大磯傑が対峙しているのは川島だった。
「お前、こんなところにいていいのかよ。帰りたいんだろ?鍵とやらを探しに行けよ」
傑の言葉に、川島は笑みを浮かべる余裕さえあった。
その奇妙さに思わず眉をひそめる。
「鍵なんて手に入れた奴から奪えばいいだろ。そんなことより、お前とこうして一対一で闘う機会に恵まれたんだ。志恩さんに感謝したいくらいだよ
……それとも、一人ではボクを倒せる自信がないのかな?」
「てめえ……」
傑が表情を歪めて川島を睨み付ける。
が、川島は意に介したふうもなく、不気味に笑みを浮かべている。
「大磯、言ったろ、もうやられっぱなしだったあの頃のボクじゃないって」
対照的に唇を震わせて傑は渋面をつくる。
歌うように滑らかに、川島は語り続ける。
「学校に行かなくなってから、ボクは何もしていなかったわけじゃない。身体も鍛えた。それに、お前のことなら、調べがついてる」
「……調べ?」
「そうだ。お前、高校に進学したタイミングでこっちに引っ越してきたんだろ。
その理由を調べたんだ。
苦労したよ。お前、影が薄くてさあ。
でも、調べるうちに面白いことがわかった。
お前、小・中学とひどいイジメを受けてたんだって?
だから知り合いのいないこの街に引っ越してきて、高校に入学してすぐ、それらしい雰囲気を作って不良グループのリーダーに就くことに成功した。
そうすれば、もうイジメのターゲットになることはないからな。
お前が高みの見物を決め込んだのは、暴力を振るわれたことはあっても、振るう経験がなかったから、やり方がわからなかったんだ、そうだろ?」
傑の顔が真っ青に染まっていく。
ニタァ、と川島が笑った。
「存分に、ボクがやり方を教えてやるよ。昔の自分に戻って震えながら謝罪するんだな」
言うや否や、鉄パイプを大きく振りかぶって傑へと突進する。
傑は動けない。
パイプの先端を腹にめり込ませると、傑はいとも簡単にバランスを崩して尻餅をつく。
後ろに飛ばされながらも、傑も鉄パイプを握って体勢を立て直そうとする。
「はっ無駄だよ」
ぎこちない手つきで応戦しようと試みるが、川島は傑の武器を弾き飛ばし、勢いを殺さず頭部へと鉄パイプを振り下ろす。
「ぐっ……」
衝撃に頭を押さえた傑の手に、べっとりと鮮血が付着する。
「……ひっ……」
引きつるような悲鳴を上げたあと、傑は怯えた眼差しを川島に向ける。
「あっはははははっ!なにその目!痛いの?怖いの?助けてほしいの?ボクに、お前がイジメてたこのボクにさあ!ねえ!」
歓喜の声を上げながら、川島の殴打は続く。
先程の執行人のそれよりは力は劣るが、すでに大怪我を負っていた傑の身体は容易く川島に屈する。
折られ砕かれ潰され、傑の身体は熱と一体化した痛みに支配される。
いつの間にか、傑の瞳から涙が溢れる。
それが更に川島の高笑いを煽る形となって、川島は大声で笑いながら暴行を続けた。
やがて。
力尽き、笑い疲れ手を止めた川島の前には、ピクリとも動かなくなった傑の姿があった。
志恩の言葉が正しければ、どんな苦痛を受けようと、意識を失ってはいないだろう。
彼を見下ろす川島の顔からは、一切の表情が消えていた。
「さて、ボクはもう帰ることにするよ。そろそろ誰かが鍵を手に入れてるだろうから、それを奪ってボクだけは元の世界に戻るんだ」
傑の頭を踏みつけると、川島はエレベーターがあるタワーへ向けて歩き始めた。