、紙を切って予備の装飾を作る“残業”をやることになるとは思わなかった。
男の子は、僕が飾りつけをしているときにショーウインドウを見つめている子だ。ウインドウのガラスには手を置かずに。
「子供の指紋がついて、いやになるよ」と、先輩がたまに愚痴をこぼしている。もしかしたら前に、先輩が男の子に注意したのかもしれない。
母親らしき女性のことも、よく覚えている。
おもちゃを眺める男の子に向かって、何か話しかけている。ガラス越しなので声は聴こえない。
唇の動きからして、あれはきっと……。
僕は男の子と遊ぶ女性を見つめた。
彼女の懐かしいまなざし。かつての僕に向けられたのと同じ気がする。つまり、彼女は僕を、自分の息子のように思ってくれていたんだろうか。
ここ最近、親子を眺める度に、僕は落ち着かなくなっていた。
もうすぐ冬がはじまる。彼女たちに今年会えるのは、今日が最後かもしれない。そう思うと、いらだちに似た焦りが募っていた。
僕は食べ終えたサンドイッチの包み紙をベンチ横のゴミ箱に捨てる。親子に近づいた。
足を動かしながら、ネルシャツの胸ポケットをたたき、「大丈夫、大丈夫」と心のなかで言い聞かせた。
「あの、すみません。いつも、おもちゃ屋に……」
「おもちゃ屋のおじさんだ」
「樹、おにいさんでしょ?」
女性が男の子に声をかける。
「いいんです。そうだよ、僕はおもちゃ屋のおじさん。いつも見に来てくれる、きみにこれあげる」
僕が胸ポケットから取り出しのたのは……。
「星だ! きらきらだ!」
「これ、紐が切れているだろ。お店では使えないんだ。きみなら大事にしてくれるかなって、捨てずに取っておいたんだ。もらってくれる?」
「うん、大切にする!」
「すみません。いつもじろじろ見て、何も買わずに……」
「気にしないでください。見つめられると、飾った甲斐があります。今日はどんなのにしようかなって、考えるのが楽しくなりました」
僕の言葉に、彼女は微笑んだ。僕は腕時計を見た。
「昼休み終わるんで、これで。いつでも見に来てね」
「うん。バイバイ、おじさん」
「ありがとうございます」
僕は足早に歩いた。駆け出したい気持ちを抑えた。
とうとう、とうとう、話しかけることができた。
本当はまだ時間があった。でも続きの言葉が言い出せなくて、早々に立ち去ってしまった。
『やっちゃん、久しぶり。僕だよ、大きくなったでしょ?』
そう言いたかったのに。
いざ顔を合わせたら、それだけで胸がいっぱいになった。
矢沢美奈子。愛称は、やっちゃん。
結婚しているはずだから、苗字はちがうと思うけれど。
彼女を思い出すと、僕の心はあたたかくなる。
やっちゃんこそ、僕の星だからだ。きらきらした星。
一瞬だけ出会った、光。
僕の住む地域では、『プレ幼稚園』というイベントがあった。
もうすぐ入園の子供たちは一週間、幼稚園の体験ができる。そのイベントは、地元の高校生ボランティアが手伝う。
やっちゃんとは、そのとき出会った。
天然パーマで、顔にそばかすみたいなほくろがある、やっちゃん。
やっちゃんは、あの頃と同じだった。僕はすっかり大きくなって、やっちゃんの背を追い越してしまったけれど。
ベンチに座りサンドイッチ片手に、僕は空を見上げた。
仕事中ショーウインドウを隔てて、ふとしたときに僕は空を眺めている。風が恋しいからか、バイトの休憩時間に、近所の公園でお昼ごはんのサンドイッチを食べるのが日課になっている。
今年の紅葉は遅れてやってきた。けれど冬の足音は遅れてはいないようだ。
心地良いつめたさの風に、いちょうが舞っている。
広場では親子と思われるふたりが、いちょうを拾っていた。
三歳くらいの男の子が、いちょうを手にしては、母親らしき女性に見せている。男の子は、うす汚れたジャンバーにチェックのズボン。女性はグレイのカットソーにジーンズで、カーキのダウンベストを着ていた。肩まで伸ばしているくせのある髪が、風に揺れている。ほくろがいくつかある彼女の顔を、僕は見つめた。
僕は、ふたりをよく見かけていた。
僕がバイトしているおもちゃ屋はちょっと変わっている。店長いわく、「おもちゃは平等」らしい。
開店前に、その日入荷したおもちゃをショーウインドウに並べるのだ。
ぬいぐるみ、列車の模型、カードデッキ、ゲーム機、子供用のタブレット、スマホ、コスメグッズなんかも、ショーウインドウに飾られる。日替わりで飾りつけと品物が変わるのだ。
さすが、ショッピングモール一階のテナントは気合が入っている。
……と、勤めはじめた頃は思っていたけれど、まさか、家に帰っても、紙を切って予備の装飾を作る“残業”をやることになるとは思わなかった。
男の子は、僕が飾りつけをしているときにショーウインドウを見つめている子だ。ウインドウのガラスには手を置かずに。
「子供の指紋がついて、いやになるよ」と、先輩がたまに愚痴をこぼしている。もしかしたら前に、先輩が男の子に注意したのかもしれない。
母親らしき女性のことも、よく覚えている。
おもちゃを眺める男の子に向かって、何か話しかけている。ガラス越しなので声は聴こえない。
唇の動きからして、あれはきっと……。
僕は男の子と遊ぶ女性を見つめた。
彼女の懐かしいまなざし。かつての僕に向けられたのと同じ気がする。つまり、彼女は僕を、自分の息子のように思ってくれていたんだろうか。
ここ最近、親子を眺める度に、僕は落ち着かなくなっていた。
もうすぐ冬がはじまる。彼女たちに今年会えるのは、今日が最後かもしれない。そう思うと、いらだちに似た焦りが募っていた。
僕は食べ終えたサンドイッチの包み紙をベンチ横のゴミ箱に捨てる。親子に近づいた。
足を動かしながら、ネルシャツの胸ポケットをたたき、「大丈夫、大丈夫」と心のなかで言い聞かせた。
「あの、すみません。いつも、おもちゃ屋に……」
「おもちゃ屋のおじさんだ」
「樹、おにいさんでしょ?」
女性が男の子に声をかける。
「いいんです。そうだよ、僕はおもちゃ屋のおじさん。いつも見に来てくれる、きみにこれあげる」
僕が胸ポケットから取り出しのたのは……。
「星だ! きらきらだ!」
「これ、紐が切れているだろ。お店では使えないんだ。きみなら大事にしてくれるかなって、捨てずに取っておいたんだ。もらってくれる?」
「うん、大切にする!」
「すみません。いつもじろじろ見て、何も買わずに……」
「気にしないでください。見つめられると、飾った甲斐があります。今日はどんなのにしようかなって、考えるのが楽しくなりました」
僕の言葉に、彼女は微笑んだ。僕は腕時計を見た。
「昼休み終わるんで、これで。いつでも見に来てね」
「うん。バイバイ、おじさん」
「ありがとうございます」
僕は足早に歩いた。駆け出したい気持ちを抑えた。
とうとう、とうとう、話しかけることができた。
本当はまだ時間があった。でも続きの言葉が言い出せなくて、早々に立ち去ってしまった。
『やっちゃん、久しぶり。僕だよ、大きくなったでしょ?』
そう言いたかったのに。
いざ顔を合わせたら、それだけで胸がいっぱいになった。
矢沢美奈子。愛称は、やっちゃん。
結婚しているはずだから、苗字はちがうと思うけれど。
彼女を思い出すと、僕の心はあたたかくなる。
やっちゃんこそ、僕の星だからだ。きらきらした星。
一瞬だけ出会った、光。
僕の住む地域では、『プレ幼稚園』というイベントがあった。
もうすぐ入園の子供たちは一週間、幼稚園の体験ができる。そのイベントは、地元の高校生ボランティアが手伝う。
やっちゃんとは、そのとき出会った。
天然パーマで、顔にそばかすみたいなほくろがある、やっちゃん。
やっちゃんは、あの頃と同じだった。僕はすっかり大きくなって、やっちゃんの背を追い越してしまったけれど。