「双極性感情障害……? 初めて聞きました」
「躁うつ病の方がみんな知ってるんじゃないかしら」
巽と日本酒を呷る。美佳は服薬の関係で飲酒出来ないのでノンアルコールカクテルを飲んでいた。
「お姉ちゃんの会社、給料だけは良かったの。でも四百連勤を達成して倒れたわ」
四百……、と巽は絶句している。
「勤怠は休みでも、実際は仕事してたりとか」
「美桜ちゃんに学費払わせてなるものか、って意地でね。まあ、コンビ組んでた営業事務の子が仕事出来なくて」
遠い目をしている美佳に、ホワイト企業のエンジニアをしている巽は震え上がっていた。
「だから今はわたしがお姉ちゃんを助けているの」
「ああ、それで……」
巽は言い掛けて止まった。だが美桜には何が言いたいのか察しがついた。続くのは「ああ、それでなかなかデートに応じてくれないのか」だろう。
デートに誘われたタイミングで美佳の希死念慮が激しくなり、落ち着くまで買い物に行くのも一苦労という時期が少しあった。事情を話すには勇気がいる。今も正直、美佳の病気を理由に振られないかひやひやしている。何とか酒で誤魔化していた。
「労基とかは」
「給料が、良かったのよ」
力一杯美佳が言った。美桜が就職するときは口を酸っぱくしてホワイト企業に勤めろと言われたものだ。
「だから、後悔はしていないわ。もしふたりが結婚することになって私が邪魔になったら、成年後見人つけて放り出しておしまいなさい」
「お姉ちゃん、それ最終手段。本当に一円もどうにもならなくなるんだよ」
精神的に参っているときに成年後見人をつけろと美佳は言う。美桜としてはそんなことするくらいだったら自分で面倒を見たい気持ちがあった。
結局この恋はいつか諦めるのかもしれない、と思い巽を見る。
綺麗な顔をしている。顔のパーツのバランスがとれていて、イケメンと言われる部類だ。惜しいな、この顔好きなんだけどな、と心の中で涙する。
一方の巽はうんうん唸ったあと、口を開いた。
「うちは実家が太いです。弊社はシニアエンジニアでもそこそこ給料がいいです。義姉は扶養に入れられます。これでどうです?」
「待って待って白狼くん!? 養うって言ってるように聞こえるよ!?」
違いますよ、と巽は何でもないように言う。
「聞いている限り、体調が悪くなければ十分な収入はあるわけじゃないですか。体調が悪くても最低限年金は入ってくる。悪い時に美佳さんを助ける美桜先輩を助けるくらいは自分出来るつもりです。あと端的に言えば姉の面倒見てやるから俺との結婚考えてください、っていう脅しです」
「……私のこと、好き過ぎじゃない…………?」
ちょっと引いた。
「美桜先輩が知らないだけで、俺先輩のこと大好きです!」
「白狼さん、お気持ちは嬉しいけれどもっと色々頑張ってみるわ」
美佳がやんわりと断り、巽はスンと落ち着く。
「でもこれだけは解ってほしいんですが、俺が美佳さんのことを理由に先輩を諦めることはないですからね」
本当に何でこんなに好かれているのかよく判らない。だが、顔良し、性格良し、しごできである。美桜も巽が好きだ。
「わかったわ。私も白狼くんが好きよ」
いい感じの空気がふたりの間に漂っているのを、美佳がにこにこと見ていた。
この日は食事を終え解散となる。
電車に乗って自宅に帰ると美佳が突然宣言した。
「私、婚活する!」
と。