目の前では石の棒をヒカリが籠に並べている。籠に入れられた石の棒は海の中に沈められ、数日おきに様子を確認しているのだという。海の中に入れても脆くならない石の棒を作るため、そんな作業をもう何度も繰り返して来ているらしい。
 よく飽きないわね――そう言おうとして、言葉が止まる。
 どこからか視線を感じる。ヒカリと出会った時と同じ感覚。このところ、いつも誰かに見られているようだった。しばらくすると決まってその気配は消えてしまうのだけど。

「ナギサさん。……ナギサさん?」
「っ。どうかしたの」
「いえ。話しかけても上の空だったので、何かあったのかなと」

 籠に石の棒を並べ終えたヒカリが、私の方を心配そうに見ていた。どこからか見られていることを伝えるか一瞬悩むが、首を横に振ることにした。これは多分、伝えてどうにかなるものではない。

「何でもないわ。それで、どうかしたの?」
「いえ。ナギサさんは、開拓使の一員として北海道に来たのかな、と思いまして」

 ヒカリが石の棒を海に沈めながら尋ねてくる。
 その様子を見てから、問い掛けにどう答えようか考えて海を眺める。ざぶんざぶんと波立つ玖多留の海はいつもと何も変わらず、何も答えてくれることはない。
 しばらく悩んでから、私はその答えを曖昧なままにすることにした。

「だいたいそのような感じ。どうして?」
「私はてっきりナギサさんはどこかの商家の娘さんかと思いました。ですが、玖多留の町で話を聞いてもそんな女はいないという」

 籠を沈め終えたヒカリが額の辺りを拭いながら立ち上がった。
 初めて会った時はあまり気にていなかったが、ヒカリは背が高い。並んで立つと顔が頭二つ分くらい高い位置にある。

「どうして私を商家の娘だと思ったの?」
「話してて好奇心を感じました」
「好奇心?」
「はい。目の前に何か知らないものや新しいものがあると気になって仕方ない、と。その様子が、まるで商人みたいだと」

 新しいものがあると気になって仕方ない。それはそうだ。
 私はもう何年も、何かがこの世界を変えてくれないかと願いながら生きてきた。
 だけど、それを面に出したつもりはない。何故か急に恥ずかしくなって、言葉が上手く出てこない。
 こんなことは久しぶりだった。

「確かに、ナギサさんは魚を獲って暮らしていると言っていましたし、この辺りを漁場と言っていました。それを素直に捉えれば、開拓使として北海道に渡ってきた人なのでしょう」
「そうね」
「でも、それはそれで気になることがあって」

 ヒカリは小さく息をついてから、私の方を見る。その視線はどこか困っているようにも感じた。

「開拓使は基本的にもっと本土から離れた場所に住んでいます。玖多留の町は商人の町ですし、開拓使ならこの辺りに住んでるのは不思議だなと」

 ひゅっと、血の気が退いていくのを感じた。この男はどこまで気づいているのだろう。
 悪意はない、と思う。そういった感情にはこれまでの経験で人一倍――という表現が正しいかはわからないけど――敏感だ。ヒカリからはそういった気配を感じない。
 ならば、ヒカリは思いついたことをただそのまま話しているだけかもしれない。それはそれで、その勘の良さが怖いくらいだけど。
 ヒカリは面白い人間だ。だけど、それだけでは私の出自を明かす理由にはならない。お互いの為にも、知らない方がいいことはあるし、突き放した方がいい時もある。

「何が言いたいの?」
「ああ、いえ。気を悪くされたのならすみません」

 出会った日と同じようにヒカリの眉毛が八の字に垂れ下がる。今度は正真正銘困っているようだった。

「気になることがあると、確かめずにはいられないのです。その意味では、僕もナギサさんの同類なのかもしれません」
「同類? 貴方が、私と?」

 ヒカリがこくりと頷く。
 同類。その言葉に思わず笑ってしまった。
 そうか、この男は私と同類なのか。だから、出会った日から不思議と何をするのか気になってしまうのか――なんて、そんな思いは幻想だ。
 いきなり笑い出した私をどう思ったのか、ヒカリの眉は八の字というより川の字に近くなり、オロオロとした瞳が不安そうに私を見る。

「もしかして、気を悪くしましたか?」
「別に。面白いと思っただけよ」

 答えると、ヒカリは見るからに安堵したように大きな息をつく。
 私に嫌われたとしても、ヒカリには何の影響もないはずだが、どうしてそんなに私のことを気にするのだろう。
 けれど、面白い。いつの間にか、このヒカリという人間のことをもっと知りたいと思っていた。

「あの石の棒は貴方が作っているのよね?」
「コンクリートですか? ええ、まあ、そうですね」
「作ってるところ、見てみたいわ」

 私の言葉にヒカリは一瞬ぽかんと間の抜けた表情になり、それから瞳にギラギラとした光が宿ると、バシッと私の手を取った。出会った日に何をしているか尋ねたときと同じ反応だ。

「是非是非! さすがに今日は難しいですが、明日でも明後日でも、いつでもどうぞ!」
「今日は難しいのに、どうして私の手を取ったの?」
「ああ、いや、失礼。これは、その……」

 ぱっと私の手を放したヒカリが困ったように頭をかく。
 その様子にまた笑ってしまう。この男が如何に自分の思いに正直に動くのかは、数回会っただけでよくわかった。

――同類、か。

 男が無邪気に放ったそんな言葉を、私はいつの間にかもう一度噛みしめていた。