十八年と少しの人生の中で、いちばん目まぐるしい春だ。
先日は宣材写真を撮った。服は自分で用意するようにとのことで、柊吾と晴人が見繕ってくれたのはシンプルな白いシャツ。当日は前田とは別のスタッフがスタジオへと付き添ってくれて、ヘアメイクはプロの手で施された。緊張は大いにしたが、この写真がどれだけ重要なものになるのかは晴人からもスタッフからも聞かされていたので、気合が勝った。
レッスンは週に一回、ポージングやウォーキングなどを教わることになっている。レッスン代が本来必要だが、特別に免除してもらえるとの話だった。そこまで期待してもらえているのだろうか。まさかとは思いつつ、もしもそうならば裏切ってはならないと、より一層この世界で生きていく覚悟の糧となった。
ファッション雑誌を研究することも重要、流行に敏感であるように。
様々なことを叩きこまれながら、生きていくためのバイトも探さねばならない。日が暮れたというのに明るい街が映る窓の前、夏樹はソファに腰かけてスマートフォンとにらめっこをしている最中だ。求人サイトはたくさんあって、その時点で迷った日もあった。だが今の強敵は、条件で絞っても山のように出てくる求人ではなく、意外なことに隣に座る世話係の柊吾であった。
「じゃあこれはどうっすか!? すぐそこのコンビニっす!」
「だからコンビニは駄目だって。深夜のシフトも絶対回ってくる。モデルになろうって奴が夜通し働いてどうするんだ? 肌が荒れてるモデルとかナシだろ」
「でも近いし! たまになら深夜も平気かなって」
「だーめ。はい次」
「うう……じゃあこれ! 工事現場! 日中だけのやつ!」
「は? 怪我したらどうすんだ。あと日焼けな。ないない」
夏樹の生活面のサポートを頼まれた、と柊吾は言った。そうじゃなくても面倒見がいい人であることは、日々の端々から感じられている。生活能力がゼロだという晴人と暮らしているのだって、つまりはそういうことだ。夏樹も手伝っているとは言え、炊事洗濯のほぼ全てを柊吾がこなしている。
だがそうは言っても、だ。夏樹が探し出してくるバイトは面接に行き着くまでもなく、柊吾に却下され続けている。果たしてこれは本当に、面倒見がいいの類だろうか。言わば推しである柊吾にこんな言葉を使いたくはないのだが、と夏樹の頭にふとひとつの言葉が浮かぶ。それをついに口にしたのは、コーヒーを飲みながらこちらを眺めていた晴人だ。
「柊吾、過保護すぎ」
「そうか? だって心配じゃん。こっち出てきたばっかだし余計に」
「そうかもだけどさあ。夏樹だって困るよな?」
「えー? えーっと……」
柊吾と晴人のじとりとした視線が夏樹へと注がれる。憧れの人と大先輩。どちらの味方についても波風を立てそうで、夏樹は苦笑いしか出来ない。
だが晴人は、その尖った目をすぐに解いた。にんまりとした顔で、ここからが本番とでも言いたげにソファの前へとやって来る。
「俺に名案があんだけど」
「え、なんすか!?」
「柊吾、お前が面倒見てやれば?」
「……は?」
「ん?」
疑問の声が夏樹と柊吾から同時に上がる。柊吾の真意は分からないが、夏樹からすれば面倒ならもう十分見てもらっている、という「ん?」だった。だがふたり分の疑問も意に介さず晴人は続ける。
「柊吾の店に入れてやりゃいいじゃん。夜も遅くはならないし、目が行き届くから柊吾も安心だろうし? な? 俺めっちゃ賢くない!?」
それだけ言って、晴人は「じゃあまた明日」と出ていってしまった。新しい恋人が昨日出来たばかりらしい。嵐のような余韻が残る部屋で、夏樹と柊吾は顔を見合わせる。
「…………」
「えーっと。椎名さん?」
「アイツもたまにはいいこと言うよな」
「へ……マジ?」
話はあれよあれよという間にまとまって、今日は夏樹の初出勤の日だ。柊吾に連れられて、若者に人気の街へとやって来た。
メインストリートから一本奥まった道に現れたのは、シルバーを基調としたシンプルな店構えのアクセサリーショップ。スタイリッシュな外観に、どこか背筋が伸びる。けれど入店を躊躇してしまうような、敷居の高さは感じられない。
不思議な感覚に呆けながら見上げていると、裏手に回っていた柊吾からこっちだと手招かれる。スタッフオンリーと小さく書かれた入り口に手をかけ、柊吾がふとこちらを振り返った。
「そうだ、夏樹」
「はい!」
「俺が雑誌に出たことあんの、皆には内緒な」
「え、内緒?」
「そう。そもそも誰も知らないし」
「ええ、めっちゃかっこいいのに?」
「ありがとな。でも頼む」
「っす、了解っす。じゃあ待ち受けも見られないようにしなきゃっすね」
「ちなみにそれって変えてはくんない感じ?」
「一生変える予定はないっす」
「マジか」
まあしょうがねえか、と眉を下げながらも笑ってくれて、改めて中へと促される。そこには既にスタッフたちの姿があった。店のオープンは十一時、現在十時三十分。準備に取り掛かる時間なのだろう。
「夏樹、紹介する。土日だともっといるけど、平日の朝はこんくらいの人数な。まずこちらが店長」
「初めまして! 南夏樹です! 今日からお世話になります!」
「南くん初めまして、宜しくね」
「そんでこっちがスタッフの尊。最近社員になったばっかだけど、バイトから入れたらもう二年だな。尊、初めての後輩になるし、夏樹のことよろしく頼む」
「はい。初めまして、花村尊です」
「初めまして! 南夏樹です!」
「ふ、さっき聞いた」
店長は五十代くらいだろうか、柔らかな雰囲気に安堵を覚える。次に紹介された尊は“ザ・都会の若者”といった雰囲気のイケメンで、ゆるいウェーブがかった黒髪がよく似合っている。おまけに自分より背が高い。業務はこの彼から教わることになるようだ。
「えっと、花村さん。びしばし指導お願いします!」
「尊でいいよ。歳一個しか変わんないみたいだし、かしこまんないでくれたほうが俺もやりやすいから」
「了解っす! えっと、じゃあ、尊くん」
「ん。よろしく、夏樹」
「イケメンの微笑み眩しかぁ……」
「夏樹ー、ちょっとこっち来てくれる?」
「あ、はい!」
尊と挨拶を交わしていると、少し離れた場所から柊吾に呼ばれた。今度は店舗スペースを案内してくれるようだ。
「うわ、かっけー……」
「うちのブランド名は“naturally”。華奢なのでもゴツいのでも、誰でも好きなものを身につけられるようにってことで、レディースメンズって区分はない。誰かとお揃いにしたい時、同性同士でも異性でも関係なく出来るように、ってのがコンセプトだ」
「コンセプトまでかっこいいっすね」
「サンキュ」
足を踏み入れた瞬間に感じたのは、先ほど外でも感じた洗練されたイメージだ。指輪にピアス、ネックレス――ひと通りのアクセサリーがたくさん並んでいるのに煩雑な印象はなく、ひとつひとつが際立つようにスマートに陳列されている。加えて柊吾が語るブランドのコンセプトにも、心を惹かれる。
「正直アクセサリーって詳しくないんすけど、もっと早く出逢いたかったかも」
「うちのショップはこの店舗だけで有名ってわけじゃないし、興味ないと知る機会もないよな」
「そっかあ……えっと、ここにあるの全部naturallyなんすか?」
「うん、全部オリジナル。デザイナーがひとりいて、職人に発注して作られてる」
「デザイナーさんすげーっすね。こんなにかっこいいの、全部ひとりで考えてるんだ」
「ん、そうだな」
「あ、デザイナーさんってもしかして……店長っすか?」
「は……? はは、違うよ。デザイナーは非公開なんだけど、店長ではないな」
「そうなんすか? そういうのって店長なのかと思ってました!」
ブランドのことを柊吾に教わっていると、バックヤードから店長と尊も出てきた。ショーケースを磨いたり、レジを開けたりと開店の準備に取り掛かっている。
さっそく自分も業務にと思いつつ、夏樹はもう一度アクセサリーたちに目を向ける。驚くほど高価なわけではなく、少し頑張れば手が届きそうな価格帯も魅力的だ。そして何よりデザインが夏樹の心をくすぐり続けている。アクセサリーには縁がなかったことを先ほど悔いたばかりだが、それも運命だったような気がしてくる。
ひとつの決心をしつつ振り返ると、柊吾はレジの側で資料を眺めていた。
「それなんすか?」
「んー? これはカタログの案」
「…………?」
顔を上げた柊吾の視線が、夏樹へと一心に注がれる。その視線は何故か、頭からつま先へと何かを確認するように夏樹の全身を這い回る。憧れの男に見つめられるなんて、刺激が強すぎる。それを振り切ろうと、夏樹は決意したばかりのことを柊吾へと宣言する。
「椎名さん! オレ決めました!」
「ん? なにが?」
「オレ、初めてのアクセサリーはここで買います!」
「……マジ?」
「っす! ちゃんとモデルを頑張って、モデルでもらったお給料だけで買うんです。へへ、それ目標にオレめっちゃ頑張れそう!」
「夏樹……」
目を見開いている柊吾の奥で、尊と店長がこちらを見て微笑んでいる。このブランドはアクセサリーはもちろん、スタッフの人柄ごと愛されているのだろう。あたたかな空気が伝わってきて、ここで働ける喜びを改めて噛みしめる。
「オレ、ここでの仕事も頑張ります! 何でも言ってください!」
つい大きな声を上げると、柊吾が笑いながら頭をポンと撫でてくれた。柊吾がよくしてくれるこの仕草が好きでつい顔が緩むと、犬みたいだな、と尊がぽつり呟いた。それに笑うのは柊吾と店長で、やや不服ではあるが皆の笑顔が嬉しくて甘んじて受け入れることにした。
「気合入れてくれて嬉しいけど、ここでは基本雑用な」
「ええ!? そんなあ」
「本業をいちばんに考えろ。撮影とかオーディションが入ったら、絶対にそっちを優先すること。そういう条件での採用だって皆にも話してあるから」
「へ……そうなんすか?」
「うん」
「あ、ありがとうございます……有り難すぎるのと申し訳ないのとでちょっと泣きそうっす」
「有り難いだけでいいよ。夏樹がモデルとして成功すんの、俺らも楽しみにしてんだから」
「椎名さん……」
床に逃げてしまっていた視線を再び上げると、柊吾の言葉通り店長と尊も頷いてくれていた。
東京に出ると言うと決まって、あっちの人は冷たいだとか気をつけろだとか、たくさん注意されての上京だった。だが現実はこんなにも優しい人ばかりだ。出逢った人たちの想いに応えるためにも、絶対に夢を掴み取りたい。そんな風に何度も決意を新たにしている。
「オレ、絶対でっかくなります!」
先日は宣材写真を撮った。服は自分で用意するようにとのことで、柊吾と晴人が見繕ってくれたのはシンプルな白いシャツ。当日は前田とは別のスタッフがスタジオへと付き添ってくれて、ヘアメイクはプロの手で施された。緊張は大いにしたが、この写真がどれだけ重要なものになるのかは晴人からもスタッフからも聞かされていたので、気合が勝った。
レッスンは週に一回、ポージングやウォーキングなどを教わることになっている。レッスン代が本来必要だが、特別に免除してもらえるとの話だった。そこまで期待してもらえているのだろうか。まさかとは思いつつ、もしもそうならば裏切ってはならないと、より一層この世界で生きていく覚悟の糧となった。
ファッション雑誌を研究することも重要、流行に敏感であるように。
様々なことを叩きこまれながら、生きていくためのバイトも探さねばならない。日が暮れたというのに明るい街が映る窓の前、夏樹はソファに腰かけてスマートフォンとにらめっこをしている最中だ。求人サイトはたくさんあって、その時点で迷った日もあった。だが今の強敵は、条件で絞っても山のように出てくる求人ではなく、意外なことに隣に座る世話係の柊吾であった。
「じゃあこれはどうっすか!? すぐそこのコンビニっす!」
「だからコンビニは駄目だって。深夜のシフトも絶対回ってくる。モデルになろうって奴が夜通し働いてどうするんだ? 肌が荒れてるモデルとかナシだろ」
「でも近いし! たまになら深夜も平気かなって」
「だーめ。はい次」
「うう……じゃあこれ! 工事現場! 日中だけのやつ!」
「は? 怪我したらどうすんだ。あと日焼けな。ないない」
夏樹の生活面のサポートを頼まれた、と柊吾は言った。そうじゃなくても面倒見がいい人であることは、日々の端々から感じられている。生活能力がゼロだという晴人と暮らしているのだって、つまりはそういうことだ。夏樹も手伝っているとは言え、炊事洗濯のほぼ全てを柊吾がこなしている。
だがそうは言っても、だ。夏樹が探し出してくるバイトは面接に行き着くまでもなく、柊吾に却下され続けている。果たしてこれは本当に、面倒見がいいの類だろうか。言わば推しである柊吾にこんな言葉を使いたくはないのだが、と夏樹の頭にふとひとつの言葉が浮かぶ。それをついに口にしたのは、コーヒーを飲みながらこちらを眺めていた晴人だ。
「柊吾、過保護すぎ」
「そうか? だって心配じゃん。こっち出てきたばっかだし余計に」
「そうかもだけどさあ。夏樹だって困るよな?」
「えー? えーっと……」
柊吾と晴人のじとりとした視線が夏樹へと注がれる。憧れの人と大先輩。どちらの味方についても波風を立てそうで、夏樹は苦笑いしか出来ない。
だが晴人は、その尖った目をすぐに解いた。にんまりとした顔で、ここからが本番とでも言いたげにソファの前へとやって来る。
「俺に名案があんだけど」
「え、なんすか!?」
「柊吾、お前が面倒見てやれば?」
「……は?」
「ん?」
疑問の声が夏樹と柊吾から同時に上がる。柊吾の真意は分からないが、夏樹からすれば面倒ならもう十分見てもらっている、という「ん?」だった。だがふたり分の疑問も意に介さず晴人は続ける。
「柊吾の店に入れてやりゃいいじゃん。夜も遅くはならないし、目が行き届くから柊吾も安心だろうし? な? 俺めっちゃ賢くない!?」
それだけ言って、晴人は「じゃあまた明日」と出ていってしまった。新しい恋人が昨日出来たばかりらしい。嵐のような余韻が残る部屋で、夏樹と柊吾は顔を見合わせる。
「…………」
「えーっと。椎名さん?」
「アイツもたまにはいいこと言うよな」
「へ……マジ?」
話はあれよあれよという間にまとまって、今日は夏樹の初出勤の日だ。柊吾に連れられて、若者に人気の街へとやって来た。
メインストリートから一本奥まった道に現れたのは、シルバーを基調としたシンプルな店構えのアクセサリーショップ。スタイリッシュな外観に、どこか背筋が伸びる。けれど入店を躊躇してしまうような、敷居の高さは感じられない。
不思議な感覚に呆けながら見上げていると、裏手に回っていた柊吾からこっちだと手招かれる。スタッフオンリーと小さく書かれた入り口に手をかけ、柊吾がふとこちらを振り返った。
「そうだ、夏樹」
「はい!」
「俺が雑誌に出たことあんの、皆には内緒な」
「え、内緒?」
「そう。そもそも誰も知らないし」
「ええ、めっちゃかっこいいのに?」
「ありがとな。でも頼む」
「っす、了解っす。じゃあ待ち受けも見られないようにしなきゃっすね」
「ちなみにそれって変えてはくんない感じ?」
「一生変える予定はないっす」
「マジか」
まあしょうがねえか、と眉を下げながらも笑ってくれて、改めて中へと促される。そこには既にスタッフたちの姿があった。店のオープンは十一時、現在十時三十分。準備に取り掛かる時間なのだろう。
「夏樹、紹介する。土日だともっといるけど、平日の朝はこんくらいの人数な。まずこちらが店長」
「初めまして! 南夏樹です! 今日からお世話になります!」
「南くん初めまして、宜しくね」
「そんでこっちがスタッフの尊。最近社員になったばっかだけど、バイトから入れたらもう二年だな。尊、初めての後輩になるし、夏樹のことよろしく頼む」
「はい。初めまして、花村尊です」
「初めまして! 南夏樹です!」
「ふ、さっき聞いた」
店長は五十代くらいだろうか、柔らかな雰囲気に安堵を覚える。次に紹介された尊は“ザ・都会の若者”といった雰囲気のイケメンで、ゆるいウェーブがかった黒髪がよく似合っている。おまけに自分より背が高い。業務はこの彼から教わることになるようだ。
「えっと、花村さん。びしばし指導お願いします!」
「尊でいいよ。歳一個しか変わんないみたいだし、かしこまんないでくれたほうが俺もやりやすいから」
「了解っす! えっと、じゃあ、尊くん」
「ん。よろしく、夏樹」
「イケメンの微笑み眩しかぁ……」
「夏樹ー、ちょっとこっち来てくれる?」
「あ、はい!」
尊と挨拶を交わしていると、少し離れた場所から柊吾に呼ばれた。今度は店舗スペースを案内してくれるようだ。
「うわ、かっけー……」
「うちのブランド名は“naturally”。華奢なのでもゴツいのでも、誰でも好きなものを身につけられるようにってことで、レディースメンズって区分はない。誰かとお揃いにしたい時、同性同士でも異性でも関係なく出来るように、ってのがコンセプトだ」
「コンセプトまでかっこいいっすね」
「サンキュ」
足を踏み入れた瞬間に感じたのは、先ほど外でも感じた洗練されたイメージだ。指輪にピアス、ネックレス――ひと通りのアクセサリーがたくさん並んでいるのに煩雑な印象はなく、ひとつひとつが際立つようにスマートに陳列されている。加えて柊吾が語るブランドのコンセプトにも、心を惹かれる。
「正直アクセサリーって詳しくないんすけど、もっと早く出逢いたかったかも」
「うちのショップはこの店舗だけで有名ってわけじゃないし、興味ないと知る機会もないよな」
「そっかあ……えっと、ここにあるの全部naturallyなんすか?」
「うん、全部オリジナル。デザイナーがひとりいて、職人に発注して作られてる」
「デザイナーさんすげーっすね。こんなにかっこいいの、全部ひとりで考えてるんだ」
「ん、そうだな」
「あ、デザイナーさんってもしかして……店長っすか?」
「は……? はは、違うよ。デザイナーは非公開なんだけど、店長ではないな」
「そうなんすか? そういうのって店長なのかと思ってました!」
ブランドのことを柊吾に教わっていると、バックヤードから店長と尊も出てきた。ショーケースを磨いたり、レジを開けたりと開店の準備に取り掛かっている。
さっそく自分も業務にと思いつつ、夏樹はもう一度アクセサリーたちに目を向ける。驚くほど高価なわけではなく、少し頑張れば手が届きそうな価格帯も魅力的だ。そして何よりデザインが夏樹の心をくすぐり続けている。アクセサリーには縁がなかったことを先ほど悔いたばかりだが、それも運命だったような気がしてくる。
ひとつの決心をしつつ振り返ると、柊吾はレジの側で資料を眺めていた。
「それなんすか?」
「んー? これはカタログの案」
「…………?」
顔を上げた柊吾の視線が、夏樹へと一心に注がれる。その視線は何故か、頭からつま先へと何かを確認するように夏樹の全身を這い回る。憧れの男に見つめられるなんて、刺激が強すぎる。それを振り切ろうと、夏樹は決意したばかりのことを柊吾へと宣言する。
「椎名さん! オレ決めました!」
「ん? なにが?」
「オレ、初めてのアクセサリーはここで買います!」
「……マジ?」
「っす! ちゃんとモデルを頑張って、モデルでもらったお給料だけで買うんです。へへ、それ目標にオレめっちゃ頑張れそう!」
「夏樹……」
目を見開いている柊吾の奥で、尊と店長がこちらを見て微笑んでいる。このブランドはアクセサリーはもちろん、スタッフの人柄ごと愛されているのだろう。あたたかな空気が伝わってきて、ここで働ける喜びを改めて噛みしめる。
「オレ、ここでの仕事も頑張ります! 何でも言ってください!」
つい大きな声を上げると、柊吾が笑いながら頭をポンと撫でてくれた。柊吾がよくしてくれるこの仕草が好きでつい顔が緩むと、犬みたいだな、と尊がぽつり呟いた。それに笑うのは柊吾と店長で、やや不服ではあるが皆の笑顔が嬉しくて甘んじて受け入れることにした。
「気合入れてくれて嬉しいけど、ここでは基本雑用な」
「ええ!? そんなあ」
「本業をいちばんに考えろ。撮影とかオーディションが入ったら、絶対にそっちを優先すること。そういう条件での採用だって皆にも話してあるから」
「へ……そうなんすか?」
「うん」
「あ、ありがとうございます……有り難すぎるのと申し訳ないのとでちょっと泣きそうっす」
「有り難いだけでいいよ。夏樹がモデルとして成功すんの、俺らも楽しみにしてんだから」
「椎名さん……」
床に逃げてしまっていた視線を再び上げると、柊吾の言葉通り店長と尊も頷いてくれていた。
東京に出ると言うと決まって、あっちの人は冷たいだとか気をつけろだとか、たくさん注意されての上京だった。だが現実はこんなにも優しい人ばかりだ。出逢った人たちの想いに応えるためにも、絶対に夢を掴み取りたい。そんな風に何度も決意を新たにしている。
「オレ、絶対でっかくなります!」