変じゃないかな。
 先日買ったばかりのブルーのアロハシャツとジーンズを見下ろして、少しそわそわする。
 店員さんも似合うと言ってくれたし、柊人も頷いてくれたからたぶん大丈夫なんだろうけど。
 もともと、自分のファッションセンスにはあまり自信がない。
 高校までは母親が買ってきてくれたスポーツブランドのTシャツかパーカーにデニムやハーフパンツというのが定番だったし、大学でも最初は自分で選んでいたけど、柊人にすすめられた洋服を着たら周りの人からの評判が良かったのですっかり柊人に選んでもらうのが当たり前になってしまった。
 自分の服から目を離し、駅前を歩く人たちの洋服を眺める。
 果たしてどれがおしゃれでどれがおしゃれじゃないのかは分からないけど、やっぱりぱっと目を引くのは色や柄が派手なものだし、そういう個性的なものがおしゃれな気がする。
 だから自分で買うときには、そうやって目についた服を選んでいたけど、この前店員さんに勧められて初めていくつか試着をしてみたら、自分に似合うものと似合わないものがある、ということがよく分かった。ゼブラ柄とかほんとびっくりするくらい似合わなかったし。
 試着なんて意味ないって思ってたけどやっぱり意味があるってことだ。
――でも柊人は俺がその場にいなくても俺に似合う服を買えるんだよな。
 なんでだろ、とちょっと首を傾げたところで「矢島さん!」と明るい声が聞こえた。
「あ、こんにちは」
「すみません、お待たせしました」
 白いふわっとしたシャツに、膝丈のスカートを履いて笑顔で駆け寄ってくるのは真田さんだ。
 いつもコンビニの制服姿しか見ていないから、なんか新鮮だなと眺める。

『女性の思考と言うものを知りたいので一度食事に付き合ってもらえませんか』
 今月のはじめ、柊人と買い物に出かけた帰り道にコンビニを覗いたら真田さんがいたので、俺はそうお願いしてみた。
 そんな俺の言葉に、真田さんは『私の思考でいいんですか?』とおかしそうに笑いながら受け入れてくれて、火曜日なら病院の仕事が休みだと言うので、お互いの都合を合わせた結果、7月も終わりかけの今日、ランチをすることになったのだ。
「今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
 頭を下げて挨拶を交わし合い、予定通り駅前にあるファミレスへと一緒に足を向ける。
「矢島さんはお仕事大丈夫なんですか?」
「あぁ、はい。書かなければいけないものはいくつかあるんですけど、締め切り間近というのはないので」
「そうなんですね。私、意思が弱いしやらなければいけないことを、ぎりぎりまでやらない人間なので、おうちで自分でスケジュールを組んで仕事ができるって尊敬します」
「そうですか?俺からしたら、ちゃんと毎日決まった時間に身だしなみを整えて仕事へ行く人たちのほうがすごいと思いますけどね。俺には無理そうで」
「そうですかね?」
「でも、そう思えば真田さんも俺も得意な形で仕事ができてるってことですから、良かったですね」
 俺がそう言うと、真田さんは「確かに!」と笑った。

 ファミレスでそれぞれ注文を済ませ、ドリンクバーから取ってきた飲み物をお互い数口飲んだところで「それで、どんな話を聞きたいんでしょうか?」と真田さんから聞かれる。
「あー、えーと、そうですね。雑談をさせてもらえればと思うんですけど、よく考えたらテーマもないのに話すって難しいですよね」
「じゃあ、こっちから聞いてもいいですか? なんで女性の思考を知りたいって思ったんですか? なんか面白いなって思って」
「あ、それなら最初に俺の仕事のことから話さないといけないですかね。真田さんも知ってるとおり、俺、文章を書く仕事をしているんですけど、雑誌の中でいろんな本の書評をするコーナーも担当していて」
「書評?」
「簡単に言えば、いろんな本の内容についての解説とかおすすめ度とかそういうのを書いてるんですよね」
「あっ、そういうの読んだことあります。やっぱりそう言うコーナーで紹介されてる本って気になりますよね」
 真田さんの言葉に俺は笑顔を返す。
「そういう意見を聞くと嬉しいです。で、あぁいうコーナーって、いろんな本を紹介するんですけど、俺、女性が主人公の小説で、特に恋愛ものの書評がいまいち浅いって編集部の人から言われてしまって。で、今まで女性とお付き合いしたことないですし、女性の個人的な知り合いって言うのもいないからっていうのもあるんじゃないかって思ったんですよね。だから、なんというか女性と一度いろいろ話してみたくて。あ、もちろん女性って一口で言っても、いろんな方がいるとは分かっていますし、真田さんが女性代表とは思ってるわけではないんですけど、でも、なんというか現実の女性と一度接してみたいと思いまして」
 言いながら、自分でも意味が分からないなと思えてくる。
「えっと、だからそうですね。思考を知りたいっていうか、女性と話すという自分があまりしたことのない経験をさせてもらいたいっていうほうが正しいかもしれないです」
「なるほど……」
「あ、あ、でも、違うんです。別に真田さんとお付き合いしたいとかそういう下心みたいなのは全然なくて、その、純粋にお話しさせてもらえればって」
 慌ててそう言うと、真田さんはふふっと笑った。
「分かってます分かってます。だって矢島さん、あの男の人と付き合いだしたんでしょう?」
 びっくりして思わず言葉に詰まる。
 あの男の人と付き合いだした、って言った?
「え、付き合ってるって」
「え?あの男の人、違うんですか?この前誘ってくれたときに一緒にコンビニに来てた人」
「いや、あいつは隣の家に住んでる友人で……」
 俺がそう言うと、真田さんはあまり納得がいかなさそうな顔になる。
 こちらも何と言えばいいか分からず沈黙が流れたところで、真田さんが注文していたクラブハウスサンドイッチと、俺が注文していたカルボナーラが同時に届く。
 とりあえず、カルボナーラを口に入れたところで、サンドイッチを手にした真田さんが「なんか、ごめんなさい」と言った。
「勝手に思い込んじゃって。失礼なこと言いました」
「あ、いえ」
 俺は慌てて口の中のカルボナーラを飲み込み、手元にあったコーラを飲んで口を開く。
「あの、なんで俺と柊人……あの隣の部屋の友達なんですけど、あいつが付き合ってると思ったのか聞いてもいいですか」
「えぇっと、すみません、実は最初、矢島さんがあのお友達に片想いしてるのかなって思ってたんです。いつも六時過ぎのバスが着くちょっと前にコンビニに来て、バスからお友達が降りてきたら急いで出ていくし、降りてこなかったらちょっとがっかりしてるみたいに見えたから」
「あぁ……」
 そうか、レジの位置からだとちょうどバス停のあたりが見えるんだもんな。
「でも、最近矢島さん、ずっとコンビニに来てなかったじゃないですか。だから、どうなったんだろうって気になってたところに、この前あの人と一緒にコンビニに来たから、あ、うまくいったんだなって嬉しくなっちゃって」
「そう、だったんですね」
 俺が分かりやすい行動をとっていたのもあるだろうけど、女性ならではの観察眼もそこにはあるような気がする。
「前に電話したときも、ご飯のことが気になっていたのも本当なんですけど、それよりも、もしかして、あの男の人に振られて、何も食べられないくらい落ち込んでたらどうしようって心配だったんですよね。お友達は変わらずにバスから降りてくるのに、矢島さんだけ来なくなったから。そんな感じで……とにかく、早合点してました。ごめんなさい」
「あー、えーと、えー……」
 思いもかけないほど気にかけてくれていたうえに、そんな心配までしてくれていた真田さんに、むしろこちらが申し訳ないような気持ちになる。
 でも、さすがに柊人との仲を正直には話せないしな、と思ったところで、俺は手に持ったままだったコーラのグラスをじっと見る。
 俺、なんで柊人と付き合ってることを口に出せないんだっけ?
 同性愛者だという偏見の目を、向けられたくないから。それ以外に思いつかない。
 というよりも、ここについてもあまり深くは考えたことはなかった。高校で付き合い始めたときから、同性愛は隠さなくてはいけないものだと当たり前のように思っていたし、そのまま今日まで誰にも話さずに来ただけで。
 でも、真田さんは俺が柊人を好きなことに気づいていて、しかも付き合ったと思って喜んでくれていたみたいだ。
 だとしたら、真田さんが今さら俺たちの関係性を知ったところで、何も変わらないし偏見なんて心配する必要もないんじゃないだろうか。
「あの、真田さん」
「はい」
「すみません、俺、嘘つきました。あ、嘘とも言い切れないんですけど、今、俺たち付き合ってるかどうか微妙な感じでもあるので、でも、あの、あー……、まず、男同士で付き合うってことになんとも思いませんか」
 俺の言葉を聞いた真田さんが首を傾げる。
「矢島さんの好きな人が男の人だっていうことには、確かに最初はちょっと驚きましたけど、なんか、あの人を待ってる矢島さんが健気でずっとひそかに応援していたので、そうですね。もし、うまくいってたなら嬉しいと思います」
「そういうもんなんですね……」
 俺はコップを置いて、フォークを持つと、再びカルボナーラを食べ始める。
 真田さんも、静かにサンドイッチを口に運んで、二人の間に沈黙が落ちる。
「……矢島さんと、あのお友達はいつからの知り合いなんですか?」
 半分食べ終えたところで、真田さんがそっと訊ねてくる。
「高校からです」
「え!!」
 真田さんが目を見開く。
「なんか、真田さんが俺らが付き合ってると思っていたなら、別に隠す必要もないのかなって思えてきたので、柊人とのことについて話してみてもいいですか。真田さんの話を聞きにきたのに、俺が話すのもおかしいですけど」
「いいえ、どうぞどうぞ。聞きたいです。私、この春にお二人が知り合ったんだと勝手に思い込んでいたので、そんなに長い付き合いだったなんてちょっとびっくり」
「あぁ、コンビニに通い始めたのがそのくらいですもんね。えーと、もともとは高校生のときに向こうに告白されて付き合いだして」
 俺はそこから、高校を卒業した後も別の大学に通いながらルームシェアをしていたこと、その後、二人のことを誰も知らない場所で生きていこうとこの土地に来て隣同士で住んでいること、でも、三か月ほど前に柊人がアパートから出ていこうとしていることを知って、今、もう一度振り向いてもらえるように努力している最中であることを話した。
「俺、仕事にかまけて柊人のことをほったらかしだったんで、まず会う機会を増やそうと思って、ここで待ち伏せするようになったんですよね。で、最近なんでコンビニに来なくなったかって言うと、向こうが飼ってる猫が網戸を破って脱走しちゃったので、その猫を昼間預かる代わりに、夕飯を作ってもらえることになったからで」
「じゃあ、食生活は大丈夫なんですね」
「はい。炭水化物以外もしっかり食べてます」
「良かった」
 そう言って笑った真田さんに「ありがとうございます」という。
「いろいろ気を遣ってもらって。それに俺、今まで柊人とのことを誰にも話したことがなかったので、なんかすごいすっきりしてるかも」
「男同士だから人に話せないって感じなんですか?」
「そうですね。真田さんは大丈夫でしたけど……やっぱり、変な目で見られるかなって」
「別に悪いことしてないのに、なんかそれこそ変な話ですよね」
 真田さんが何気なく言った言葉に、それもそうだよな、と思う。
 俺と柊人は何も悪いことはしていないのだ。
「その、彼氏というかお友達というか、その人もやっぱり誰にも話してないんですか?」
「話してないと思います。あーでも、向こうが話したくないっていうか、俺がバレたくないって言ったからかもしれないですけど」
「でも、このまま一生黙ってるのもしんどそうですよね」
 その言葉に「うーん」と言っていると、真田さんが最後のサンドイッチを目の前で食べ終わって再び口を開く。
「意外と、受け入れてくれる人の方が多いんじゃないかなぁ。それに、矢島さんって可愛い系のイケメンで、相手の人も普通にモテそうな感じなのに、二人とも高校からずっと彼女がいないって言うほうが、よっぽど不自然っていうか、性格になんか問題があるのかもって警戒しちゃうかも。二人が高校から付き合ってるって聞いたほうが納得できます」
「あー、確かにこの前、一度も彼女がいたことないって話をしたら、すごくびっくりされましたもんね」
「知り合いの人にですか?」
「まあ知り合いっていうか、仕事関係の人たちですけど。一人は大学時代の先輩でもあって」
「その人たちにも正直に言っちゃえばいいのに」
「でもその前に、まずあいつとの仲が今微妙なんで……」
「あ、そっか」
 だんだんとくだけた口調になってきた真田さんが、コーヒーを飲む。