W大学文学部史学科 三井歩ブログ『歴史家の散歩道』 Vol.28
非常勤講師・三井歩が新入生に歴史学の楽しさをレクチャー
「夢中になれて教養が身につく! ファミリーヒストリー入門」

突然ですが、皆さんに質問です。ご両親の名前はご存知ですか?

恐らく、ほとんどの人が「はい」と答えるでしょう。それでは、その前の世代、あるいは、その前の前の世代ではどうでしょう。
自分のひいおじいさんや、ひいおばあさんの名前を知っているという人は、案外少ないかもしれません。

きっと、彼らがどのような仕事についていて、どのように生きてきたのかを知る人は、もっと少ないことでしょう。

こんにちは。W大学文学部史学科 非常勤講師の三井です。
僕は博士後期課程で歴史学、とくに村落史と呼ばれる分野を専門的に研究していました。

そんな僕には、中学生の頃、先祖調査に夢中になった過去があります。部活が終わってヘトヘトで家に帰ると、当時大好きだったBUMP OF CHICKENのCDを聴きながら、せっせと役所に提出するための書類を書くのが何よりの楽しみでした。
果ては父親に頼み込んで安くない旅費を捻出させては、飛行機に乗って、ひとりで全国を飛び回りました。先祖の勤めていた会社が現存していると知れば、人事課に電話をし、先祖のお墓があるお寺があると知れば、羊羹片手に挨拶に行きました。

そうやって僕は、ゆっくりと時間をかけて、戦国時代生まれの先祖にまでたどり着くことができました。その過程は、役所や博物館などに散らばっていた先祖に関する記録のピースを拾い集める地道な調査であり、拾い集めたピースを使って先祖たちの生涯を推理する高度な謎解きゲームでした。
同時に自分の頭を使って(僕の場合は)日本の歴史をさかのぼる、時空を超えた遥かな旅だったのです。

ところで、先祖をたどることは、現代を生きる僕たちにとって、どういった風に役立つのでしょうか。
先祖調査の利点は、「歴史」を肌身に感じる力が身に着くことです。
当たり前のことですが、僕たちの先祖は、長く続く歴史のうえを生きてきました。そこでは、第二次世界大戦、戊辰戦争、本能寺の変、応仁の乱など、歴史の授業で習ったような大きな事件も沢山起きています。
先祖調査を始めてみると、自分の先祖がこうした出来事に直接関わって来たことを知ることになります。

世界を見てみると、いまでも各地で戦争が起きています。
過ちを繰り返さないために歴史を学んでいるのに、過ちが繰り返されるのは、きっと僕たちが「歴史」を肌身に感じることができていないからでしょう。かつて起きた戦争を「自分ごと」として感じ取ることができていないから、僕たちは過ちを繰り返すのです。
先祖調査を通して歴史に触れ直すことができれば、あなたの歴史を捉える視点は、限りなくシャープになるはずです。

さて、旅には注意点もあります。
旅の途中で、あなたが知りたくなかったことを知る可能性もあります。それを気にしない覚悟を持つことが必要です。
自分は有名人の子孫だと聞いて勇んで調査を始めたはいいけれど、殺人犯の子孫であることを知ってしまった。貴族の子孫だと聞いていたのに、実は被差別民の子孫だった。こうした事例は十分に想定できます。
この旅では、そういった時に「自分は関係ない」と言い切る力が必要になるのです。

考えてもみてください。あなたの両親は2人いますね。おじいさんおばあさんは4人、その前の世代は8人です。このように、あなたの先祖はねずみ算式に増えていきます。この計算を繰り返すと、なんと27代前には、あなたの先祖は1億人を超えるのです。
こうして考えてみると、みんながみんな共通の先祖を持っていることが分かります。恐らく、あなたは凶悪な殺人犯の子孫であり、偉大な政治家の子孫でもあります。
ね? 先祖の身分にこだわりすぎることが馬鹿らしくなったでしょう? 

前置きはこれくらいにしておきましょう。
僕の役目は、あなたが困った時にできる限りのアドバイスをすること。とにかく早く荷造りをして、僕と一緒に長い歴史の旅を始めましょう。