私の名前は古戸沢(ことざわ)緋音。20歳。今日、2月27日、苗字が変わります。

「あーんーちゃん!ほら、ここにお名前書いて。あとは全部先に書いちゃってるのに、何でお名前書いてくれないの…?」
「もー、分かったから…ちょっとくらい待ちなさいよ。」
「小鳥さんも待ってるよ?ほら。『早く書いてよー』って。」

 可愛らしい小鳥の絵が入った婚姻届を指さして、私の彼氏、というより夫の藍斗はそう言った。藍斗と付き合ったのは5年前の今日。思い返せば、長いようで短かった。

「もうっ。分かってるよ。心の準備だけでもさせて。」

 古戸沢、緋音 ことざわ、あかね ハンコも押して、っと。

「わーいっ!これであんちゃんは僕の、最愛の妻だね。」
「もう、そんなに嬉しい?」
「うん!」
「じゃあ、藍斗は私の、最愛の夫?」
「きゃー!あんちゃん、だーいすきっ!あんちゃんも今日から、『宮美(みやび)さん』って呼ばれるんだね!」
「そうだね。藍斗とお揃いっ!」

 やっとだ。やっと、本当に、藍斗の『妻』って言える…

「おーい、あんちゃ…じゃなくて——緋音さん。」
「は、はい…」
「俺と、幸せになりましょう。」

 藍斗はそう言って、婚約指輪の入った箱を私に差し出した。

「——これって…」
「この前、宝石屋さんに行って、ペアネックレスを買ったでしょ?その時にあんちゃんが、ずーっと見てた指輪。こういうの、好きなのかなーって。」

 ゴールドのリングに、無数に散らばったガーネットとダイヤモンド。裏には、私たちの付き合った記念日“Feb 27th”と、A&Aのイニシャル。

「ありがとう…この指輪も、藍斗のことも大好き。」
「あははっ。嬉しいなあ。」
「ずっと、幸せでいようね。」
「うん。あんちゃんを幸せにできるようにたくさん努力します!」
「私も、藍斗を幸せにします。」

 その言葉のおかげか、藍斗は笑顔になった。

「じゃ、さっそく結婚指輪を買いに行きますか!」
「その前に、婚姻届けの提出ね。」
「はーいっ!」

 ♢ ♢ ♢

「あんちゃんって、本当に葉雪組に入っちゃうの?」
「うん。まあ、こっちの子会社?的な分類らしいから。敵にはならないよ。」
「ならよろしい。」

 婚姻届けを出し終え、私たちはジュエリー店に向かっている。

「ていうか、デザイン描いてきたんでしょ?」
「なぜそれを⁈」
「最近あんちゃんがお部屋に籠っちゃってたんだもん。何となく予想はついてはいたけどね。」
「うう…恥ずかしい…」

 正直、私の描いたデザインはシンプルだ。特に柄がないシンプルな表、裏にはお互いへのメッセージを彫って、お互いの誕生石を埋めてみたいな…なんて考えていた。

(こんなシンプルなのでいいのかな…)

 とりあえず、表はシンプルな分、ホワイトゴールドで存在感を出したいと考えている。さあ、藍斗は何というだろう。

「着いたよ。ほら、1回デザインを見せて。」
「はい。」
「——すっごくステキ。誕生石は…俺が9月だからサファイヤで、あんちゃんは1月だからガーネットか。」
「うん。」
「よし、これにしよう。実は、メッセージももう思いついてるよ?」
「え、早い。」
「ほら、行こう。俺の最愛の花嫁さま。」
「——うん!」

「いらっしゃいませ。あら、今日は揃って…」
「はい。もう、俺の花嫁さまなので。」
「ちょ、ちょっと…」
「ふふ…そういえば、今日は結婚指輪のお話ですか?」
「はい。ほら、緋音。」
「こ、これです…」

 藍斗に促され、私は店員さんにデザインの描いた紙を手渡した。

「——とても素敵ですね!メッセージはどうなさいますか?」
「考えるか。ね、緋音。」
「う、うん…」

 普段、2人で過ごしている時とは違って、名前で私のことを呼ぶ藍斗。

(メッセージ、ね…)

 伝えたいことは沢山ある。その中から、どれか1つを選ばないといけないなんて…

(どれにしろ、流石に恥ずかしいから英文でいいよね。)

 そんなことを考えながら、スマホのメモアプリを開いた。

(んー…悩ましいけど、これかな。)

 『Eternal Love』英語で『永遠の愛』という意味だそうだ。

「書けた?」
「あ、うん。」
「どうする?見せあう?」
「え⁈」
「いいじゃん。どうせ見るんだから。」
「——じゃ、じゃあ…」

 そう言って、私の持っていた紙は藍斗に、藍斗の持っていた紙は私に渡った。

「『Stand By Me』…?」
「『僕のそばにいて』。」
「——え…?」
「だーって、ずっと一緒がいいもん。」

 無性に恥ずかしくなって、私は下を向く。

「照れてる緋音も、可愛いね。」
「う、うるさいっ…」
「もー、顔真っ赤にしちゃって。そんな緋音も、ずいぶんと可愛いこと書いてるね。」
「うっ…もう恥ずかしいからやめてよ…」
「『永遠の愛』か。ずっと好きでいてよね?」
「もちろん、です…」