今、この暗い部屋の中に約百人の近くの人が集まっている。みんなこれからライバルになるであろう人達だ。自分はここで生き残れるのか。そんなことを考えていると大きな扉の前がスポットライトで照らされた。

「ようこそ。東京真夜中倶楽部へ」

 銀髪の髪をひとつに結んだ双子の少女が感情のない顔で僕たちを出迎える。

「もうご存知かと思いますが、皆さんには私たちの主を満足させられるような料理を作っていただきます。賞金を手にできるのはただ一人。それ以外の人たちは……」

 今まで何の感情も表さなかった少女たちが背筋の凍るような不気味な笑顔を浮かべた。

「例外なく全員脱落となります」

"脱落"

 その言葉を聞いた瞬間この場にいる全員が息を呑んだ。

 もし数日前に家に届いた手紙の通りになるなら脱落してしまったら不味い。最悪の場合、死んでしまう。
 考えたらダメだ。前だけ向かないと。

 そう自分にいい聞かせないときっとこの先メンタルが殺られてしまう。

「心の準備ができた人からこちら部屋の中に入ってください。部屋に入った時点で皆さんは参加者とみなされます。引き返すなら今のうちにどうぞ」

 少女たちがそういっても誰も引き返そうとする人はいない。

「では皆さんご武運を」

 それだけいい残すと僕たちが入る部屋とは違う部屋に姿を消した。

 目の前には既に開かれた大きな扉がある。だけどまだ誰もそこに入ろうとしない。きっと様子を伺っているんだ。ここに一番に入ることができる人がどんなやつなのか。
 このままじゃ何も始まらない。

 勇気をだして最初の一歩を踏み出そうとしたとき、ガタイのいい男が大声を上げ始めた。

「俺は行くぞ! 借金があるんだ。ここで賞金が手に入らなきゃ一生借金に追われる人生。そんなのはごめんだぜ!」

 その男が扉に向かって走りだすと次々とあとを追う人が出てきた。僕も遅れを取らないように必死で走る。そうだ。ここしかないんだ。僕の夢を叶えられる場所は。


 次の部屋はさっきの暗い部屋とは打って変わって明るい部屋だった。目がなれていなくてチカチカする。だんだん目がなれてくると部屋のなかに人影が見えた。

「え? もしかしてこれ全員参加のパターン?」

 その声は整った顔の男性を連想させるような低くて聞いていて心地いい声色だった。

「流石に全員参加は予想外だったなぁ」

 完全に目がなれて人影が見えた方を向くとそこには予想通りのイケメンがいた。
 黒髪のピアスが左右合わせて六つほど空いている普通の大学生のようだ。

「あ、もしかして手紙をしっかり読んでなかったのかな? 家のポストに入ってたでしょ?」

 イケメン君が僕たちに話しかけても誰も答えようとする人はいない。いやできないといった方がいいのかもしれない。
 みんな緊張と不安で顔が真っ青になるっている。こんな状態で質問されても答えれるわけがない。

「よ、読みました。この封筒に入っていた手紙ですよね?」

 僕が勇気を振り絞って答えようとするとまたもや先をこされてしまった。今度は華奢な女の子だ。

「そうそう、それだよ。ここにいる全員読んだのかな?」

 もう一度聞かれて今度は答える変わりに同じ封筒を全員出した。

「お、読んでるんだ。それでも参加するなんて恐れ知らずな人達だね」

 イケメン君がそういうのも無理はない。
 手紙にはとんでもないことが書かれていたのだから。

「もうこの部屋に入っちゃったから意味ないんだけどもう一回いっておくよ。もし料理の出来があまりにも悪くて俺たちの主の機嫌を損ねてしまったら死ぬからね」

 そう話す顔はずっと笑顔で、背筋が凍るほどゾッとした。今日僕たちは死んでしまうかもしれない。それを再認識させられた。
 それでもこの場にいるのはきっとそれぞれに譲れない理由があるから。それは僕も同じだ。

「まぁでも酷い料理を作らなければいい。それだけの話だ。簡単だろ?」

 安心させるようにいったのかもしれないが、完全に逆効果だ。みんな真っ青だった顔がさらに青くなっている。

 そんなことは気にも止めずイケメン君は自己紹介を始めた。

「俺の名前は米田桐生。審査官だ。気軽に桐生って呼んでよ。早速だけどここでは君たちに米を炊いてもらう。第一次セレクションとしてね」

 それを聞いた瞬間全員がピリついたのがわかる。第一次セレクション? なんだそれ。そんなの聞いてない。試験が何度もあるのか?

「あの、こういった試験が何度もあるんですか?」

 いかにもガリ勉そうな眼鏡をかけている人がこの場にいる全員が知りたかったことを聞いてくれた。

「本来ならこの試験だけだったんだ。まさか招待された人達全員が参加するとは思わなかったからね。急遽予定を変更したんだ。本当はこの試験で三人に絞るはずだったんだけどな」

 桐生さんの困った顔が僕の目に映る。だけど今はそんなことどうでもいい。

「三人……?」

 思わず声にだして呟いてしまった。米を炊くだけで九十七人も落とすつもりだったんだ。そんなの馬鹿げてる。

「あれ? 何驚いてるの? 結局は一人しか賞金を手にできないんだ。ここで何人落としたって別にいいでしょ」

 当たり前だろ、というように桐生さんは話す。
だけどそれは僕たちが絶望するのには十分な内容だった。

「それじゃあ一次セレクションを始めよう」

 そう笑いながら桐生さんは指をパチンと鳴らす。すると何もなかった床からキッチンが出てきた。
 それは普段僕たちが目にすることがあるはずもない、ところどころに金の装飾がしているものだった。

「君たちにはここで米を炊いてもらう。米は日本人の心っていうでしょ? 制限時間は二時間よーいドン!」

 あまりにも急に始まったもので頭が追いつかない。ただわかることは一つだけ。ここで脱落したら後がない。

 気がつくと僕は走り出していた。準備されたお米に手をのばしてキッチンへと一目散に向かう。そこには竈と炊飯器が設置されている。好きな方を選べってことだろうか。

 こんなの炊飯器を選んだ時点で脱落は確定だ。竈で炊くしかない。幸いにも昔叔父に竈の使い方は教わったことがある。
 もう十年以上も前の話だがなぜかそのことは鮮明に覚えていた。

 ふと周りを見渡すと他の参加者も続々と米を炊き始めていた。もちろん全員が竈の使い方を知っているわけじゃない。炊飯器で仕方なく炊いている人が約六割ほどいた。

 たとえ使い方を知っていたとしても上手く炊けるとは限らない。焦げたりなんかしたら取り返しのつかないことになる。

 制限時間は二時間。その間に完璧に米を炊かないと。そう思いながら目の前にある米を見つめながら深呼吸をする。

 焦りは禁物。落ち着いて教えてもらったことを一つ一つ丁寧にやっていく。
 米を研いで火をおこす。研ぐときはあまり力を入れず、火の温度は肌で感じて調節する。

 汗が頬をつたう。そんなことも気にせずにただひたすらに目の前の米と向き合った。

『お前が向き合えば米もきっとそれに答えてくれる。我慢強く待つんだ。そうすれば必ず美味い米になる』

 昔、叔父がそういって頭を撫でてくれたのを良く覚えている。当時は米と向き合うということの意味がわからなかった。
 米は喋らないんだから答えるわけがない。そう思ってた。

 だけど、今なら叔父が僕に何を伝えたかったのかがわかる。死ぬかもしれないという状況のなかで楽しんでいる自分がいた。

 米に夢中になっていると、いつの間にか二時間がたっていたようで桐生さんが終わりを告げた。

「はーい。そこまで!」

 その言葉を合図に膝から崩れ落ちた人が何人もいた。その人たちの目にはもう何も映っていない。自分たちが脱落すると絶望している。

 そんな状況の中、絶望している人たちになど気にも止めずに能天気な声が部屋に響いた。

「えーと、二時間で米を炊けたのはたったの十二人か。まぁこんなもんだね」

 予想していたのかのかあまり驚いている様子はない。桐生さんは品定めするように僕たちを見る。

「……またか」

 ボソッと何かを呟いてから二回手を叩く。すると僕たちが入ってきた扉とは別の扉から黒いスーツをきたガタイのいい男が何人も入って来た。

「連れて行け」

 桐生さんが冷たい声で男たちに命令すると、米を炊くことのできなかった人たちが次々に担がれる。

「待て! 待ってくれ! 俺はまだ死にたくない!」

 そう泣きわめく人もいたが、そんなことはお構いなしに連れていかれてしまった。

 さっきまで百人いたはずなのに、今ではたった十二人しかいない。手足が震えて呼吸が浅くなる。こんなにも呆気なく脱落してしまうんだ。

これからさき僕は生き残れるだろうか。


____無理だ。

 第一次セレクションはたまたま竈の使い方を知っていただけ。第二次、三次セレクションと続くなら僕が生き残れる確率なんて一パーセントもない。

 そう自暴自棄になっていると桐生さんが静かに話し始めた。

「ここに茶碗と箸を用意した。自分で炊いた米を食べてみるといい」

 いわれた通りお茶碗を取りに行って米ををよそう。正直食欲なんて全然ない。きっと今食べても味なんてしないだろう。

「食べないの?」

 そういわれて渋々口に運ぶ。

「え……美味しい」

 それは今まで食べたことがないくらい美味しかった。他の人も相当美味しかったのか黙々と食べている。そんな僕たちを見て桐生さんは笑みを浮かべた。

「極限の状態で食べる米以上に美味しいものなんてないよ。頑張った自分にご褒美くらいあげないとね。おめでとう、君たちは第一次セレクション通過だ」

 急に身体の力が抜けて地面に座り込んでしまう。そうか。やったんだ。僕は生き残れたんだ。感動して涙がでてきた。

「なに第一次セレクション通過したぐらいで泣いてるの。さっさと次いくよ。俺は今日のためにいろいろ徹夜で準備して寝不足なんだ」

 頭を掻きながら次の部屋へと進んで行こうとしている桐生さんを引き止める。

「あの、脱落してしまった人たちはもう殺されてしまったんですか?」

 振り返った桐生さんの顔は新しい玩具でも見つけた子供のようだった。

「なんでそんなこと聞くの?」

 桐生さんは僕の前まで足を引き返し、首を傾げた。
 なぜ聞いてしまったのか自分でもわからない。ただ、何かが僕のなかでずっと引っかかっていた。

「――殺されることはないんじゃないかと思ったんです」

 僕は何をいっているんだ。何でそんなことを思ったんだ。自問自答を繰り返しても答えはでない。

「清水翔太くん。君のいう通りだよ。殺されるというのは俺が考えた嘘」

 やっぱりそうだ。この前も同じ質問をして。それで……

 そこまで考えたところで思考が止まった。 同じ質問をした? 僕が? そんなはずはない。
 だって桐生さんと会ったのは初めてだ。
 じゃあなんで僕の名前を知っているんだ?

 周りを見渡す。ここに来たのも初めてのはず。だけど知っている。ここの建物の内部を。第二時次セレクションの内容を。

「僕は前にもここに来たことがあるのか……?」
「気づくのが遅いよ。清水翔太くん」

 桐生さんのニッコリとした笑顔と、その言葉を最後に僕は意識を失った。

     ***


 目を覚ますと至るところに金の装飾がされている高貴な人が使うような部屋にいた。

「起きたのか。清水翔太」

 声が聞こえた方を向くとそこには綺麗な赤い瞳を際立たせる、黒いドレスを身にまとった中学生くらいの女の子が椅子に座っていた。

「そこの椅子に座るがいい」

 お菓子が置かれたテーブルを挟んだところにもう一つ椅子がある。いわれた通りに座って彼女と向かい合う。

「我はエレナ。覚えておるか?」

 名前を聞いた瞬間、頭に鈍い痛みが走った。
僕は彼女を知っている。会ったこともある。
それも一回じゃない。何度も。

「覚えてる。覚えてるよ」

 そういうとエレナは微笑んでくれた。

「お前は我のお気に入りだ。だから、今日のようなものを開催する度にお前を招待するようにしておる」

 それならここに不思議な既読感があったのも頷ける。だけど、どうして僕はそのことを覚えていないんだろう。

「お前が覚えていないのは記憶を消しておるからじゃ。最後まで生き残った者以外の記憶を消すようにしておる。ここのことを警察などに話されては困るからな」

 それを聞いて全てのピースが繋がった。脱落者が殺されないと知っていたのは僕が何度も脱落しているからだ。

「全部思いだしたよ。エレナは桐生さんたちの主だってことも」

 僕がそういっても彼女はお菓子を口に運びながら驚きもせず返事をする。

「それを聞いたのはこれで四回目じゃ。そろそろ聞き飽きたぞ。早く生き残ってほしいものじゃな」

 そうか。僕は四回も脱落したのか。なんだか恥ずかしくなるな。

「私はこうやってお前と話をするのが好きだ。お前は亡くなった兄様と似てるからな」

 エレナは目を伏せながらお兄さんの話をし始めた。

「兄様はお前と同じで料理が大好きだったんじゃ。世界一の料理人になると夢見てた。料理をしているときが一番楽しそうで我もそんな兄様が大好きだった」

 それからお兄さんの色んな話を聞いた。笑い方や話し方、その全部が僕と重なったらしい。

「初めてお前を見たとき、兄様が生き返ったのかと思ったんじゃ。だけど、そんな奇跡は起きない。それは我が一番わかっておる。それでもお前に縋らずにはいられなかった。この話も何度もお前にした。だか、これで最後にする。今まで悪かったな」

 エレナは深々と頭を下げる。僕には彼女を責めることは出来ない。きっと彼女も僕と一緒なんだ。誰かに縋っていたかっただけなんだ。

「僕の夢は叔父の定食屋を建て直すことなんだ。そのためにはやっぱりお金が必要だから今日参加したんだ。何度も脱落したのに招待してくれてありがとう」

 エレナは目を見開いたあと、口角を上げながら涙を流した。

「ふふ、その話を聞いたのは初めてじゃ。ありがとう」

 それから一時間ほど他愛もない話をずっとしていた。エレナがどうしてここにいるのか。それは聞かない方がいいと思った。

 ただ、彼女がときどき見せる笑顔は普通の中学生のようで、きっとここが彼女が幸せになるために必要な場所なんだと思えた。

「清水翔太。本当はお前の記憶を消したくはない。だけどこれは掟なんじゃ。許して欲しい」

「うん。大丈夫」

 エレナは立ち上がり、僕の前まで足を進めた。そして「ありがとう」と言うと僕に抱きついた。急な眠気に襲われる。
 完全に意識がなくなる前に彼女の顔を見たとき、とてもいい笑顔をしていたような気がする。

     ***


 朝、目が覚めると家のベットの上だった。
おかしい。昨日の夜、どこかに行ったような気がするのに。それに頭を金槌で殴られたように痛い。ふと枕元に置いている時計を見るを九時をまわっていた。

「嘘だろ」

 もうすぐ学校が始まるというのに今まで寝ていた自分が信じられない。急いで準備をして駅に向かっていると、小柄な誰かにぶつかってしまった。

「あ、すみません」

 僕がぶつかったのはセーラー服に身を包んだ女の子だったようだ。

「いいんじゃ。気にするでない」

 もう一度軽く頭を下げてから駅への道を急ぐ。
 会ったこともない独特な口調で話す中学生の声に、どこか懐かしさを感じたのは気のせいだろうか。