次の瞬間、どういうわけかキンッと硬い音が耳に届く。痛みも刃が肉を割く感覚もない。
おそるおそる目を開けると、絲の前には軍服を着た男性が、腰を屈めつつ鞘からわずかに出した状態の刀の部分で、沢木の刀を受け止めている。背中しか見えないが、沢木とは違い余裕を感じられた。
男性が軽く太刀振る舞うと、沢木は大げさに後ずさりをする。唇を震わせ、顔面蒼白だ。
「まったく。抜刀許可は出していなかったはずですよ」
やれやれといった調子で男性が呟き、刀を鞘に戻した後、彼は絲の方に振り向いた。
「すみません。お怪我はありませんか?」
二十代と思われる青年は、軍人とは思えないほどの柔らかい表情で声をかけてきた。色素の薄い茶色がかった髪に片眼鏡をかけ、一見優男な風貌だがなんともいえない圧がある。
「月朔組?」
絲に笑顔で問いかける男性に、沢木が投げかける。
「ええ、そうです。たまたま移動中だったもので。ちなみに、ぼくだけではありませんよ」
そう言って彼はちらりと門を見る。すると複数の足音と共に軍服を着た若い男性ふたりが、さらに現れた。
「どういう状況なんだ、これは」
低く、冷たい声。無造作で艶のある黒髪の間から覗く目は、凍てつくような鋭さがある。おかげで、野次馬として成り行きを見守り、ざわついていた武藤家の者たちも一瞬で黙った。彼は、何者なのか。
軍の階級や仕組みに詳しくない絲でもわかる。彼は普段、町で見かける軍人とは、全然違っていた。同じ黒の軍服でも彼のものは襟章も肩章も異なり、高い階級にいることを示している。
なにより、まとう空気が違う。他者を圧倒させ、果てには制圧させてしまいそうだ。
「きょ、極夜大佐」
沢木が震える声で呟いた。先ほど絲に向かっていた威勢は、もうとっくにない。
「極夜ってあの……」
彼の名前に、反応したのは瑤子か、彼女の母か。
この国で、大和国日神軍を創設した極夜家を知らない者はいない。
この国で実際のところ大いなる権力を持っているのは軍だ。つまり極夜家は軍だけではなく、この国を動かす大きな力を持つ。
「はい。彼女が異常対象だと相談があり、あの見た目と、小鳥を殺めたところを目撃し、対処するべきだと判断しました」
「それはまた、随分と浅薄ですねぇ」
口を挟んだのは沢木の刀を受けた男だ。彼は、この状況を楽しんでいるように見える。そんな彼を極夜と共に現れた男が軽く睨んだ。
「泉下。お前も抜刀しただろう」
左目を前髪で覆い、眉間に深い皺を刻んでいる男は陰鬱な表情だ。
「犬伏殿は相変わらず固いですねー。あれば抜刀のうちに入りませんって」
そのとき、不意に極夜の方を見ると、彼もこちらを見ていて目が合う。刹那、極夜の目が見開かれ、絲の胸の中には、熱いものなだれ込んでくる。
なに、これ?
記憶か、感情か。判断できない。怖くなり絲はとっさにうつむいた。
訳がわからない。ただでさえ、目の色や体のことで、自分を恐ろしく感じるというのに。
自分はこれからどうなるのか。うつむいたままでいると、誰かがそばにやってくる気配がある。怖くて顔が上げられずにいると、相手が腰を落としたのが気配でわかった。
不思議に思い顔を上げると、なぜか極夜が膝を折ってこちらをじっと見ている。
怖いくらい端正で、まるで作りもののようだと思った。冷酷そうで、笑う顔など想像できない。蛇に睨まれた蛙とは、このことだ。
しかし、彼が一瞬切なそうに顔を歪めた。
え?
「こんなところにいたのか」
聞こえるか聞こえないほどの声で言われ、絲は混乱した。一体、なんのことなのか。
おそるおそる目を開けると、絲の前には軍服を着た男性が、腰を屈めつつ鞘からわずかに出した状態の刀の部分で、沢木の刀を受け止めている。背中しか見えないが、沢木とは違い余裕を感じられた。
男性が軽く太刀振る舞うと、沢木は大げさに後ずさりをする。唇を震わせ、顔面蒼白だ。
「まったく。抜刀許可は出していなかったはずですよ」
やれやれといった調子で男性が呟き、刀を鞘に戻した後、彼は絲の方に振り向いた。
「すみません。お怪我はありませんか?」
二十代と思われる青年は、軍人とは思えないほどの柔らかい表情で声をかけてきた。色素の薄い茶色がかった髪に片眼鏡をかけ、一見優男な風貌だがなんともいえない圧がある。
「月朔組?」
絲に笑顔で問いかける男性に、沢木が投げかける。
「ええ、そうです。たまたま移動中だったもので。ちなみに、ぼくだけではありませんよ」
そう言って彼はちらりと門を見る。すると複数の足音と共に軍服を着た若い男性ふたりが、さらに現れた。
「どういう状況なんだ、これは」
低く、冷たい声。無造作で艶のある黒髪の間から覗く目は、凍てつくような鋭さがある。おかげで、野次馬として成り行きを見守り、ざわついていた武藤家の者たちも一瞬で黙った。彼は、何者なのか。
軍の階級や仕組みに詳しくない絲でもわかる。彼は普段、町で見かける軍人とは、全然違っていた。同じ黒の軍服でも彼のものは襟章も肩章も異なり、高い階級にいることを示している。
なにより、まとう空気が違う。他者を圧倒させ、果てには制圧させてしまいそうだ。
「きょ、極夜大佐」
沢木が震える声で呟いた。先ほど絲に向かっていた威勢は、もうとっくにない。
「極夜ってあの……」
彼の名前に、反応したのは瑤子か、彼女の母か。
この国で、大和国日神軍を創設した極夜家を知らない者はいない。
この国で実際のところ大いなる権力を持っているのは軍だ。つまり極夜家は軍だけではなく、この国を動かす大きな力を持つ。
「はい。彼女が異常対象だと相談があり、あの見た目と、小鳥を殺めたところを目撃し、対処するべきだと判断しました」
「それはまた、随分と浅薄ですねぇ」
口を挟んだのは沢木の刀を受けた男だ。彼は、この状況を楽しんでいるように見える。そんな彼を極夜と共に現れた男が軽く睨んだ。
「泉下。お前も抜刀しただろう」
左目を前髪で覆い、眉間に深い皺を刻んでいる男は陰鬱な表情だ。
「犬伏殿は相変わらず固いですねー。あれば抜刀のうちに入りませんって」
そのとき、不意に極夜の方を見ると、彼もこちらを見ていて目が合う。刹那、極夜の目が見開かれ、絲の胸の中には、熱いものなだれ込んでくる。
なに、これ?
記憶か、感情か。判断できない。怖くなり絲はとっさにうつむいた。
訳がわからない。ただでさえ、目の色や体のことで、自分を恐ろしく感じるというのに。
自分はこれからどうなるのか。うつむいたままでいると、誰かがそばにやってくる気配がある。怖くて顔が上げられずにいると、相手が腰を落としたのが気配でわかった。
不思議に思い顔を上げると、なぜか極夜が膝を折ってこちらをじっと見ている。
怖いくらい端正で、まるで作りもののようだと思った。冷酷そうで、笑う顔など想像できない。蛇に睨まれた蛙とは、このことだ。
しかし、彼が一瞬切なそうに顔を歪めた。
え?
「こんなところにいたのか」
聞こえるか聞こえないほどの声で言われ、絲は混乱した。一体、なんのことなのか。



