W大学文学部史学科 三井歩ブログ『歴史家の散歩道』 Vol.35
非常勤講師・三井歩が新入生に歴史学の楽しさをレクチャー
「K島現地調査④ 徳明寺裏手の墓地調査」
四ツ谷:島内最大の墓地に着いたけど、これはすごい。
三井:とんでもない広さだ。無限に墓がある。
四ツ谷:島民のほとんどは、この墓地に入るらしい。だから、かなりの確率で四ツ谷家の墓があるはずなんだけど。
三井:まずは手分けしてざっと探してみるか。そこに墓参りしてるおじさんがいるから聞いてみようか。
四ツ谷:すみません。四ツ谷って墓を見たことありますか?
男性:え……。四ツ谷? 知らない知らない。こんな山ほどある墓の中から、わかるわけないでしょ。
こっちも墓参りの途中なんだ。
悪いけど、話しかけないでくれる?
四ツ谷:……。そうですよね。ありがとうございました。
三井:なんか感じの悪いおじさんだ。
それにしても途方もないな。なにかヒントはないのか?
四ツ谷:数十年前に祖母が墓参りをした時の写真がある。この時は、なぜか祖父はK島に足を踏み入れることを拒否したらしく、ひとりで行ったらしい。
同じ画角の場所を探せば、おおよその場所が分かるんじゃないかな。
三井:だいぶ古そうな墓だな。19世紀のものであることは固いだろう。そこにお寺があるから、住職に聞いてみるのが早いかもね。
ここで注意がひとつ。お寺は部落差別を助長しないため、基本的には先祖調べを手伝ってくれない。今回は、「墓参りしたいけど、場所が分からない」くらいでいいんじゃないかな。
四ツ谷:こんにちは。久しぶりに墓参りに来たんですけど、お墓の場所がわかんなくなっちゃって。四ツ谷家のお墓ってお心当たりありますか? 手がかりが昔の写真しかなくって。
住職:四ツ谷家ですか……。そうですか。あなたは四ツ谷という家のご子孫なのですね……。お墓の場所には心当たりはないですが、写真を見る限り、ここはうちの寺です。ちょっと一緒に探してみましょう。
四ツ谷:ありがとうございます。
住職:たぶん、このあたりだと思います。
四ツ谷:あ、ここもお墓だったんですね。荒れ果てて藪みたいになってる。でも確かに、写真と画角は大体一致してる。
三井:所有者不明の看板がありますね。ここらは無縁仏のようだ。
四ツ谷:このあたりのお墓を確認してみます。どうも、ありがとうございました。
住職:お力になれずすみません。
三井:もうひとつだけ聞いてもいいですか?
お墓を見ていて、明治37年に亡くなった人が多いように思ったのですが、なぜでしょうか。
住職:ああ、戦争ですよ。明治時代にG国との戦争があったでしょ。この島からも多くの若者が出征したそうです。奉安要塞攻防戦という激戦に動員されたらしく、多くの死者がでました。
三井:なるほど。そうでしたか。四ツ谷の先祖も、戦争を生き延びた可能性があるな。世代的には富次郎さんの父親だよ。ご住職、教えてくださり、ありがとうございました。
住職:とんでもございません。では、失礼いたします。
三井:本来ならば、墓石から没年月日、戒名、俗名などを確認するんだけど。戒名が分かれば、だいたいの身分が分かるからね。
四ツ谷:墓参りの写真と同じ場所にも見えるけど、ちょっと墓石が風化していて読めないな。
三井:この墓、この部分が「四」に見えないか? めちゃくちゃツタが絡まっている。
四ツ谷:え、これなの? 誰も管理していないのか。
三井:とはいえ、確証は持てないな。完全には字が読めない。すぐに見つかると思ったんだけど、厳しかったな。今回はタイムアップだ。残念ながら帰ることにしよう。
四ツ谷:墓地調査で成果がなかったのは残念だった。ほかにはどんなことをするべきだろうか。
三井:地元の図書館は資料が豊富だから、行っておいた方がいい。司書さんは調べもののプロだから、強力な助っ人になる。
四ツ谷:「K島の観光協会」に資料があるみたいだから、行ってみよう。
三井:やることはひとつ。親戚の名前を頭の中に叩き込んで、地方史から親戚を探し出す。途方もない作業だから、江戸時代以降の歴史だけみれば大丈夫だ。
~作業中~
四ツ谷:四ツ谷の四の字すら出てこない……。
三井:近代以前の調査は、そう簡単にはいかないものだ。
教育委員会の人に郷土史家を紹介してもらう手もある。地元の歴史については、なんでも知ってるという人が、だいたいどの地域にもいるもんだ。
四ツ谷:とりあえず、窓口に聞いてみよう。
三井:すみません。
観光協会の窓口:郷土史家ですか……。ちょっと分からないですが、ちょうどそこにいるNがこのあたりの歴史には詳しいですよ。Nさん、ちょっと。
Nさん:どうしましたか?
四ツ谷:僕の先祖がK島出身で、そのことについて調べているんですが、「四ツ谷」という家をご存じですか?
Nさん:「四ツ谷」ね……。そうか……。
三井:なにか知ってるんですか?
Nさん:いや、K島にはほとんどいないんじゃないかな……。古い家じゃないのかもしれない。K島は北前船の物流で急速に発展したから、江戸時代に人口も激増したんだ。その時に来た一族かもしれない。もっとも、僕の専門は戦国時代だから、それ以降のことは詳しくないけど。
四ツ谷:なるほど、一旗あげようと、本土から出てきたのかもしれませんね。
Nさん:あとはK島は罪人の流刑地で有名だから、かなりの人数が流されてきた。罪人は普通は家族を持てないんだけど、K島では特例的に持てたらしい。だから、島内の苗字は比較的多様化しているんだよ。
四ツ谷:おかげ様で、いろいろな可能性が出てきました。Nさん、お仕事中ありがとうございました。
三井:罪人のことは想定していなかったな。良い気はしないだろうけど、もしも流罪人の家系だとすると、島を離れる理由としては納得がいく。
四ツ谷:罪人の子孫か。子供や孫だったら嫌だろうけど、これくらい離れた先祖だったら、他人事みたいだ。
三井:さて、成果がないから、すぐに調査が終わってしまった。気分転換にサイクリングでもするか。ついでに町で四ツ谷家の痕跡を探そう。
四ツ谷:二時間くらい自転車を漕いでるけど、見事になんにもない。表札にも、墓石にも痕跡はない。もうこのままK島を一周しそうな勢いだ。
三井:現地調査で成果を出すのは難しいことなんだ。きっと、このトンネルを抜けたら海が見えるよ。
四ツ谷:そんなもんか。……ん? おい、このトンネル「四ツ谷洞門」だって!
三井:すごい発見だ。日本人の苗字のほとんどは、地名から来ている。「K島」「四ツ谷」で引っかかる地名はなかったから、「四ツ谷」というのは、消え去ったこのあたりの小字(地名)なんだ……。
「四ツ谷洞門」の前で写真に映る四ツ谷氏。冬でも汗だくになる運動量だ。
君の先祖は、ここからやって来たのかもしれない。
四ツ谷:え、そうなの? 正直、家族に思い入れがあってはじめた調査じゃないから、案外感動はしないな。地名は消え、一族も去ったいま、急に思い入れは抱けない。
三井:残念ながら、今回の現地調査はここで時間切れだ。
四ツ谷:結局、四ツ谷家がK島を離れた理由は分からずじまいか。そういえば、あの「そうびえん」って古文書の正体も分からなかったな。どこか消化不良のような。
三井:ぼんやりとした結末に納得できないなら、東京に戻ってから、改めてご住職に手紙を出してみたらいい。
四ツ谷の先祖たちの名前を一覧にして送って、お寺の過去帳(物故者の記録)と照合してもらうんだ。
とにかく、現地調査はこれで終わりだ。お疲れ様。
四ツ谷:ありがとう。戻り次第、お寺に手紙を書いてみる。
非常勤講師・三井歩が新入生に歴史学の楽しさをレクチャー
「K島現地調査④ 徳明寺裏手の墓地調査」
四ツ谷:島内最大の墓地に着いたけど、これはすごい。
三井:とんでもない広さだ。無限に墓がある。
四ツ谷:島民のほとんどは、この墓地に入るらしい。だから、かなりの確率で四ツ谷家の墓があるはずなんだけど。
三井:まずは手分けしてざっと探してみるか。そこに墓参りしてるおじさんがいるから聞いてみようか。
四ツ谷:すみません。四ツ谷って墓を見たことありますか?
男性:え……。四ツ谷? 知らない知らない。こんな山ほどある墓の中から、わかるわけないでしょ。
こっちも墓参りの途中なんだ。
悪いけど、話しかけないでくれる?
四ツ谷:……。そうですよね。ありがとうございました。
三井:なんか感じの悪いおじさんだ。
それにしても途方もないな。なにかヒントはないのか?
四ツ谷:数十年前に祖母が墓参りをした時の写真がある。この時は、なぜか祖父はK島に足を踏み入れることを拒否したらしく、ひとりで行ったらしい。
同じ画角の場所を探せば、おおよその場所が分かるんじゃないかな。
三井:だいぶ古そうな墓だな。19世紀のものであることは固いだろう。そこにお寺があるから、住職に聞いてみるのが早いかもね。
ここで注意がひとつ。お寺は部落差別を助長しないため、基本的には先祖調べを手伝ってくれない。今回は、「墓参りしたいけど、場所が分からない」くらいでいいんじゃないかな。
四ツ谷:こんにちは。久しぶりに墓参りに来たんですけど、お墓の場所がわかんなくなっちゃって。四ツ谷家のお墓ってお心当たりありますか? 手がかりが昔の写真しかなくって。
住職:四ツ谷家ですか……。そうですか。あなたは四ツ谷という家のご子孫なのですね……。お墓の場所には心当たりはないですが、写真を見る限り、ここはうちの寺です。ちょっと一緒に探してみましょう。
四ツ谷:ありがとうございます。
住職:たぶん、このあたりだと思います。
四ツ谷:あ、ここもお墓だったんですね。荒れ果てて藪みたいになってる。でも確かに、写真と画角は大体一致してる。
三井:所有者不明の看板がありますね。ここらは無縁仏のようだ。
四ツ谷:このあたりのお墓を確認してみます。どうも、ありがとうございました。
住職:お力になれずすみません。
三井:もうひとつだけ聞いてもいいですか?
お墓を見ていて、明治37年に亡くなった人が多いように思ったのですが、なぜでしょうか。
住職:ああ、戦争ですよ。明治時代にG国との戦争があったでしょ。この島からも多くの若者が出征したそうです。奉安要塞攻防戦という激戦に動員されたらしく、多くの死者がでました。
三井:なるほど。そうでしたか。四ツ谷の先祖も、戦争を生き延びた可能性があるな。世代的には富次郎さんの父親だよ。ご住職、教えてくださり、ありがとうございました。
住職:とんでもございません。では、失礼いたします。
三井:本来ならば、墓石から没年月日、戒名、俗名などを確認するんだけど。戒名が分かれば、だいたいの身分が分かるからね。
四ツ谷:墓参りの写真と同じ場所にも見えるけど、ちょっと墓石が風化していて読めないな。
三井:この墓、この部分が「四」に見えないか? めちゃくちゃツタが絡まっている。
四ツ谷:え、これなの? 誰も管理していないのか。
三井:とはいえ、確証は持てないな。完全には字が読めない。すぐに見つかると思ったんだけど、厳しかったな。今回はタイムアップだ。残念ながら帰ることにしよう。
四ツ谷:墓地調査で成果がなかったのは残念だった。ほかにはどんなことをするべきだろうか。
三井:地元の図書館は資料が豊富だから、行っておいた方がいい。司書さんは調べもののプロだから、強力な助っ人になる。
四ツ谷:「K島の観光協会」に資料があるみたいだから、行ってみよう。
三井:やることはひとつ。親戚の名前を頭の中に叩き込んで、地方史から親戚を探し出す。途方もない作業だから、江戸時代以降の歴史だけみれば大丈夫だ。
~作業中~
四ツ谷:四ツ谷の四の字すら出てこない……。
三井:近代以前の調査は、そう簡単にはいかないものだ。
教育委員会の人に郷土史家を紹介してもらう手もある。地元の歴史については、なんでも知ってるという人が、だいたいどの地域にもいるもんだ。
四ツ谷:とりあえず、窓口に聞いてみよう。
三井:すみません。
観光協会の窓口:郷土史家ですか……。ちょっと分からないですが、ちょうどそこにいるNがこのあたりの歴史には詳しいですよ。Nさん、ちょっと。
Nさん:どうしましたか?
四ツ谷:僕の先祖がK島出身で、そのことについて調べているんですが、「四ツ谷」という家をご存じですか?
Nさん:「四ツ谷」ね……。そうか……。
三井:なにか知ってるんですか?
Nさん:いや、K島にはほとんどいないんじゃないかな……。古い家じゃないのかもしれない。K島は北前船の物流で急速に発展したから、江戸時代に人口も激増したんだ。その時に来た一族かもしれない。もっとも、僕の専門は戦国時代だから、それ以降のことは詳しくないけど。
四ツ谷:なるほど、一旗あげようと、本土から出てきたのかもしれませんね。
Nさん:あとはK島は罪人の流刑地で有名だから、かなりの人数が流されてきた。罪人は普通は家族を持てないんだけど、K島では特例的に持てたらしい。だから、島内の苗字は比較的多様化しているんだよ。
四ツ谷:おかげ様で、いろいろな可能性が出てきました。Nさん、お仕事中ありがとうございました。
三井:罪人のことは想定していなかったな。良い気はしないだろうけど、もしも流罪人の家系だとすると、島を離れる理由としては納得がいく。
四ツ谷:罪人の子孫か。子供や孫だったら嫌だろうけど、これくらい離れた先祖だったら、他人事みたいだ。
三井:さて、成果がないから、すぐに調査が終わってしまった。気分転換にサイクリングでもするか。ついでに町で四ツ谷家の痕跡を探そう。
四ツ谷:二時間くらい自転車を漕いでるけど、見事になんにもない。表札にも、墓石にも痕跡はない。もうこのままK島を一周しそうな勢いだ。
三井:現地調査で成果を出すのは難しいことなんだ。きっと、このトンネルを抜けたら海が見えるよ。
四ツ谷:そんなもんか。……ん? おい、このトンネル「四ツ谷洞門」だって!
三井:すごい発見だ。日本人の苗字のほとんどは、地名から来ている。「K島」「四ツ谷」で引っかかる地名はなかったから、「四ツ谷」というのは、消え去ったこのあたりの小字(地名)なんだ……。
「四ツ谷洞門」の前で写真に映る四ツ谷氏。冬でも汗だくになる運動量だ。
君の先祖は、ここからやって来たのかもしれない。
四ツ谷:え、そうなの? 正直、家族に思い入れがあってはじめた調査じゃないから、案外感動はしないな。地名は消え、一族も去ったいま、急に思い入れは抱けない。
三井:残念ながら、今回の現地調査はここで時間切れだ。
四ツ谷:結局、四ツ谷家がK島を離れた理由は分からずじまいか。そういえば、あの「そうびえん」って古文書の正体も分からなかったな。どこか消化不良のような。
三井:ぼんやりとした結末に納得できないなら、東京に戻ってから、改めてご住職に手紙を出してみたらいい。
四ツ谷の先祖たちの名前を一覧にして送って、お寺の過去帳(物故者の記録)と照合してもらうんだ。
とにかく、現地調査はこれで終わりだ。お疲れ様。
四ツ谷:ありがとう。戻り次第、お寺に手紙を書いてみる。