「さっきの市役所職員の伊藤さんだ」
父は、死体をまじまじと見る。
「何で? 何で殺すんや?」
神殿の奥から声だけが聞こえだした。
「裏切り者は、殺すのみ」
あの朝会った、老女の声だ。
「伊藤さんは、藤原氏側の人や。お前に関係ないやろ?」
「コイツはわれわれヤタガラスに金で情報をくれるスパイだったのに、よりによって秦氏の貴様らにこの場所を教えた。だから死んで償ってもらったわ」
そして、老婆と一緒にいる若い男が目の前に現れ、またビデオカメラで撮影している。また、ボクたちが人殺しの犯人にでも仕立て上げて、拡散するつもりか。
次々と落ちてくる青い稲妻が刃物となってボクの足をかすめ、血が出る。殺されてしまうのか?
「この矢、やっぱり役に立たないかな?」
こんな状況でも悠長なことを言う真央さんは、ある意味すごい。
「もう無理や。この矢に何の力もないで」
「そう」
悲しそうな表情を浮かべ、矢を捨てようとする。
「な、それは!」
急に老女の声が動揺し出した。若い男も、矢を持つ真央さんに怯えている。
「捨てないで、真央さん」
「いやーん、私はどんな時でも、俊介くんを捨てないよ」
「違う。矢を捨てないで」
どういうことだ。本気でこの矢に力があるのか?
「おい、女! その矢、どうした?」
目の前に煙が立ち、その煙と共に老女が目の前に現れた。
「拾ったの、さっき川で」
「まさか、それは丹塗りの矢! どういうことだ? 女はわれわれ賀茂の血流か?」
老女の言葉に父が何かを感じ取ったようだ。
「世古くん。君のお母さんの旧姓は何や!」
「ママ? ママの旧姓は弓矢です。ママの実家はこの近くにあるし、そもそも弓矢っていう名字もこの辺には何軒がありますよ」
「なるほど、君は神の子を授かれる賀茂氏の分家の弓矢氏末裔か」
「え、私がこのババアと同じ賀茂系? 嫌だ」
真央さん、感情的になるのは分かるが、口が悪い。
老女は、稲妻を止めた。狼狽している。
「女め、賀茂の末裔なのに、よりによって秦氏の男と。おのれ、この女が丹塗りの矢でこの男の子どもを産んだら、その子が賀茂の正統伝承者となってしまう」
「おい、ババア。妊娠は早いよ。私はもう少し俊介くんと恋人の時間を満喫するの」
いや、ババアというのはやめてほしい。
「丹塗りの矢があれば、想像だけで妊娠するのだ。危険だ!」
老女は卑猥なことを言うから、ボクはただただ恥ずかしい。
「想像妊娠? ちょっとエッチぃ~」
とぼけた真央さんを、老女は背後から羽交い締めにする。
「やめろ!」
真央さんだけは守りたい。
しかし、ボクの願いむなしく「キャ」と声だけ残して、真央さんと老女、若い男は視界から消えた。
「この神社を少しでも壊そうものなら、女の命はないと思え」
老女の声だけが響き渡り、ボクと父が薄暗くなる神社に取り残された。
改めて、目の前にある死体に体が震える。
「行くで!」
「え? 伊藤さんの遺体は?」
「申し訳ないが、放置する」
この集落を包む静寂を切り裂いて、パトカーのサイレンが響いた。
「そういうことや。世古くんの車に乗るで」
幸、鍵は車の中に置いてあったから運転できる。父が運転席に座って、猛スピードで神社を離れた。
「真央さん、大丈夫かな?」
「大丈夫だ。丹塗りの矢を持つ世古くんは、ヤツらに殺せへん。ただ俊介に近づけたくないだけや」
「さっきから何なんや、丹塗りの矢って?」
「今、この街には員弁川(いなべがわ)っちゅう大きい川があるけど、これも員弁という地名と同じで藤原氏の手下の猪名部(いなべ)族が後から名付けたんや」
「じゃあ、その前は違う名前やったんか?」
「そうや。その川も支流も全部含めた丹生川(にゅうがわ)やった。全国各地に丹生川っていう地名とか川の名前もあるけど、そのルーツも、本当はここや」
「それと矢とどういう関係があるんや?」
「その昔、ヤタガラスの化身として知られる賀茂建角身命の娘の玉依姫は、この地で丹生川から流れてきた丹塗りの矢を拾って帰ったんや。すると、神の子を妊娠した。それが陰陽師の賀茂の祖となる賀茂別雷神や。丹塗りの丹は水銀って言われてる」
「そんなのただの伝説やん」
「そやけど、この矢を守る弓矢一族の末裔、世古くんは拾った」
「偶然や。それに真央さんの母方の話やろ? こういう古臭い伝説は、大抵、男系男子で継いでいくもんやろ」
「それが不思議なことに、陰陽師や忌部は何でも女系を大切にするんや。そういうところから見ても、忌部や秦、賀茂はユダヤの系統なのかもしれん。実際にお前も秦氏の女系やないか」
何も言えなかった。今までボクが見たり聞いたりして得てきた知識は、ほんの一部にしかすぎない。ボクと真央さんは陰陽師の末裔同士惹かれ合い、結ばれる運命だったのかもしれない、と思えた。
今はただ、真央さんが心配だ。
辺りはすっかり薄暗くなった。父は急に思い付いたかのようにハンドルを切って方向転換する。
「どこに行くんや?」
「あそこの下や」
父は空を指差した。気味の悪い十字架のようなものが空に浮かび上がっている。
「何や、あれ?」
「レイラインクロスや。いなべ市にもあったんやな」
「ますます意味分からん」
「近畿の五芒星って分かるか?」
「五芒星っていうと、またさっき言うてたみたいな星型か?」
「そや。淡路島の伊弉諾神宮、和歌山県田辺市の熊野本宮大社、三重県の伊勢神宮内宮、京都府福知山市のにある元伊勢内宮の皇大神社、伊吹山の五ヶ所を地図上で線を引くと綺麗な五芒星になるんや。その線をレイラインって言う」
「そんなん偶然やろ?」
「偶然にしては図形が精緻すぎて説明がつかん。その五芒星の中心地に平城京がある。つまり、陰陽師の教えに従って、都を守るために結界をつくったんや。そのレイラインとレイラインがクロスする場所は、祈祷のパワーを増幅させるらしい」
「それが、あの空のライン?」
「おそらく。あそこに近畿の五芒星とは違うレイラインがあるんやと思う。俊介、ケータイのマップで、伊吹山山頂と伊勢神宮を結ぶ直線と、淡路島の伊弉諾神宮と諏訪大社を結ぶ直線をクロスしてみてくれへんか?」
ボクは言われるがまま、点と点をつないだ。すると、クロスする場所がいなべ市にある。
「そこはどこや?」
「いなべ市藤原町古田にある立田小学校の辺り」
「立田地区……、聞いたことあるな。確か、秀真(ほつま)の里。そうか、ホツマツタエ伝説の場所。ヤツらの秘伝はホツマツタエやったんか!」
「ホツマツタエって何や?」
「後で言う。それよか、あの空に浮かぶクロスの下で、ヤツらヤタガラスはパワーを増幅させて日本を壊滅させる呪文を唱えとるな。急ぐぞ」
また、警察だ。
国道で車に検問している。また、強引にやるのか、……やった。制止を無視して突っ切ると、後方からサイレンが聞こえる。パトカーだけではなく白バイまでいるからやっかいだ。
「今、市内では、カラスを虐殺し、滋賀県の女性一人を拉致と監禁している親子が車で逃走しているもようです。気をつけてください。犯人は女性の車を奪って乗っています。車は、トヨタ製の赤いパッソ。この滋賀ナンバーの車を見かけたら警察にすぐ通報してください」
これは、ボクたちのことか?
いなべFMのパーソナリティは無機質な声で情報を伝える。真央さんをボクらが拉致したことになってしまっている。凶悪犯に仕立てて、どうしてもボクらを逮捕したいみたいだ。
国道から山際の集落の細い道に入って車ごと林の中で隠れていたら、何とか警察から逃れることができた。
そして、父はホツマツタエについて、やっと落ち着いて説明をしてくれる。
かつて、日本に漢字が伝えられる前に、この国には独自の文字があったのではないか、と言われているそうだ。それがヲシテ文字といい、この文字を使って書かれた神話文学の一つにホツマツタエというものがあったそうだ。しかし、それすらも、藤原氏は排除した。最近でも、ホツマツタエの書物が滋賀県で見つかってはいるが、学者は作り噺と断じて誰もその真実を信じようとしないらしい。
「そやけど、立田地区はなぜか、昔から秀真(ほつま)の里と言う。そこには秘められたホツマツタエの伝承があると噂されてるんや」
「それと、ヤタガラスや賀茂氏の陰陽師と関係があるんか?」
「きっと、そうや。やっと分かった。賀茂氏らの裏の陰陽師の最強秘伝は、ホツマツタエによる呪文や! 立田地区のレイライン・クロスのポイントでしかできないようになっとるんや」
「その呪文でヤツらは何をするんや?」
「呪いによる災害や。最近、地震が多くて心配してた」
「まさか。科学が進んだ現代に、呪文で災害を起こすなんて、あり得るんか?」
「俊介、あり得るんや。今、世界でいろんな災害が起こってるけど、タイミングや状況など科学で説明がつかんのがいっぱいある」
「そんな」
「俊介、お前も秦氏の正統な陰陽師の後継者や。じいちゃんか、ばあちゃんから、何か、呪文を学んでないか。確か秦一族は、呪いを潰せる封印の呪文ができるはずや」
「そんな、分からへん。習ったこともないし、じいちゃんもばあちゃんも、もう死んでるし……」
「落ち着け。思い出すんや」
まるで見当がつかない。祖父母や母が陰陽師だということすら、今日まで知らなかったのに。
そういえば、生前じいちゃんからよく歌を教えてもらった。だから、ボクは今も詩や音楽が好きなのだと思う。
歌。懐かしい記憶を辿ると、中国に絡んだ歌をボクに教えてきたので違和感があったのを思い出した。
「歌や」
「は?」
「好きな人ができて、この人と結婚してもいいと思えたら、歌を吟じるのではなく、呪文のように唱えるように言われた」
「それは、ホンマに呪文なんか?」
「分からんけど、それくらいしかじいちゃんから教わってない」
「どんな歌や?」
「うーん、短歌とか狂歌のような、……思い出せへん」
「がんばって思い出すんや。よし、そろそろ警察もおらんようになったから、立田へ行くぞ」
裏道を伝い、狭い山道を走り続けた。
父は、死体をまじまじと見る。
「何で? 何で殺すんや?」
神殿の奥から声だけが聞こえだした。
「裏切り者は、殺すのみ」
あの朝会った、老女の声だ。
「伊藤さんは、藤原氏側の人や。お前に関係ないやろ?」
「コイツはわれわれヤタガラスに金で情報をくれるスパイだったのに、よりによって秦氏の貴様らにこの場所を教えた。だから死んで償ってもらったわ」
そして、老婆と一緒にいる若い男が目の前に現れ、またビデオカメラで撮影している。また、ボクたちが人殺しの犯人にでも仕立て上げて、拡散するつもりか。
次々と落ちてくる青い稲妻が刃物となってボクの足をかすめ、血が出る。殺されてしまうのか?
「この矢、やっぱり役に立たないかな?」
こんな状況でも悠長なことを言う真央さんは、ある意味すごい。
「もう無理や。この矢に何の力もないで」
「そう」
悲しそうな表情を浮かべ、矢を捨てようとする。
「な、それは!」
急に老女の声が動揺し出した。若い男も、矢を持つ真央さんに怯えている。
「捨てないで、真央さん」
「いやーん、私はどんな時でも、俊介くんを捨てないよ」
「違う。矢を捨てないで」
どういうことだ。本気でこの矢に力があるのか?
「おい、女! その矢、どうした?」
目の前に煙が立ち、その煙と共に老女が目の前に現れた。
「拾ったの、さっき川で」
「まさか、それは丹塗りの矢! どういうことだ? 女はわれわれ賀茂の血流か?」
老女の言葉に父が何かを感じ取ったようだ。
「世古くん。君のお母さんの旧姓は何や!」
「ママ? ママの旧姓は弓矢です。ママの実家はこの近くにあるし、そもそも弓矢っていう名字もこの辺には何軒がありますよ」
「なるほど、君は神の子を授かれる賀茂氏の分家の弓矢氏末裔か」
「え、私がこのババアと同じ賀茂系? 嫌だ」
真央さん、感情的になるのは分かるが、口が悪い。
老女は、稲妻を止めた。狼狽している。
「女め、賀茂の末裔なのに、よりによって秦氏の男と。おのれ、この女が丹塗りの矢でこの男の子どもを産んだら、その子が賀茂の正統伝承者となってしまう」
「おい、ババア。妊娠は早いよ。私はもう少し俊介くんと恋人の時間を満喫するの」
いや、ババアというのはやめてほしい。
「丹塗りの矢があれば、想像だけで妊娠するのだ。危険だ!」
老女は卑猥なことを言うから、ボクはただただ恥ずかしい。
「想像妊娠? ちょっとエッチぃ~」
とぼけた真央さんを、老女は背後から羽交い締めにする。
「やめろ!」
真央さんだけは守りたい。
しかし、ボクの願いむなしく「キャ」と声だけ残して、真央さんと老女、若い男は視界から消えた。
「この神社を少しでも壊そうものなら、女の命はないと思え」
老女の声だけが響き渡り、ボクと父が薄暗くなる神社に取り残された。
改めて、目の前にある死体に体が震える。
「行くで!」
「え? 伊藤さんの遺体は?」
「申し訳ないが、放置する」
この集落を包む静寂を切り裂いて、パトカーのサイレンが響いた。
「そういうことや。世古くんの車に乗るで」
幸、鍵は車の中に置いてあったから運転できる。父が運転席に座って、猛スピードで神社を離れた。
「真央さん、大丈夫かな?」
「大丈夫だ。丹塗りの矢を持つ世古くんは、ヤツらに殺せへん。ただ俊介に近づけたくないだけや」
「さっきから何なんや、丹塗りの矢って?」
「今、この街には員弁川(いなべがわ)っちゅう大きい川があるけど、これも員弁という地名と同じで藤原氏の手下の猪名部(いなべ)族が後から名付けたんや」
「じゃあ、その前は違う名前やったんか?」
「そうや。その川も支流も全部含めた丹生川(にゅうがわ)やった。全国各地に丹生川っていう地名とか川の名前もあるけど、そのルーツも、本当はここや」
「それと矢とどういう関係があるんや?」
「その昔、ヤタガラスの化身として知られる賀茂建角身命の娘の玉依姫は、この地で丹生川から流れてきた丹塗りの矢を拾って帰ったんや。すると、神の子を妊娠した。それが陰陽師の賀茂の祖となる賀茂別雷神や。丹塗りの丹は水銀って言われてる」
「そんなのただの伝説やん」
「そやけど、この矢を守る弓矢一族の末裔、世古くんは拾った」
「偶然や。それに真央さんの母方の話やろ? こういう古臭い伝説は、大抵、男系男子で継いでいくもんやろ」
「それが不思議なことに、陰陽師や忌部は何でも女系を大切にするんや。そういうところから見ても、忌部や秦、賀茂はユダヤの系統なのかもしれん。実際にお前も秦氏の女系やないか」
何も言えなかった。今までボクが見たり聞いたりして得てきた知識は、ほんの一部にしかすぎない。ボクと真央さんは陰陽師の末裔同士惹かれ合い、結ばれる運命だったのかもしれない、と思えた。
今はただ、真央さんが心配だ。
辺りはすっかり薄暗くなった。父は急に思い付いたかのようにハンドルを切って方向転換する。
「どこに行くんや?」
「あそこの下や」
父は空を指差した。気味の悪い十字架のようなものが空に浮かび上がっている。
「何や、あれ?」
「レイラインクロスや。いなべ市にもあったんやな」
「ますます意味分からん」
「近畿の五芒星って分かるか?」
「五芒星っていうと、またさっき言うてたみたいな星型か?」
「そや。淡路島の伊弉諾神宮、和歌山県田辺市の熊野本宮大社、三重県の伊勢神宮内宮、京都府福知山市のにある元伊勢内宮の皇大神社、伊吹山の五ヶ所を地図上で線を引くと綺麗な五芒星になるんや。その線をレイラインって言う」
「そんなん偶然やろ?」
「偶然にしては図形が精緻すぎて説明がつかん。その五芒星の中心地に平城京がある。つまり、陰陽師の教えに従って、都を守るために結界をつくったんや。そのレイラインとレイラインがクロスする場所は、祈祷のパワーを増幅させるらしい」
「それが、あの空のライン?」
「おそらく。あそこに近畿の五芒星とは違うレイラインがあるんやと思う。俊介、ケータイのマップで、伊吹山山頂と伊勢神宮を結ぶ直線と、淡路島の伊弉諾神宮と諏訪大社を結ぶ直線をクロスしてみてくれへんか?」
ボクは言われるがまま、点と点をつないだ。すると、クロスする場所がいなべ市にある。
「そこはどこや?」
「いなべ市藤原町古田にある立田小学校の辺り」
「立田地区……、聞いたことあるな。確か、秀真(ほつま)の里。そうか、ホツマツタエ伝説の場所。ヤツらの秘伝はホツマツタエやったんか!」
「ホツマツタエって何や?」
「後で言う。それよか、あの空に浮かぶクロスの下で、ヤツらヤタガラスはパワーを増幅させて日本を壊滅させる呪文を唱えとるな。急ぐぞ」
また、警察だ。
国道で車に検問している。また、強引にやるのか、……やった。制止を無視して突っ切ると、後方からサイレンが聞こえる。パトカーだけではなく白バイまでいるからやっかいだ。
「今、市内では、カラスを虐殺し、滋賀県の女性一人を拉致と監禁している親子が車で逃走しているもようです。気をつけてください。犯人は女性の車を奪って乗っています。車は、トヨタ製の赤いパッソ。この滋賀ナンバーの車を見かけたら警察にすぐ通報してください」
これは、ボクたちのことか?
いなべFMのパーソナリティは無機質な声で情報を伝える。真央さんをボクらが拉致したことになってしまっている。凶悪犯に仕立てて、どうしてもボクらを逮捕したいみたいだ。
国道から山際の集落の細い道に入って車ごと林の中で隠れていたら、何とか警察から逃れることができた。
そして、父はホツマツタエについて、やっと落ち着いて説明をしてくれる。
かつて、日本に漢字が伝えられる前に、この国には独自の文字があったのではないか、と言われているそうだ。それがヲシテ文字といい、この文字を使って書かれた神話文学の一つにホツマツタエというものがあったそうだ。しかし、それすらも、藤原氏は排除した。最近でも、ホツマツタエの書物が滋賀県で見つかってはいるが、学者は作り噺と断じて誰もその真実を信じようとしないらしい。
「そやけど、立田地区はなぜか、昔から秀真(ほつま)の里と言う。そこには秘められたホツマツタエの伝承があると噂されてるんや」
「それと、ヤタガラスや賀茂氏の陰陽師と関係があるんか?」
「きっと、そうや。やっと分かった。賀茂氏らの裏の陰陽師の最強秘伝は、ホツマツタエによる呪文や! 立田地区のレイライン・クロスのポイントでしかできないようになっとるんや」
「その呪文でヤツらは何をするんや?」
「呪いによる災害や。最近、地震が多くて心配してた」
「まさか。科学が進んだ現代に、呪文で災害を起こすなんて、あり得るんか?」
「俊介、あり得るんや。今、世界でいろんな災害が起こってるけど、タイミングや状況など科学で説明がつかんのがいっぱいある」
「そんな」
「俊介、お前も秦氏の正統な陰陽師の後継者や。じいちゃんか、ばあちゃんから、何か、呪文を学んでないか。確か秦一族は、呪いを潰せる封印の呪文ができるはずや」
「そんな、分からへん。習ったこともないし、じいちゃんもばあちゃんも、もう死んでるし……」
「落ち着け。思い出すんや」
まるで見当がつかない。祖父母や母が陰陽師だということすら、今日まで知らなかったのに。
そういえば、生前じいちゃんからよく歌を教えてもらった。だから、ボクは今も詩や音楽が好きなのだと思う。
歌。懐かしい記憶を辿ると、中国に絡んだ歌をボクに教えてきたので違和感があったのを思い出した。
「歌や」
「は?」
「好きな人ができて、この人と結婚してもいいと思えたら、歌を吟じるのではなく、呪文のように唱えるように言われた」
「それは、ホンマに呪文なんか?」
「分からんけど、それくらいしかじいちゃんから教わってない」
「どんな歌や?」
「うーん、短歌とか狂歌のような、……思い出せへん」
「がんばって思い出すんや。よし、そろそろ警察もおらんようになったから、立田へ行くぞ」
裏道を伝い、狭い山道を走り続けた。