『はーい! いや~ようやく面白くなってきましたね~! 前半の甘酸っぱ~い青春恋愛模様も良かったんですが、後半戦はどうなるんでしょうかね~! ドキドキですねー! 現在の独り身生徒は11人。残り時間は24分でーす! スポンサーの皆様方も、レイズするなら今ですよー!』

 呆然とする3年2組の頭上へ、お約束とばかりに楽し気な女の声が飛び込んできた。
 ほとんどその内容は頭に入ってこなかったが、レイズという聞き慣れた不快な言葉に聖菜は思わず顔を歪めた。
 レイズというのは、ギャンブルや賭け事に関する言葉だ。おそらく、このゲーム内で起こるイベントや最後まで残っている人なんかを予想する賭博も併せて開催されているのだろう。かつて聖奈の父親だった人もよく口にしていたワードだった。人の命をなんだと思っているのか。

「フン。さーて、そろそろうちらも出ようか」

 そこで、桃香の一幕に溜飲が下がったのか、それまで静かにしていた杏子がすくっと立ち上がった。不機嫌そうなのは相変わらずだが、いくぶんか声の調子は落ち着いていた。

「そ、そうだねー。いい加減、電波繋がらないのもウザくなってきたし」
「血の臭いも、濃くなってきたもんね……」

 ここぞとばかりに美友香と奈波が同意する。これ以上、杏子の機嫌を損ねないようと思ってのことだろう。二人の顔には、杏子の顔色をうかがうような気配があった。

「でも、どうする? あたしら3人だし、誰かひとりが別の誰かと恋人にならないと」
「はあ? なに言ってんの?」

 しかし、それはすぐに崩れ去った。杏子が、憤慨だとばかりに声を荒らげた。

「なーんーで、あたしも別の誰かと恋人になる候補の頭数に入ってんの? 美友香か奈波のどっちかがなればいい話でしょーが!」

 その言い分は、いかにもわがままな杏子らしかった。近くにあった机を叩きながら、杏子は美友香に詰め寄っていく。

「あのさ、美友香ってたまにうちのこと見下してるよね? イケメンの先輩捕まえて自慢してくるのもウザかったけど、なによりさっき、勇輔があのぼっちと一緒に教室出て行った時も、ざまーみろみたいな顔してうちのこと見てたよね?」
「そ、そんなことしてない!」
「はあ? 無意識のうちにやってるとか、よりサイアクなんですけど」

 再び紛糾の様相を呈する言い合いが始まる。
 早く逃げ出したい。
 けれど、桃香が撃たれたことでそう簡単に事は運べなくなった。

「おーい、柚木。お前、それくらいにしておかないと、死んじまうぞ?」

 罵詈雑言が加速する中へ、別の声が放り込まれた。女子のものではない、男子の声だった。

「西条、なに勝手に入ってきてんの?」

 杏子の射殺すような鋭い視線の先には、相変わらずヘラヘラとした笑みを浮かべた彰が立っていた。

「いーや、一応忠告しとこうと思ってさ。今の状況、わかってんのかなーって」
「なに? どういう意味?」
「やっぱしわかってねーのか。あのな、今このクラスにいるのは11人。奇数なんだよ」

 そうだ。元々3年2組は偶数で、それぞれが合理的に動けば全員が出られるはずだった。
 しかし、桃香と光誠、沙月の一悶着があったことで桃香が死んでしまった。
 この「告白ゲーム」の前提ルールは、「3年2組のクラスメイトに告白してOKをもらい、恋人同士になった2人は教室から出ることができる」だ。つまり、一度に教室から出られるのは2人で、奇数の場合は最後に余った1人が出られなくなってしまうのだ。

「――つーまーり、奇数になった時点でもう一人の脱落は確定なんだよ。柚木、そんな嫌われる言動ばっかしてると、そのラスイチになっちまうぞ?」

 聖菜の想定と同じ説明をした彰は、呆れたように首を横に振る。
 そこでようやく、杏子は事態の重さを受け止めたようだった。みるみる顔が真っ青になり、力無く美友花と奈波の方を向く。

「え、えと……うち、うちは……そんなつもり、なくてさ。ジョーダン、そう、ジョーダンのつもりでー……」

 引き攣った笑いを浮かべて、よろよろと二人の元へ歩いていく。焦りや戸惑いがあからさまに声色に出ていたが、もはや手遅れだった。

「杏子、もう無理」

 冷たく言い放った美友花は、隣にいた奈波の手を握っていた。

「あたしらさ、ずっと我慢してきたんよ? マジで何様って、もう何度も、何度も何度もめちゃくちゃ思った! でも、さすがに死んでほしいとかまでは思ってなかった。けど、さっきのはないわー」
「ない、って、え、え……?」
「ごめんねー、うちもみゆっちに賛成。うちらのこと、いつでも切り捨てられる取り巻きとしてしか見てなかったこともショックだったし。しかも、ここまで言ってもまだ謝ってくれないもんねー。もういいよー」

 美友花の言葉に同調し、奈波も嘲るようにして一息に喋ると、二人は徐に向き合った。

「みゆっち。浮気しちゃうねー」
「ちょ、ななみん! そういうのズルい! 結構気にしてるんだから!」
「アハハッ、ダイジョーブだってー。うちもちゃんと、説明したげるからさー。あ、でも、うちは結構マジで、美友花のこと好きだよー?」
「も、もう!」

 既に告白は済ませていたのだろう。奈波は朗らかに笑いつつ、美友花の真っ赤に染まった顔に近づくとキスをした。
 そして二人は何事かを叫んでいる杏子には目もくれず、足早に教室の出入り口へと歩いていく。

「待て」

 しかし、これまでのみんなのように二人が教室から出ていくことは叶わなかった。いつの間に回り込んだのか、ひとりの男子がドアに寄りかかる形で道を塞いでいた。

「悪いけど、お前たちをこのまま出すわけにはいかない」

 落ち着いた口調でそう言ったのは、これまで成り行きを静観していた、水戸部智だ。

「ちょっとー、どいてくれない?」

 奈波が怪訝な視線を向ける。ようやく出られると思っていたところへ横入りされたのだから、当然の反応だった。
 しかし、智は全く態度を変えず淡々と返答する。

「無理だ。見てわかるが、今は奇数なんだ。偶数の時とは違って、早い者勝ちで教室から出すわけにはいかない」
「はあー? うちらはもう告白も証明もしちゃったんだよ。今さら何を言って」
「それに、だ。大口、お前本当に出て行っていいのか?」

 智は奈波の言葉を遮り、全員がいる後方へチラリと視線を向ける。すると、奈波は突然顔色を変えた。

「ちょ、ちょっと、どういうこと? あの子は、あんたと一緒に出るんじゃないの?」
「最初はそのつもりだったんだけどな。奇数になって状況が変わった。だから、約束はできないな」

 それだけ言うと、智は塞いでいた出入り口を解放し、男子たちが集まっているところへ戻っていく。だが、奈波が外に出る気配はない。

「な、奈波? どうしたの? 早く出ようよ」

 痺れを切らした美友花が奈波の手を強引に引く。すると、あろうことか奈波はその手を振り払った。

「……ごめん、みゆっち。今すぐには、出られなくなった」
「え、な、なんで……?」
「ほんと、ごめん」

 消え入るような奈波の声。その場にいた誰もが唖然としていた。
 いったい、どういうことだろうか。
 聖奈は考える。
 智の言い分はわかる。でも、奈波にかけた言葉はどういう意味だろうか。それに、奈波もどうして出ようとしないのか。
 
「おい、西条」

 聖奈が思考を巡らせようとしたその時、刺すような声が聞こえた。
 男子の輪に戻った智の声だった。

「今のうちに言っておこう。柚木も大概だが、俺はお前の方こそラスイチになるべきだと思ってるんだが、どうだ?」

 嵐の吹き荒れる気配が、3年2組の教室を包み込んでいった。