「ふっ……ふふふ」
急に川崎が笑いはじめる。しかし周りを囲む者たちの表情は険しくなる一方だ。
「そう。私が呼び出したの。高野さんの友人で、この部屋に入院していた彼女の遺品を渡したいからって言ってね。親しかったみたいだから」
「ひどい……」
悪びれもない川崎に絲は顔を歪める。
「ひどくないわ。私は無理に突き落としたりしない。彼女たちの中にあるほんの希死念慮を引き出させてあげただけ」
まるでいいことをしたと言わんばかりの川崎に犬伏が一歩近づく。
「識別番号、参弐弐玖。若い娘の魂ばかりを収集する異常存在。条約違反につき軍で捕獲する」
「嫌よ」
するりと受け流し川崎は軽やかに窓枠に手をかける。人間離れした動きでするりと外に身を乗り出した。こちらを見て大きく上がった口角が目に焼きつく。
次の瞬間、長く伸びた川崎の手が絲の体に巻きつく。強い力で引かれたかと思ったら、外のひんやりした空気が肌を刺した。
「絲!」
名前を呼ばれたと認識できた瞬間、目に映る光景が一転する。体が宙に浮き、暗闇の中に半分の明るい月を見つける。今日は堰月だ。
落とされるのを覚悟したが、なぜか絲は屋上に――柵の手前に下ろされた。
川崎は柵の向こう側でふわふわと浮いている。
「せっかく集めたのに、ひとり魂を逃がしちゃってね。あなたは代わりっていうわけではないけれど……」
なにを言っているのか意味が理解できない。そんな絲に川崎は微笑んだ。その笑顔は悪意も善意もすべて含んでいるような無邪気さがあった。
「ほら、月が綺麗でしょ? 半分だけれど……彼女はきっと月を取ろうとしたのよ」
彼女、というのは誰なのか。川崎は月に視線を送る。
「最初はね、偶然だったの。ここで飛び降りた彼女の魂があまりにも綺麗だったから……もっと欲しくなった」
そこで川崎が真っすぐに絲を見つめた。強い衝撃を受け、ぐらりと目眩を起こし、足元が崩れ落ちそうになる。……刹那、力強い腕に支えられる。
「もう遅いわ。彼女にははっきりと術をかけたから」
川崎の声がどこか遠くで聞こえる。自分になにが起こったのか。
「絲」
確認するように名前を呼ばれ、確信する。先ほど自分の名前を呼んだのはやはり彼だ。何度か瞬きを繰り返し、絲はゆっくりと鵺雲の方に顔を向ける。
「極、夜……さん?」
彼と目が合った瞬間、止めていた呼吸がやっとできるようになった感覚になる。体中に血液が巡り出し、自分の心臓の音が確認できた。
鵺雲が安堵めいた表情を見せ、その顔にどこか既視感を覚えた。彼とは今日、初めて会ったはずなのに……。
「なんで――」
驚愕めいた川崎の声が響く。鵺雲はゆっくりと立ち上がり、代わりに泉下が絲のそばによった。
急に川崎が笑いはじめる。しかし周りを囲む者たちの表情は険しくなる一方だ。
「そう。私が呼び出したの。高野さんの友人で、この部屋に入院していた彼女の遺品を渡したいからって言ってね。親しかったみたいだから」
「ひどい……」
悪びれもない川崎に絲は顔を歪める。
「ひどくないわ。私は無理に突き落としたりしない。彼女たちの中にあるほんの希死念慮を引き出させてあげただけ」
まるでいいことをしたと言わんばかりの川崎に犬伏が一歩近づく。
「識別番号、参弐弐玖。若い娘の魂ばかりを収集する異常存在。条約違反につき軍で捕獲する」
「嫌よ」
するりと受け流し川崎は軽やかに窓枠に手をかける。人間離れした動きでするりと外に身を乗り出した。こちらを見て大きく上がった口角が目に焼きつく。
次の瞬間、長く伸びた川崎の手が絲の体に巻きつく。強い力で引かれたかと思ったら、外のひんやりした空気が肌を刺した。
「絲!」
名前を呼ばれたと認識できた瞬間、目に映る光景が一転する。体が宙に浮き、暗闇の中に半分の明るい月を見つける。今日は堰月だ。
落とされるのを覚悟したが、なぜか絲は屋上に――柵の手前に下ろされた。
川崎は柵の向こう側でふわふわと浮いている。
「せっかく集めたのに、ひとり魂を逃がしちゃってね。あなたは代わりっていうわけではないけれど……」
なにを言っているのか意味が理解できない。そんな絲に川崎は微笑んだ。その笑顔は悪意も善意もすべて含んでいるような無邪気さがあった。
「ほら、月が綺麗でしょ? 半分だけれど……彼女はきっと月を取ろうとしたのよ」
彼女、というのは誰なのか。川崎は月に視線を送る。
「最初はね、偶然だったの。ここで飛び降りた彼女の魂があまりにも綺麗だったから……もっと欲しくなった」
そこで川崎が真っすぐに絲を見つめた。強い衝撃を受け、ぐらりと目眩を起こし、足元が崩れ落ちそうになる。……刹那、力強い腕に支えられる。
「もう遅いわ。彼女にははっきりと術をかけたから」
川崎の声がどこか遠くで聞こえる。自分になにが起こったのか。
「絲」
確認するように名前を呼ばれ、確信する。先ほど自分の名前を呼んだのはやはり彼だ。何度か瞬きを繰り返し、絲はゆっくりと鵺雲の方に顔を向ける。
「極、夜……さん?」
彼と目が合った瞬間、止めていた呼吸がやっとできるようになった感覚になる。体中に血液が巡り出し、自分の心臓の音が確認できた。
鵺雲が安堵めいた表情を見せ、その顔にどこか既視感を覚えた。彼とは今日、初めて会ったはずなのに……。
「なんで――」
驚愕めいた川崎の声が響く。鵺雲はゆっくりと立ち上がり、代わりに泉下が絲のそばによった。



