高橋と川島は、そもそもそれほど交流がなかった。


だから、突如かかってきた川島からの電話に、驚いて少し戸惑った。


彼の語り口は、不登校になる前とは別人のように饒舌だった。


「実は今、キミの家の近くの公園にいるんだ。会ってすこし話せないかな?」


面食らいつつも了承し、スニーカーを履いて家の外へ出た。


風に長い前髪を靡かせ徒歩数分の公園へと足を踏み入れる。


普段はマンションに住む子供たちの遊び場となっている質素な公園に川島はいた。


「急に呼び出して悪かったな。ちょっといい話があってさ」


ボサボサの髪に黒縁の眼鏡、高橋より低い身長。


傑たちのグループにイジメられていた頃と、見た目的には違いは見られなかった。


唯一、口元に浮かぶ自信満々の不敵な笑みだけが高橋の知る彼とは異なっていた。


「どうしたんだ?」



両手をパンツのポケットに入れながら、高橋が訊く。


「復讐、したくないか?」


「復讐?」


「ボクが不登校になってイジメのターゲットがキミに変わったんだってね。相当痛めつけられているんだろう、大磯たちに」


高橋は曖昧に笑った。


否定も肯定もしなかった。


「だから復讐してやるんだ、あいつらに」


口を開こうとした高橋は、川島からやや離れた位置に立つ長身の女性の存在に気がついた。


膝丈のスカートに首もとを飾るリボンのついた白いシャツ。紺のジャケットというスーツ姿だった。


「復讐……」


「そう。ボクをイジメてた大磯と岸、その彼女どもを地獄に堕としてやるんだ」


「彼女、もか?」


「そうだよ。ボクをイジメてた連中の彼女どもだって、ボクが殴る蹴るの理不尽な暴行を受けている間、止めもしないで笑って見てただけだろ。奴らだって同罪だよ」


口元に凶悪な笑みを浮かべ川島は高橋を見た。


「どうだ、高橋。一緒に奴らが地獄の苦しみを味わう様子を見に行かないか?」



「……ちょっと待ってくれ、話が呑み込めないんだが……地獄っていうのは……」


すると今まで二人のやりとりを黙って見守っていた女性が形の良い唇を開いた。


「初めまして、私は志恩といいます、地獄への案内人をしています。
地獄とは、貴方たちの認識とは全く違います。死亡した罪人が送られる死後の世界ではなく、地獄に堕ちてほしい、とまで恨みや憎しみなどを抱かれた人間が罪人という存在になり、送られる異世界なのです」


高橋は必死に今聞いたばかりの情報を咀嚼しようと脳を働かせる。



「そうさ、地獄だ。
 ネットで彼女の存在を知ってね。ボクも都市伝説の域を出ない話だと思ったんだが……。
興味本位でネットに書かれていた通り、架空のアドレスに復讐したいという内容を書いて送ったのさ」


信じがたい、というのがまず最初の印象だった。


不登校になってしまった川島が、心に支障をきたしてしまったのではないかと。


しかし、川島の突飛な言動に付き合っている彼女は何者なのだろう。



「よくあることなのか?
 ……その、地獄に堕とすってことが」


「そうですね。特に最近は古今東西色んな手段で、私とコンタクトを取れますからね。日常茶飯事かといえばその通りですね」


にっこりと、志恩は優雅に笑った。


「ボクは奴らの無様な姿を拝みに行く、一緒に行こうぜ」


二人分の笑顔に後押しされて、高橋はうっかり頷いてしまった。


次の瞬間、気付くと、何の変哲もないエレベーターの中にいた。


音もなく扉が開くと、志恩は「ここでお待ちください」と言い残し、エレベーターを出て行った。


静かに扉が閉じ、依然困惑の中にいる高橋は川島と二人取り残される。


外の音が不思議と鮮明に届いた。


やがて地獄の説明をする志恩の凛とした声がし、それに反発する声たちが、高橋の知っているそれと一致する。


エレベーターの扉がゆっくり開き、川島とともに待ち受ける傑たちの元へと向かう──。