それは険のある言い方だった。このゲームが始まって初めて、外ではなく中に向けての敵意だった。
 敵意を向けられた当人、西条彰は大きく狼狽える。

「は、はあ? そりゃどーいうことだよ?」
「どうもこうもない。お前、俺のカノジョに手を出したよな?」

 智は怒気を激らせて、彰を睨みつけた。そのあまりの剣幕に彰は数歩後ずさる。だが、逃すまいとばかりに智は彰の胸ぐらを掴んだ。

「忘れたとは言わせねーぞ。高二の時、お前は俺が当時付き合ってた小和田夕実に言い寄った。あの時の夕実は精神的に弱ってて、お前はそこにつけ込んだんだ。しかもお前は、やることはやった上で呆気なく1週間で捨てたな? それもサプライズだとかぬかして夕実を喜ばせた後に。満面のゴミみたいな笑顔を浮かべて……このクズ野郎が!」

 早口で述べられた事実に、聖奈は思わず口元を押さえた。
 いや、聖奈だけではない。隣にいた麻耶も、智に何事かを諭された奈波も、奈波を説得しようとしていた美友花も、床にへたり込んでいた杏子も、智を止めようとしていた定彦や大毅も、ゲームが始まってからずっと大人しくしている岡辺愛里や市本遼平ですら、彰を信じられないものを見る目で見つめていた。

「……ちっ。お前が、あいつのカレシだったのかよ」

 教室にいる全員の視線を受けて、彰は観念したようにため息をついた。それから乱暴に智の手を振り払うと、真正面から智を見据え、

「でもそれは、お前が愛想を尽かされてたからだろーがよぉ!」
 
 開き直った。

「なんか全部俺が悪いみたいな言い方してっけどよぉ、そもそもお前があの女に寄り添えてなかったのが原因だろーが! じゃなきゃ俺の誘いにも乗ってこなかったんじゃねーのかよ!」
「っ、それは……」
「だいたいさぁ、俺らが1週間で別れたのだって相性が合わなかったからなんだよぉ! やることやってなかったてめーにはわかんねえかもしれねえがなぁ! こっちはそういうちゃんした理由があって別れてんだ! いつまでもダラダラと関係を曖昧にしてたやつに偉そうに言われる筋合いはねぇ!」

 今度は彰が智に詰め寄ると、力任せに思い切り突き飛ばした。智は派手に転び、近くにあった机や椅子が音を立てて倒れる。
 それが決定打となった。

「おい、彰! やりすぎだぞ!」
「それ。暴力はない」
「大丈夫? 水戸部」
「きゃ、血出てるよ……!」
「彰、少し冷静になれよ」

 口々に彰への非難や智を気遣う言葉が飛び交う。それまで杏子に向いていた不信感が、完全に彰へと移っていた。

「……はぁー、くそっ。マージなんなんだよ」

 気怠げに頭を掻き上げ、彰はつぶやく。「やってられねー」と近くにあった椅子を蹴り飛ばした。小さな衝撃音が響き、全員の声が止む。

「俺もう出るわ。おい、柚木」
「え!? な、なに?」
「俺と付き合え。この場だけでいい。俺たちは嫌われ者だが、こいつらの思惑通り死んでやる義理はねーだろ」

 ゆったりとした足取りで彰は杏子に近づくと、男らしい大きな手を差し出した。

「別に断るなら断れよ。その場合、お前は人殺しになっちまうけどな」

 どこまでも悪どく、意地悪な笑顔に聖奈は背筋に冷たいものが走るのを感じた。間近で向けられた杏子はそんな比じゃないだろう。
 全員が見守る中、案の定杏子はコクコクと首を縦に振った。それを見て、彰はより笑みを深くする。

「よし。じゃあ、出ようぜ」

 手をとって立ち上がった杏子に、彰はそっとキスをした。杏子はなされるがままといった感じで、それを抵抗もなく受け入れた。
 キスが終わると、二人は手を繋いだまま教室の出入り口へ歩いていく。

「っ、杏子!」

 沈黙が流れていた教室に、ひとりの叫び声が響いた。奈波だった。

「あんた、それでいいの!? そんな最低野郎と一緒に……!」

 絞り出すような奈波の声に、杏子は一瞬足を止めた。そして、振り返る。

「……い、いいよ。つーかさ、今さらなんなの。うちのこと、散々こき下ろしといてさ。うちが出られそうになったら引き留めるとか、マジお前の方が自分勝手じゃんね」
「杏子!」
「うっさい! うっさいうっさい! うちの引き立て役は引き立て役らしく、黙って見てろよ!」

 杏子は怯えを含ませつつも薄く細い笑みを浮かべた。再び前を向き、心無しか彰の方へ身体を寄せる。

「じゃあな、いい子ちゃんども。俺らは出るから、さっさと誰を身代わりの生贄にするか話し合ってろよ。ヒャハハハッ!」

 そうして二人は、教室の外へ出た。
 告白も証明も、条件を全てクリアして。

『――ま、なわけないんだけどー』

 低い声が唐突に聞こえた。直後、乾いた銃声が高らかに鳴った。

『最初に言ったよね~? このゲームをなめるな、って』

 廊下から意地の悪い笑みを浮かべて振り返っていた彰の身体がぐらつき、横にいた杏子に覆い被さるようにして倒れた。

『このまま出しても面白いんだけど、打算的にやるにしてもちゃーんと覚悟を持った恋人同士の「証明」をしてくださいね~。適当な感じ、ダメでーす』

 倒れた二人はピクリとも動かない。やがて、その二つの身体の下には真っ赤な液体がなみなみと広がっていく。

『言っときますけどー、男子同士カップルの新藤拓篤くんは本気で倉木蓮くんのことが好きですし、有川輪花ちゃんと有田凜々花ちゃんに至っては既に恋人同士だったんですからね~。他のかるーい感じに見えた既存カップルも心の底では好き合ってますし、浅間光誠くんと能仲沙月ちゃんと沼田桃香ちゃんの恋模様もちゃーんと好意に基づいてるものですからー。お、わ、か、り~?』

 校内放送のスピーカーがハウリングした。音割れに混じって、甲高い笑い声がいくつか聞こえる。

『はーい。じゃあ、それを踏まえたうえで改めて~。残った人数は9人。タイムリミットまで、あと13分でーす!』