それは6月3日、俺が25歳の誕生日を迎えた日。
「はるとくーん! お誕生日おめでとう!」
社長に呼ばれていたから朝から事務所に行くと、ドアを開けた瞬間に社長からお祝いの言葉をもらった。
この事務所は、弱小事務所だったけど、俺が売れてから大きくなった。ちなみに社長は55歳の俳優だ。声も見た目も良くて、イケおじと言われるようなタイプの人。俳優といっても歌もダンスもこなせるマルチな俳優。「実力あるけれど、僕は作品に恵まれず出演作が全部鳴かず飛ばずだったんだ……」と酒に酔うたびに社長は語っていた。心の中を読んでも同じことを思っていて、本音とのズレはなかった。確かに芸能界の世界は実力もビジュアルも整っている人は数多くいる。謙虚さやら世間には伝わらないような努力やら、大事なものは山ほどあるけれど、運の良さが何よりも大切な職業なのかもしれない。
そう考えれば、俺がこの事務所で活動して、推されているのも運がいいからなのか。
「今日は、誕生日プレゼントのサプライズがありまーす!」
社長がうきうきした表情で「こっちにおいで」と、隣の部屋にいる誰かを呼んだ。
呼ばれたイケメンな男がのそのそと歩いてきて、目の前に来た。
「今日から遥斗くんの相方になる、白桃大知くん、遥斗くんと同じ25歳だよ」
ユニットか――。
驚きはしなかった。以前マネージャーに「ユニット組んだりするのは大丈夫?」的な質問をされていたから。
それよりも相方となるこの男は、俺のファンであり、お母さんみたいな心の声をしていた男だ。その男が顔を全部さらけだして今、目の前にいる。
普段のイベントではマスクをしていて顔を隠していたけれど、目元や雰囲気で彼だとすぐに分かった。
「もしかして、お母さん?」と、思わず呟いてしまった。
顔も予想通りに恰好よかった。スタイルも良いし、他のアイドルたちに負けないぐらいなビジュアルだ。
「お母さん?」と社長が首を傾げる。
「あ、いや……社長、これはどういうことですか?」
何故今ユニットを組むのだろうか。ソロでもやっていけてるのに。
「あのね遥斗くん、ひとりでも素晴らしいんだよ? でもね、ふたりでハモったらもっと売れると思うんだ」
『遥斗くんは歌そんなに上手いわけでもないし、顔で売れてる感じだからなぁ。今だけ旬のアイドルってのをさけたい。受け入れてくれるか?』
社長の心の本音がダダ漏れ。今後を見通してのユニット結成。そういうことか、本当は気を使わなくていいからソロが楽だけど。
「分かりました。白桃くんと頑張ります」
作り笑顔でそう応えた。
「遥斗くんはいつもやる気があって嬉しいよ。あとこれも、白桃くんとダブル主演のBLドラマなんだけど、すぐ撮影入るから確認よろしくね」
社長からドラマの台本をもらった。
相手役は今知ったけど、ドラマの話は前から聞いていた。原作を読んですでに内容や大体のセリフとかも頭の中に叩き込んで、役作りもしていた。
相手役は白桃大知か……。
パラパラともらった台本のページをめくった。
「色々と、よ、よろしくお願いします」
白桃大和がビクつきながらお辞儀をしてきたのと同時に、彼の心の声が聞こえてきた。
『これからは朝ごはん、僕が準備出来たりするかな? あと、遥斗くんこの前クシャミすごい日あったから、部屋のホコリが原因とかある? 風邪だったのかな? 部屋の窓を開けて部屋の換気をこまめに、あとは……』
えっ? 怖い。なんか同じ家に住んでる妄想してる……。仕事を一緒にするとなると、ちょっと距離を置いた方がいい系なのか? なんて考えている時に社長がお願いごとをしてきた。
「あ、そうだ! 遥斗くんにお願いあるんだけど、大和くんのアパート解約したみたいだから一緒に暮らしてあげて?」
「はっ?」
明らかに誰から見ても嫌だと分かる表情をしてしまった。
「いや、あの、やっぱりいいです……」
「でもさっき、大知くん、喜んでたじゃん」
「さっきはあんなに盛り上がってしまいましたが……新しい家が見つかるまで安いホテルとかに泊まったりしますから大丈夫です」
下を向きながらしょんぼりしている白桃大知。
『一緒に暮らすのぐらい、いいじゃん。ユニット組む相手なのにそんなに嫌がって、これから大丈夫なのか? さっきの話は無かったことになるな。とりあえず、白桃くんのホテルと住むところを探すか……』
社長の心の声が聞こえてきた。
あぁ、先に社長と白桃大知は口裏合わせてたんだな。
俺は相手の心を読んで、上手く過ごしてきた。ボーイズグループでは上手くやれなかったけれど。
相手が本当に求めている答えを心の中で聞き、それに応える。そうすることで当たり障りなく生きていけると知った日から、そう生きている。でも時々、真夜中や気持ちが不安定な時、それが虚しいなと思って、無気力になる――。
ふと小さい頃の、服屋で起きた出来事を思い出す。
「その服嫌だ。あっちがいい」と自分の意見を伝えると『絶対こっちの方がいいのに。あぁ、この子とは合わないわ』と、母親の心の声が聞こえてきた。
「あっ、やっぱりママが言ってた方の服がいいかも……」
「ふふっ、じゃあこっちにしようね」
親の笑顔を最後に、意識が現実に戻ってきた。小さい時からそんな感じだ。だから今も応えるしかない。
「大丈夫だよ、白桃くん。一緒に暮らそう」
作り笑顔で白桃大知をみた。
「いいんですか? よ、よろしくお願いします」
白桃大知は心から喜んでいるような笑顔だ。
そうしていきなり、白桃大知との同居生活も始まった。
同居を始めた次の日。
朝目覚めると、料理をする音と食欲がそそる香ばしい匂いがした。
「まじかよ、朝ご飯誰かに作ってもらったのなんて、実家にいた時以来だ」
「遥斗くん、おはようございます」
起きてリビングへ行くと、白桃大知が爽やかな表情で俺を迎えてきた。
住んでいるマンションは2LDK。家具は必要最低限で、余計なものは何も無いシンプルなリビング。その中に見覚えのないものが。ソファ前にある白いローテーブルの上に丸い加湿器があり、加湿器からはモワモワ水蒸気が出ていた。七色に交互に光るデザインで、部屋は白い家具で揃えてあったから、家具の色が引き立て役になり、加湿器がより目立つ。
「歌うためには喉、命なんで。これ昨日買ってきました。寝室用もあるのであとで置いておきます」
『遥斗くんはよく風邪ひきそうな前兆の声をしているから。昨日もそうだったし……これを使って毎日喉の調子が良くなるといいな』
加湿器をじっと見ていたら白桃大知が説明してきた。俺の喉を心配してくれている心の声も。いつもは喉のために寝室に濡れタオルを干してはいたけれど、加湿器の方が効き目がありそうだ。
「歌と言えば、白桃は歌えるの?」
「う、歌ですか……あの……」
『遥斗さんの歌は毎日練習していた。しかもハモリの方で。遥斗さんが歌うメインパートを聴きながら、寄り添うように……』
まじか、自信ありそうな心の声だな。じゃあ俺のソロデビュー曲、歌ってみるかな?
「荒れる~、雪の中で~」
「「静かに立っていた君を~見つけた~……♪」」
ハモってと頼んでいないのに空気を読んでハモってきた白桃大知。
ハモリは完璧だった。
歌がかなり上手い。
「上手いな」
「あ、ありがとうございます」
『遥斗くんに褒められた、嬉しい』
白桃大知の心の中の声は、はしゃいでいる様子だ。俺に褒められると嬉しいのか。
「遥斗くん、ご飯出来ました」
「ありがとう。今日はふたりの宣材撮りから始まって、それからCMの撮影でそれから……」
マネージャーから送られてきたスケジュールをスマホで確認しながら読み上げた。ユニット結成した直後から、かなりスケジュール詰め込んでるなこれ。
「忙しいけど、頑張ろう」
自分にも言い聞かせるように呟いた。
「は、はい。頑張ります」
『遥斗さんと一緒に写る……隣が僕で、本当にいいのだろうか。一緒に撮影か……ドキドキしてくる』
緊張してるな、そりゃあするよな。初日から撮影沢山あって、となりには推しの俺がいるし。
「大丈夫だ。俺がリードしてやるから」
「あ、ありがとうございます!!!」
朝から目玉焼きにポテトサラダプラス千切りキャベツ。味噌汁の中にはワカメと長ネギと豆腐、そして白米。俺はいつもプロテインとパン、それからサプリメントとかをささっと口に入れるだけだから、それらがふたり用のダイニングテーブルに並ぶのは、新鮮な光景だった。
しかも白桃大知は料理が上手くて、全部が美味しかった。
「味噌汁、おかわりある?」
「はい、あります」
白桃大知は軽い足取りで俺のお椀を持ち、味噌汁をよそいにいった。
背中を見ていると、白桃大知が可愛く思えてきた。
ご飯を食べ、準備を終えたタイミングでちょうどマネージャーが車で迎えに来た。
***
スタジオ入りした。
「おはようございます。よろしくお願いします」
控え室でヘアメイクして衣装に着替える。俺は茶色の髪の毛をふわっとさせ、衣装はボタンが前に付いたチュニックに細いパンツを合わせ、白系にまとめられた。白桃大知は黒い髪の前髪を横わけにし、俺の衣装のデザインを少し大人にした感じのタートルネックのチュニックに細パンツを合わせ、同じく白系でまとめられていた。
スタジオの準備が整ったら撮影開始。
背景は、水色やピンク。事務所の方針によると俺たちのユニットは〝爽やかでパステルカラーが似合う、中性的なイメージのふたり〟で固めるらしい。
ひとりバージョンがそれぞれ終わったら、ふたりバージョンの写真を撮る。
「遥斗くん、久しぶりだね、相変わらず表情いいね」
「ありがとうございます」
「実際に並んでみたらふたりのビジュアルの相性、良い感じだね?」
「そうですか? ありがとうございます」
「大知くんも表情いいよー、もっと笑ってー、いいねーかっこいいよー」
『大知くん、急に表情が固くなったな……』
「あっ……」
カメラマンの心の声に思わず反応してしまった。白桃大知の表情が固くなったのは、俺が横にいるからだと思う。さっき白桃大知がひとりで写っていた時は、表情はきちんと出来ていて良かった。
白桃大知は俺の漏らした声に反応し、こっちを見た。
「見つめ合うの、いいねー。そのままで」
カメラマンが指示を出した。
『うわっ。こんな至近距離で見つめ合うなんて、ムリムリムリムリ。それになんか、遥斗くん、いい匂いする』
いい匂いって……。
しかも白桃大知の呼吸がちょっと荒い。
それにいつもは心の声もゆったりなのに、今の心の声は早口だ。
相方の心の声がこんな感じだと、めちゃくちゃ仕事やりずらいかも。相方というか〝白桃大知の声が聞こえると〟が正しいだろう。もうすでにやりづらさを実感していた。
それでもカメラマンの指示の他に、こうしようああしようと、俺もポージングのアイディアを出していきリードして、なんとか撮影が終了した。
「ありがとうございました」
俺がカメラマンやスタッフたちにお礼を言うと、白桃大知も後に続いた。
移動して次はCM撮影だ。
大手化粧品メーカー〝y.a-collect〟のCM撮影。ここの企業は、ソロの時から俺を広告で使ってくれていた。
白が基調な洋風のハウススタジオで冬をイメージした青系の衣装とメイクで撮る。
お互いにメイクをし合うシーンもあり『手が震える、青系メイクの遥斗くんも恰好良い』と、白桃大知の心の声が。
あとで反省会と称して、俺を意識しすぎないようにとさりげなくアドバイスをしよう。映像をチェックするといい感じに撮れていたが、撮影中ちょっと俺の気が散る。
仕事中はファンとしてではなくて、相方として接して欲しいし。
CM撮影の次はそのままメイクと衣装をチェンジして、同じ場所で俺らのデビュー曲のMVに使われるシーンを数カット撮った。
これから制作されるデビュー曲のMVは、ふたり一緒に出る予定のBLドラマの映像がドラマのダイジェスト版みたいに編集され、主に使われるらしい。その映像の合間数カ所にここで撮ったスタジオの映像が使われるらしい。
ちなみにドラマの内容は、幼なじみと一緒に歌をネット配信していくうちに人気が出てデビューする話だ。人気なBL漫画を元に作られたドラマだった。ドラマの中で歌う曲は、実は俺らのリアルなデビュー曲。その曲はドラマの中で恋に落ちた幼なじみのふたりの気持ちがすれ違い、その時に白桃大知が演じている〝晶哉〟が泣きながら〝恋煩いと願い〟というドラマの題名でもあり、曲名でもある歌を作詞するという設定だ。
そして俺が「この歌詞の内容は、俺への気持ちか?」と気がつき、より愛は深まる。
無名な白桃大知をSNS中心に「この人誰?」と思わせて話題にしていき、話題になった所でリアルに主演のふたりがユニットを結成してデビューすると、ドラマ枠で報告する作戦らしい。
CM撮影の後は歌のレッスンで今日のスケジュールは終わり。
余計な気を使ったからか、ソロの時よりも正直疲れた。
「そうそう、ふたりのユニット名の候補も考えといてね」
ユニットを組むことが決まってから数日後、事務所で打ち合わせの最中に社長に言われた。
前の事務社では一方的に決まったグループ名。今回は自分たちで決めるのか。
「分かりました。白桃くんと話し合います」
『どうしよう……遥斗くんとのユニット名。どうしよう、何も思いつかない。でも憧れだった遥斗くんと僕のユニットだし、適当な名前じゃないのを何か提案しなくては……』
社長に言われた瞬間から白桃大和の心の声はずっとこんな内容だ。
今もマネージャーが運転する車の中でずっと呪文みたいに心の中で唱えている。
俺のことを崇拝するような感じで見ているけど、全然白桃大和が思っているような人なんかじゃないのにな。
ユニット名か……。
俺と白桃大知の。
ふたりの共通点は特にないし、本当に何も思いつかない。
あとで改めて会議をしよう。
***
ユニット結成してから、忙しいからかあっという間に時が過ぎていく。色んな撮影が続き、ついにドラマの撮影も本格的に始まっていた。
「遥斗くん、迷惑かけないように頑張るのでよろしくお願いします」と、ドラマの撮影が開始される前日は、家の中で白桃大知は正座をしながら床に手を置き、深々とお辞儀をしてきた。いつも俺に対して丁寧だな。
今日も朝からドラマの撮影で、ロケバスの運転席の後ろで髪とメイクの直しと全体の確認をし、町外れのカフェ前での撮影が始まる。
「遥斗さん、大知さん、お願いしまーす」
スタッフに呼ばれて俺らはバスから降りた。
今日は白桃大知演じる晶哉が、俺が演じている瑠依を誘い、初デートをするシーンだ。撮影中は白桃大知のままなのか晶哉としてなのか分からないけれど『めちゃくちゃ好きだ。愛してる』とか、白桃大知の心の中は賑やかだった。そして順調に撮影は進んだ。
「はい、オッケーです」
『はぁ、ドキドキした』と、心の声が聞こえる。だろうな、こんなに見られてる中で演じるのは、慣れないと緊張するよな。
『だって瑠依くん、僕に触れすぎるんだもん』
そっちの理由か。瑠依くんって心の声で呟いていたから、遥斗ではないってことで、役に入っていたのか? どっちにしても宣材とかの時とは違い、白桃大知は演技が上手く心の声も乱れていなくて、一緒にやるシーンは全てやりやすかった。
帰り際、マネージャーに「家でのプライベート写真とか動画とか、撮りあいしたりして、ためといてほしんだけど」と言われる。
「俺らが仲良いってファンに向けてやるあれですか?」
「そうそう、それ」
「分かりました。やってみます」
「うん、よろしくね」
『わぁ、プライベートを一緒に撮るとか……どうしよう。どうしたらいい?』
桃白大知の心はざわめいていた。
いや、そんな心配しなくても普段から俺はファン向けにSNS発信してるから慣れてるし、俺がリードするから大丈夫だ。
「俺らのプライベートだってさ。よろしくね」
「は、はい。よろしくお願いします」
桃白大知は不安そうに、何回もまばたきをして見つめてきた。
夜、リビングでお互いそれぞれ好きなことをしてまったりしている時間、白桃大知に訊いてみた。
「プライベート、どんなの撮りたいなとかある?」
「どんなの……」
『プライベート……遥斗くんの魅力を最大限に引き出さなければ……でもどうやって? あの、一番いい顔の角度を撮りたい……でもやってよなんて図々しくて言えないし』
俺のいい角度とは?
気にはなるが、心の声は聞こえていないことになってるから、今聞くタイミングではない。
表ではたったひと言。だけど、白桃大知の心の中は今日もにぎやかだ。
「とりあえず、お腹すいたな」
「作ります! オムライスと野菜スープでいいですか?」
「あぁ、ありがとう」
『とびっきりの、フワフワタマゴのオムライスを食べさせたい』
冷蔵庫に向かう白桃大知の背中をみると、俺は自然に笑みがこぼれた。
ずっと目で追い、キッチンで料理をする白桃大知を眺める。そしてこっそりと白桃大知の顔が見える位置に移動し、スマホでその姿の動画を撮った。真剣に料理をしていて撮られていることに気がついていない。録画の停止ボタンを押したあと、白桃大知に質問した。
「なぁ、どうして俺のファンになったんだ?」
「わぁ、いつの間に横にいたんですか?」
白桃大知は玉ねぎを切っていた手を止め、こっちを見た。
「驚かして、ごめん」
「ファンになったのは、誰よりも輝いていたんで……」
「そっか」
「そうです」
恋する乙女みたいな表情で照れだした白桃大知は再び玉ねぎを切る。
話は途切れる。この流れで何かもっと話したいなって気持ちはあった。でも白桃大知とはまだそんなに仲良いわけではないし、深い話をすることもない。今後の仕事については話さないとなとは思うけれども。
とりあえずテレビをつけ、ソファに座って待っていると、白桃大知は料理を完成させた。リビングの白いローテーブルに置かれたオムライスとカラフルな彩りの野菜スープ。オムライスは白桃大知が心の中で呟いていたとおりにふわふわだった。
「すごいな、よくこんなにふわふわに作れるな? こういうの作れるのってすごい」
「あ、ありがとうございます」
オムライスをひとくち頬張る。
「うん、この半熟な感じがいいな! 美味い」
『ふわふわオムライス、遥斗くんに褒められた。嬉しい』
心の声のテンション高めだな。
心の声に反応してふっと笑う俺。
心の声が聞こえるせいで、もしも彼女が出来ても絶対に同棲したくはなかった。家族と暮らしていた時も、一緒にいれば聞きたくない時も心の声が聞こえてくる。
誰かといれば、悪口も勝手に頭の中に流れてくるから正直しんどくて、疲れる。けれど、白桃大知のように、常に心の中もずっと俺に崇拝していて、悪口が一切ない内容が聞こえると、居心地が良い。
一緒に過ごし始めてから、白桃大知のお陰で何度も笑っている。
「あ、これ!」
白桃大知は突然俺を見ながら叫んだ。
「どうした?」
「あの、食べる姿が……」
『恰好良いな。食べる姿ってメディア通してしか見れなかったけれど、リアルで見られるのが貴重すぎる。撮りたい、これだ!』
そういうことか。白桃大知はスマホで撮る準備を始めたから動きを止めて待ってみた。準備し終わったらまたひとくちオムライスを口に入れた。そしてそのあとはファンたちが喜ぶような可愛めな顔をして、画面に向かって手を振り「美味しい、ありがとう」と口パクした。
「あぁ、いい」
スマホで俺の食べる姿を動画に撮りながら、画面の中にいる俺を見て呟く白桃大知。終わりだと思っていたのにまだしばらく撮り続ける。俺ばかり撮られていたけど……。
「白桃は、映らないの?」
「いや、僕は……」
手のひらを見せ、頑なに拒否をしてくる。スマホをスマホ用の小さな三脚にセットし、白桃大知が映るように、カラーボックスの上に置いた。
「何するんですか?」と、白桃大知が訊いてくる。返事をしないで録画ボタンを押し、白桃大知の横に座る。
白桃大知のお皿に乗っていたオムライスを小さくしてスプーンですくった。小さめにしたのは大きいとケチャップとかが口周りについて汚れるからだ。でも、白桃大知だったらそれでもギャップとして可愛いと言われ、ウケるかもしれないけれど。
スプーンを白桃大知の口に近づけると、白桃大知は反射的に口を開け、オムライスを口に含んだ。
『何これ、遥斗くんにあーんされてるよ……これはファンイベント?』
白桃大知の顔は真っ赤になる。
すごく可愛いなと思い、微笑んだ。
『あ、遥斗くんがこんな近くで笑ってる……』
白桃大知は視線をそらしてきた。
小さめのサイズにしたのに、口の周りにはケチャップが。
それを手で拭い、指についたケチャップを俺はペロンとした。
『やば……もう、ムリ』
ムリ? 顔に触れられるのは嫌だったのか?
怒ってるような?表情をした白桃大知に否定された。初めて見た表情。
「ちょっと、トイレに行きたいです」
動画に声が入らないように白桃大知はこそっと俺に呟いた。
「録画止めるね、ごめん……」
止めると白桃大知はトイレに消えた。
しばらくトイレから出てこない。距離があると心の声が全く聞こえなくなる。
白桃大知は俺のファンだけど、俺に何されてもいいってわけじゃないよな。
気をつけよう――。
しばらくするとやっと出てきた。
「顔に触って、ごめんな」
「いえ、それは全然……あの、さっきの動画……」
「さっきの動画、使わないかな? 消すか」
「いや、あの僕の方に送ってください。編集します」
『あの映像独り占めしたいから、世間に晒すのは勿体ないけどせっかく撮ったから……そして、送られたデータをコピーし、永久保存の宝物コーナーに――』
今撮った映像を見返してみた。白桃大知は、恰好良く映っていた。映像映えするタイプだ。
俺と並んでも、引けを取らない。イベントの時はマスクをして地味な雰囲気で、そして心はいつも俺の心配してるお母さんなイメージだったけど……
白桃大知は、売れそうだな。
白桃大知も人気が出てほしい。どうしたらふたりで売れるのだろうか……。
「なぁ、ドラマみたいに、リアルでもBL風にファンに売り込んでみない?」
「ボーイズラブ……仕事じゃなくてプライベートで……?」
『ぜっっったいムリ!』
心の中ですごい否定する白桃大知。
否定しながら自分の部屋に走っていった。
再びムリと心の中で言われ、白桃大知は俺の目の前からまた消えた。
ズシンと胸の辺りが重くなる。
リビングにひとり取り残された俺。
そこまで否定しなくていいじゃん。
とりあえずさっきの動画を送る。そして、『BLの話、なかったことにしといて』と一言付け足しておいた。
ピロン♪
少し経つとスマホの音が鳴った。開いてみると、編集された動画が送られてきた。メッセージは……何もない。
動画は『夜ご飯』というオレンジ色の文字が現れたあとに俺の曲が流れ、俺がオムライスを食べてるシーンのあとに、俺が白桃大知にオムライスを食べさすシーンが一瞬だけ映った。そして最後にごちそうさまでした!と、オレンジ色の文字とともに映像は終わった。
編集早くて上手いな……でも、白桃大知がご飯を作ってるシーンも送ったはずなのに使われていなく、俺が白桃大知にオムライスを食べさせたシーンも一瞬だけ。白桃大知は一瞬しか映っていない。
それにしても、部屋から出てこない。いつもはリビングで一緒に過ごしている。こんな状況は初めてだった。とりあえず、SNSに載せてもいいか?と、送った。すると速攻『大丈夫です』と返事が来た。
スマホのSNSのページを開き、アップした。ちなみにアップしたのは俺がソロで活動を始めた時に開設した、俺専用のアカウントだ。フォローは3万人いる。アップ中ですの文字と共に何パーセントアップされているかが画面に表示される。
100パーセントになった。
いつもファンの反応は早い。
どんどんいいねがついていく。
コメントも。
『一瞬しか映らなかったけど、遥斗くんと一緒にいたの誰? イケメン』
『顔面偏差値高い男がふたりいた……』
コメントは増えていき1000超えた。
9割ぐらいは白桃大知についてのコメントだった。
「すいません、今遥斗くんのアカウント見てるんですけど……」
慌てた様子で部屋から出てきた白桃大知。
「反応すごいな」
「あの、今思ったんですけど僕、まだ顔出さない方が良かったのでは……」
「あっ、そうだ……」
「予想以上に反応があってビビってます……」
白桃大知の視線はおよいでいる。
ソロの時の感覚で何も気にせず載せてしまっていた。
「とりあえず、消した方がいいかな」
「……そうですね」
そんな会話をしている時、マネージャーから電話が来た。
『遥斗くん、SNS消してもらえる?』
「勝手にアップしてごめんなさい」
『ドラマはじまってからプロモもかねてアップしてもらえればいいかな……』
「すいませんでした。今すぐ消します」
『こっちもきちんと伝えてなくてごめんね』
「いえ、こっちこそすみません」
『っていうことだから、お願いします~』
急いでさっきアップしたやつを消した。
エゴサしたらすぐに『遥斗くんと謎の男との動画が消えた』とか『遥斗くんのさっきの動画、怪しい関係?』とか……。そんなのばっかり呟かれていたけれど、これは黙っているのが一番だ。あきられて、すぐに別の話題にいくと思うから。
グループが解散した時も『これからも応援したい』って内容と共に、不仲説や遥斗のせいだとか、かなり叩かれたりもした。それもそっとしといたら、悪口で盛り上がっていた群れはいなくなってきて、静まってきた。
消したあと、白桃大知をみるとかなり落ち込んでいた。
『僕が編集さえしなければ、遥斗くんに送らなければ……』と心の中では反省をしている。
やらかしたのは自分だけど――。
「多分、今回のは大したことではない」と、俺は呟いた。
くよくよせずにそんなふうに思い込まないと、精神を使うこの世界ではやっていけない、潰れる。反省は本当にしている。
「……編集、すごく良かったよ。ありがとな。あと、アップしたの俺だから白桃は何も悪くないから」
上目遣いでこっちをみながら白桃大知は『遥斗くんを支えたいのに……遥斗くんSNSでまた色々言われる? 大丈夫かな。悩んだら言ってほしい。心配だ……』と、自分の心配はよそに、心の中でそう呟いていた。
***
今日はドラマの撮影で海に来ていた。
ドラマ撮影の待機時間、しゃがみながら白桃大知と海を眺めていた。白桃大知が『遥斗くん、日焼けしちゃう』と心の中で呟き、マネージャーから黒い日傘を借りてきて今何故か白桃大知がさしてくれていた。
「なぁ、どうしよっか、ユニット名。なんか思いついた?」
「名前……」
『どうしよう、まだ思いついてない。訊かれてるのに答えられない……』
この質問は白桃大知を追い詰めるのか?
「まぁ、そんな大事なこと急に決められるわけないし、お互いに考えておこうか」
「はい、分かりました」
とは言ったものの、思いつくだろうか。
「そういえば、歌上手いけど、何かやってたの?」
「小さい頃、習わされていました」
習わされていた……。
「嫌々やってたの?」
「いやいやというか、物心ついた時からレッスン通っていたので、学校の勉強みたいな生活の一部みたいなものだった感じですかね……」
「そうなんだ……」
白桃大和は本当に歌が上手かった。俺のソロ曲はもちろんのこと、グループ時代の曲も全て頭にはいっているらしく、家の中で「歌ってみて」と言えば照れながら、いつでも聴かせてくれていた。ふたりのデビュー曲のメロディーと歌詞もすぐに覚えて、その才能が羨ましく思えた。見た目もよく、才能も溢れている白桃大知は何故自分のファンなんだろう。
「前も聞いたけど、白桃はどうして俺のファンになったんだろうな……結構前からイベントにいつも来てくれていたよね?」
「えっ?」
『なんでバレてるんだ? あんなにファンがいる中で……それに僕は顔を隠していたのに。なんでなんだ?』
「覚えていたのは、心の中の声が周りとなんか違ってたから……」
「心の中?」
「うん……あっ、いや、なんでもない」
思わず俺の能力の話をしそうになった。
誰にも言えてないことだけど、白桃大知なら信じて受け入れてくれるのか?
どうしてファンなのか?って質問からスタートし、気がつけば出番まで沢山質問をしていた。
普段暇な時はなにをしているかとか。ちなみに「特に何も。今は遥斗くんに釣り合うためのレッスンや自分磨きです」と答えていた。心の声も『釣り合って迷惑をかけたくない。そして支えるんだ』と。裏表にズレはひとつもなかった。
もっと、白桃大知を知りたい。
全ての白桃大知を知りたい――。
***
仕事も白桃大和との同居生活も、全てが順調に進み、ユニット名もついに決まった。
7月の暑い日だった。
「balloon flowerって名前どうでしょうか?」と、オフの日、家で一緒に冷たい蕎麦をすすっていた時に突然提案してきた。
「なんで? バルーンフラワーって風船みたいな入れ物に花が入ってるやつ? あれ、ファンからもらったことあるけど、可愛いよな」
「それもありますけど、こないだ映画をみていると桔梗って花が出てきて花言葉が僕が遥斗くんに対して思っている……あ、それはどうでもよくて」
急によそよそしい態度になる白桃大知。
聞こえてくる心の声でその理由は解決した。
『だって、花言葉は永遠の愛で、遥斗くんへの想いと同じだから……』
心の声が聞こえてきて喉に蕎麦が引っかかりむせた。
距離が近づいても相変わらずファンでいてくれて、近くでこんな感じの本音が聞こえると、こんな暑い日も気持ちいい風が通過していくようで心地よい。心の声にお礼を言いたくなる日々だけど、言えなくて。少し複雑な気持ちにもなった。
今も花言葉の件は何も反応出来ない。
話も濁してきたから、あえてスルーした方がいいのか。
「いい名前だな。なんか俺らが風船の中に入ってるみたい」
「一緒に風船の中……」
白桃大知はぼそり呟く。
『遥斗くんは美しい花だけど、自分も釣り合うような花となれるのか?』
白桃大知こそが花だと思う。無自覚だけどかなりレベルが高い外見だし、歌も上手いし。それも伝えたいけど、白桃大知が心の中で呟いている言葉だから伝えれなくてもどかしい。
***
白桃大知と過ごしていくうちに、イベントに来てくれていた時から特別な感じはしていたけれど、だんだんといなければいけない存在になっていった。
balloonflowerのデビュー曲のレコーディングやMV、宣伝用の撮影も次々とこなしていく。
ドラマの撮影も後半に差し掛かり、順調だ。
ドラマの放送もはじまった。
お互いに仕事のない日は、ソファで並んで一緒に観ていた。
ドラマの反応も気になったから、SNSもチェックしながらテレビを観る。俺への反応もすごかったけど、白桃大知の反響はもっとすごかった。
『遥斗くんの相手の人って、遥斗くんのアカウントで前一瞬流れてきた人だよね?』から始まり、白桃大知について深堀りされ、子供時代にドラマやCMにいくつか出ていたことまで発掘されていく。小学生ぐらいの時の白桃大知が写っている写真や、映像までも流れてきた。SNSで流れてきた白桃大知の子供時代は、目がはっきりとしていて、可愛さとカッコ良さが共存している雰囲気だった。なんと賞を沢山受賞している実力派俳優が父親らしい。
知らない世界を知れるネット世界の広い情報網は、恐ろしくもありすごいなとも思える部分。知らない白桃大知を、ネット世界を通して知ってゆく。
「白桃は、演技上手いなって思ってたけど、ドラマとか小さい時に色々出てたんだね」
「はい、そうです」
『遥斗くん、今演技上手いって僕のことを……でも遥斗くんに比べたら上手くないし。遥斗くんは本当に全てが完璧で……』
いや、演技は俺よりも上手い。
振り返ってみれば、白桃大知は撮影前にやる本読みやリハの時から、多少のムラはあったけれど上手かった。そして、憑依体質というか、本番になるとすっと完全な役になれるタイプ。
そんな白桃大知は、表では言葉数が少ないけれど、相変わらず心の中では褒めちぎってくれる。白桃大知が隣にいるようになってからは、自己肯定感も高くなった。ひとりの時には、自分にがっかりして落ちる所までひたすら落ちていたけれど、その現象が最近は起きていない。気持ちが安定している。
「ずっと、隣にいればいいのに」
横にいる白桃大知を見つめていたら、自分の心の内の言葉が無意識のうちに外にこぼれた。それに気がついたのは、白桃大知が「えっ?」といいながら驚いた表情をしてこっちを見たから。
「いや、ごめん。間違えた」
何も間違えてはいないけど。
『遥斗くんは何を言っているんだろう。隣にいてほしいってのは、僕? いや、まさかな。ドラマ? ドラマの役に入りきっている? うん、そうだ。きっとそうなんだ……』
白桃大知の心の声は興奮気味だった。隣にいてほしいってのは、役に入りきってるわけじゃなくて――。
「活動、一緒に頑張っていこうな!」
「……はい。よろしくお願いします」
『活動についてのことか……』
活動だけではなくて、全ての生活についてなのにな。こういう時だけいつもとは逆に、白桃大知が俺の心を読めたらいいのにとも思う。
***
ドラマは12月に最終回予定で、12話まである。第11話のストーリーが終わった時に〝重大発表〟の文字と共にダブル主演の俺らがリアルにユニットを組んでデビューすることと、デビュー曲が、ドラマの中でふたりが歌っている曲だということが発表された。白背景のスタジオで俺と白桃大知が交互に説明をする。
「このたび、ドラマのW主演を務めている瑠依こと遥斗と」
「晶哉を演じている僕、大知は」
「「リアルにユニットを組んでデビューすることが決まりました。ユニット名はballoonflowerです」」
「これは現実の話なので、晶哉と瑠依ではなく、大和と遥斗としてですが、なんと! ドラマの題名でもあり、ドラマの中で晶哉が作詞し、ふたりで歌った『恋煩いと願い』がballoonflowerのデビュー曲となります」
「僕らにとって、ドラマの中で歌った曲であり、デビュー曲ともなるとても思い出深い曲となります。歌詞もメロディーもご覧いただいた通りに素敵なので、ぜひ発売されましたらよろしくお願いします」
「そしてなんと、ミュージックビデオが来週このドラマの枠内で初披露されます。化粧品メーカーのy.a-collect様とコラボしたシーンもあり、内容が濃く、そして綺麗で素敵な仕上がりになっていますので、こちらも楽しみにしていてください」
「今週もご覧いただきありがとうございました。SNSに『#恋煩いと願い』とハッシュタグをつけて素敵な感想を書いてくだされば嬉しいです」
「尚、見逃し配信も~」
「「それでは次回最終回予告、スタート!」」
SNSを覗くと、コメントが秒単位で書き込まれ、一気に増えてくる。
「発表された直後にballoonflowerのアカウント開設するから、ふたりのプライベートをそこに投稿してね」とマネージャーに言われていた。
早速新しく作られたSNSのアカウントにマネージャーが『水樹 遥斗と白桃 大知のユニット、balloonflowerのアカウントです。本人たちやスタッフが呟きます。よろしくお願いします! #水樹遥斗 #白桃大知』とすでに呟いていた。俺も自分のアカウントに『この度、ユニット結成記念として、balloonflowerのアカウントを作りました。チェックしてくださると嬉しいです!アカウントは~』と呟く。
俺のアカウントで呟く前に、常に俺らの情報に敏感でいてくれるファンが新しいアカウントを見つけてくれていて、すでに広げてくれていた。フォロワー数も秒刻みで増えていく。
その日から撮りためていたふたりのプライベート写真や映像も世間に披露された。間違えて前にアップした、オムライスを食べている動画を、白桃大知のシーン多めに再編集して再びアップすると、すぐにコメントがついていく。いつもコメントをすぐにくれる常連のファンが「あの時すぐに消えたやつですね。食べてる風景癒されます!」と気が付き書いてくれていた。
ドラマの視聴率もよく、反応もいい。
そうして最終回の12話目をついに迎えた。
最終回。22時から放送で、放送時間の5分ぐらい前になるとリビングのソファにふたり並んで座った。途中ラブシーンが流れてきた。
ふたりが喧嘩別れしたままお互いに別の仕事で忙しくなりすれ違う。そしてお互いに会いたいと願い、空港で再会したシーン。
「晶哉と離れたくない……もうお前を離さないからな! 覚悟しろ」
晶哉は無言のまま、俺を包み込むように抱きしめた。気持ちが高ぶりキスしながら抱きあうシーンだ。
横で一緒に観ている白桃大知の心がちょっと気になる。俺らのラブシーンを観ているけれど、隣にいる俺を意識して恥じる気持ちが今、少しでもあるのだろうか? それともドラマと現実は完全に違うと割り切っているのか。そんな些細なことが気になるのは、相手が白桃大知だからだろう。多分他の人だったら、どうでもいい。
チラリ横目で、テレビ画面から視線を外さない白桃大知を見る。
白桃大知は、『やっぱりこのシーンの角度、遥斗くんかっこよく映ってる。自分の角度を微調整して正解だった』と、心で呟き、真剣な表情で画面を観ていた。俺が考えていたような意識はされていないけれど、俺のことを考えている。
このシーンの角度は俺がよく映るように微調整されていたのか。
ラストシーンが画面に流れた。ふたりは河川敷で微笑みながら、優しくぎゅっと抱き合った。
『遥斗くん、可愛かったな。抱きしめた感触が忘れられない……』
そう心の声が聞こえてきて、顔ごと白桃大知の方を向く。うっとりした表情をしている。動揺しつつも画面に視線を戻した。
いつもは俺のソロ曲がエンディングに流れていたけれど、今回はいつもと違い、ふたりのデビュー曲『恋煩いと願い』のイントロが流れ始める。
そしてドラマのラストシーンのカット終わりと共に、MVが放送された。
寂しそうにぽつりと咲く花は
僕の心をそっと照らし~
君の心も照らしたいと
君のとなりでそっと寄り添う~♪
ちなみにMVの映像は、ドラマの映像が主に使われている。流れはドラマの流れに沿ってストーリーが進む。視聴者にとっては、今までの回想シーンを観ている感じだ。そしてハウススタジオで別撮りしたカットが数回、間に挟まれている。
ふたりで真剣に最後まで映像を観ていた。
「MVもいいけど、この曲は歌詞が特にいいよな」
「あ、ありがとうございます」
突然白桃大知は照れだした。
何故照れたのかは、すぐに知る。
『僕の書いた歌詞を褒めてくれた……僕が遥斗くんを想いながら書いた歌詞を』
と、心の声が聞こえてきたからだ。
「えっ?」
思わず声をあげてしまった。
「どうしたんですか?」
「あ、いや……」
作詞したのって〝sirachi〟って人じゃ……。あっ、白桃大知、しらももだいち、しらち……。
この曲の歌詞は、寂しそうな君に寄り添い、生涯ともに過ごして君を幸せにしたい。世界一好きだ、愛してるという内容の歌詞だった。
俺を想いながら書いた歌詞……。
もしかして俺に対して、思っていた以上の好意が?
他のやつらだったらそんな心の声は無視するけれど、白桃大知だから気になりすぎる。
「これって、リアルな俺を想いながら書いてくれた歌詞だったりする?」
もう答えは知っているけれど、あらためて訊いてみた。きっとこの質問は、ふたりの間にある境界線を越えた質問だ。
手で口を押さえ、顔が真っ赤になっていく白桃大知。無言のままトイレに逃げていった。心の言葉とその行動……あきらかに白桃大知は俺のことをファン以上に想ってくれていて、そして歌詞の通りに俺のことを――。
鏡をみなくても分かる。
多分俺も、今の白桃大知と同じような表情をしている。
同じくらいかは分からないけれど、俺も白桃大知に対しては、相方以上の感情を抱いていた。だけどそれは越えてはいけないもので、見せてはいけないもので。
だけど――。
デビュー曲は年が明けてから発売された。俺らのユニットがデビューする情報が解禁されてからはテレビ、SNS、雑誌……メディアに今まで撮りためていたものを一気に世間に放出し、ぐいぐい宣伝していった。そのお陰もあり、話題にもなったし、デビュー曲のランキングは2位を突き放し、堂々の1位となった。
ふたりで〝おめでとう会〟と称して、ミニパーティーを開いた。いつもと違う雰囲気にしようと思い、外食を提案したのにいつものように「僕が作ります」と、白桃大知は料理を作ってくれた。だけどいつもよりも品数が多く、今日だけカロリーを気にしないで揚げ物も沢山作ってくれたから、いつもとは違う雰囲気になった。
料理を運び終えた白桃大知は、ダイニングテーブルの俺の向かい側に座る。
「それではあらためまして、デビュー曲『恋煩いと願い』が無事に発売されたのと、ランキングの1位、おめでとう!」
俺がそう言うと、赤ワインが入ったグラスで乾杯した。白桃大知はお酒が弱いからグラスに入ってるのは、ふたくちぐらいの量。少しだけなのに、それを飲んだだけで白桃大知の顔は、ほんのり赤みが帯びてくる。
全部綺麗に食べ終わって「ごちそうさまでした。こんなに食べたの久しぶりだわ。美味しかった、ありがとう」とお礼を言うと、白桃大知は微笑んで『喜んでくれて良かった』と、心の中で呟いていた。
食べ終えた後は、ソファでふたり並んで最終回の録画を再び観た。
ドラマの中での白桃大知が演じた晶哉はBL内の役割でいうと、攻めだ。パッと見るとおっとり系の晶哉よりも生意気なタイプの瑠依の方が攻めに見えるが、晶哉が覚醒?すると本領発揮し、晶哉の攻めが表面に現れてくる。
「なぁ、このドラマでは晶哉が攻めで俺が受けだけど、リアルな俺たちはどうなんだろうな……」
「攻めと受け? なんですかそれは」
「知らないの?」
そっか、俺はドラマが決まってからすぐに原作もチェックしてBLについても調べまくったけど……。白桃大知は特に何も調べてないのか。
「なんていえばいんだろう。BLで恋愛関係になったふたりの、積極的になるタイプの方が攻めで、攻めはぐいぐい攻めて、受けはそれに応える感じ?」
「あの、それって遥斗くんは僕との関係をそういう風に意識してくれてるってことですか?」
白桃大知の言葉を聞いた瞬間、心臓ごと、時間が止まった気がした。
なんでこんな質問をしてしまったのだろう。
「いや、それは……」
上手く答えれない。
「僕は、ずっと意識していますけどね」
こっちを見つめる瞳がとろんとしていている。あのワインの量だけで酔ったのか?
突然白桃大知は俺に覆いかぶさってきて、ふたりはソファの上で倒れた。
「おい、やめろ」
白桃大知は離れない。
やめろと言ったけれど、嫌ではなかった。
大切なものを扱うように、優しく抱きしめてくる。
白桃大知の体温が丁寧に伝わってくる。
それが心地よかった。
「僕、ずっと遥斗くんが大好きです。愛しています」
どう返事をするのが正解なんだと考えていたら、全身の力が一気に抜けてきた。
じっとしていると、寝息が聞こえてきた。
顔が見えないけれど、寝た?
しばらく離れないでそのままでいた。
そして白桃大知のぬくもりを感じ、寝息を聞きながら、自分の気持ちをあらためて確認する。
俺も白桃大知のことが、好きだと――。
「わっ、ごめんなさい!」
まだ薄暗い時間、小さな声で呟いて白桃大知は俺から離れた。白桃大知の温かい体温を感じていると気持ちよくなってきて、自分もいつの間にか眠っていた。
「いや、大丈夫だから、気にしないで」
「でも、遥斗くんは僕より小さくて細いから、潰れ……」
「いや、小さいっても身長175あるし、それに鍛えてるから潰れないし」
「そ、そうですよね。本当にごめんなさいでした」
「いや、それよりも、昨日の夜は、何も覚えていなくて……」
でも白桃大知の心の声は『急に抱きしめてしまい、告白までしてしまった。覚えていないふりをしてしまえば……』と。
「……覚えてるじゃん」
「えっ?」
「実は俺、人の心が読めるんだ」
無言のままこっちを見つめ、目が全開になった白桃大知。
いつかは打ち明けたいと考えていたけど。でも多分、今打ち明けるべきではなかったかも。でも俺にとってはすごく大事な出来事だったのに、逃げるように嘘をついてきたからつい……。
「やっぱりそんな特殊能力があったんだ……」
「……いや、疑わないの?」
「だって、遥斗くんは僕の特別だし。特別な人だから」
『やっぱり、遥斗くんは特別だ』
心の中でも疑わずに信じる白桃大知。
実は幼いころにも両親に打ち明けていた。
だけど「そうなんだ、すごいね」なんていいながら心の中は『本当に人の心なんて読めたら、人生がどんなにラクか。読めるなんて、ありえない』なんて、否定的だった。今も心の中では否定されるだろうなんて思っていたのに。
今、否定していた当時の両親の心の中に返事をするならば「人の心が読めてもラクじゃない。むしろ知らない方が平和でいられたことも知ってしまって、しんどい」と伝えるだろう。
「本当に信じるのか?」
「はい、信じます。遥斗くんの言葉は全て信じます」
誰にも言えない秘密をふと打ち明けて、それを肯定してくれた。
勝手に涙が溢れてくる。
「俺、もう白桃がいないと生きていけないかも。俺も、白桃が好きだ」
正直な気持ちを伝えると、何故か白桃大知もつられて泣き出した。
そしてぎゅっと俺を抱きしめてきた。
そして白桃大知は、優しくキスをしてきた。
***
相変わらず毎日が忙しくて、時間は早く過ぎていく。
ネット動画を観ていると、ドラマのスポンサーにもなってくれていた大手化粧品メーカー〝y.a-collect〟のCMが流れてきた。合成の桜を背景に、春色メイクをしたballoonflowerのふたりが出演している爽やかなCMだ。
もうそんな季節なのか――。
世間にユニット結成を公表したのは、ドラマ最終回前の時で冬だったけど、balloonflowerでの相方として白桃大知を紹介されてからは、もう少しで一年が経つ。
ユニットが決まってからは、本当にあっという間だった。
白桃大知が相方だったから大きな不満もなく、ここまで来れたんだと思う。
そして最近、ひとつ大きな変化があった。
人の心の声が聞こえなくなった――。
心が読めることを打ち明けたからだろうか。それとも、白桃大知に告白をしたからだろうか。打ち明けた日辺りから、気がつけば人の心が読めなくなっていた。
雑音が聞こえなくなって、世界が静かだなと感じ、それに気がついた。
白桃大知には伝えられなかった。
白桃大知は今、初の主演映画を撮っていて、大事な時期だったから。
心が読めなくなったのは「僕のせいだ」とか言う可能性もある。それに普段の心の声はお母さんみたいだから、急な変化が起きたけれど体調は大丈夫なのか?とか、ものすごく心配してくると思う。
映画が終わって、仕事が落ち着いてから報告する予定だ。
人の心の声が聞こえても聞こえなくてもどっちでもいいやと、もうどうでも良くなっていた。
白桃大知が隣にいてくれたお陰で気持ちも安定していたし、全てが順調だったから。
だけど白桃大知が映画を撮り終えた時に、事件は起きた。
白桃大知が週刊誌に撮られた。白桃大知が出演した映画で相手役だった、清純派女優〝木野宮 華〟が住んでいるマンションの前で。
記事が公開される3日前、「記事載せます」と事務所の方に連絡が来た。載ると知った後すぐに「迷惑かけてごめんなさい」と白桃大知は何度も謝ってきた。謝って来た時に、どうしてそこにいたのか理由を聞こうか迷ったけれど、ふたりで何をしたのか、男女関係を実際に持ったりしたのか、真実を知るのが怖くて聞けなかった。
記事が公開されると隅から隅までチェックする。
『映画共演で愛が育ち、リアルな通い愛へと発展』
『大知くんが華ちゃんにベタ惚れらしいと、ふたりと親しい友人は話していた』
親しい友人って誰だよ……。
白桃大知は仕事以外の時間は家にいつもいて、リビングで俺とずっと一緒に過ごしているし。いつ親しい友人とかいうやつにそんな恋バナ打ち明けたんだよ。
なんて考えながらも、何回も読んでいるうちに真実だと思えてくる。
SNSのファン達の反応はひどかった。
『ユニットデビューしてから撮られるの早すぎ最低。遥斗くんに迷惑かけないで』
『課金したらその金は彼女のもとへいくのか』
『これからツアーだとかイベントだとか増えそうだけど、ショックでいけないな』……。
迷惑かけるなよとか嫉妬心とか、マイナスな気持ちが交わり、俺も白桃大知に冷たくしてしまった。ひどい言葉も投げてしまった。
「今が大事な時期なのに恋愛なんか楽しんで……撮られるし、本当に最悪だな。お前のせいで関わった企業とか人、沢山に迷惑かけるかもしれないんだぞ」と。
「恋愛なんかじゃ……、いや、ごめんなさい」
何か言いたげな雰囲気も察したけど、イライラして聞く余裕もなかった。それから数日一緒にいても気まずい雰囲気で。
夜中、白桃大知は家から出ていき、それから家に帰ってこなくなった。よりによってそのタイミングでそれぞれ別の現場での仕事が続く。
頭が冷えてくると、白桃大知の心だけは、ずっと読めたままならば良かったのにと、ないものねだり状態になる。
相変わらずSNSの白桃大知への中傷は続いていた。ファン以外の、ただ面白おかしく白桃大知を傷つけたいだけの人も参加してきて。だんだんそいつらのことが許せなくなってきた。
中傷を読んでいくうちに、俺もSNSのやつらみたいに一部だけ切り取り、理由も訊かずに白桃大知を傷つけてしまったんだと反省した。
同時に『演技や歌が好きだからこれからも応援しています』とか、『これからも遥斗と一緒に前に進んでほしいです。ふたりが好きです』だとか、ひどい反応以外の言葉が目に入ってくるようになってくる。
正直、気まずいまま白桃大知と会えなくなって、気持ちが沈んでいる。そしてずっと、白桃大知のことばかり考えている。
でもあと三日したら一緒の撮影が。だけどその日まで我慢出来なくなり『白桃、どうしてる? 家に帰ってこいよ』と連絡してみた。
すぐに既読になり『これ以上迷惑はかけられないので』とだけ返事が来る。
『どこにいる?』と送ると返事は来なくなった。
白桃大知の性格上、世間に目をつけられた関係の、噂の女といるのはありえないだろう。ありえないと信じたい。マネージャーに電話してみた。
「白桃と打ち合わせしたくて、でも連絡とれないんですけど、どこにいるか分かります?」
気まずい雰囲気なのを悟られたくて嘘をついた。
「大知くんなら新曲とかセリフとか覚えるのに集中したいからホテルに泊まってるけど、聞いてないの?」
「あ、そうでした。場所聞いたけど、どこでしたっけ?」
マネージャーから教えてもらい場所を確認すると、タクシーでホテルに向かった。
着くとすぐに白桃大知に電話をかけた。
「今、ホテルの前にいるんだけど、部屋の番号教えて?」
「なんでいるんですか? 僕が今外に行きます」
「いや、いい。番号教えて?」
「1201ですけど……」
聞くとすぐに部屋に向かった。
ドアが少し開いていて、隙間からこっちを覗きながら待っていた白桃大知。俺を見た瞬間に「遥斗くん、なんで泣いてるんですか? とりあえず入ってください」と驚きの表情をみせながら俺の手を思い切り引っ張って、ドアを閉めた。
「なんで泣いてるかって? 白桃の顔を見たからだよ。どうして帰ってこないんだよ……」
「だって、遥斗くんに嫌われたから」
「ふざけるなよ。嫌いじゃねーし」
俺は白桃大知の肩をぐんと押した。
人に、こんなに感情をぶつけたのは初めてだ。
「ごめんなさい」
相手に本音を全力でぶつけるのが慣れてなくて、謝られると罪悪感が湧いてくる。いや、だまって帰ってこなくなったのが悪いんだ。会った瞬間に寂しさや怒りで感情が込み上げてきたけれど、謝られたら治まってきた。今は喧嘩をしに来たわけじゃないし。
「その、撮られた相手とはどんな関係なの?」
撮られた相手の名前は〝木野宮 華〟だと知っている。だけどなんか、その名前は呼びたくない。
「どんな関係って?」
「その、恋仲とか……」
「そういうのは一切ありません」
「ありませんって、マンション前で撮られてたじゃん」
「マンションには入りましたけど
……」
「中に入ったんだ……」
「だけど、何もやましいことはなくて」
「じゃあ何しに行ったんだよ?」
「はぁ……」
白桃大知は突然ため息をついた。
心が読めないから、このため息はとても恐ろしく感じた。
質問をしすぎて嫌われたのだろうか。
プライベートを詮索しすぎて嫌がられたのだろうか。
考えこんで下を向いていると、突然両手を握られた。はっとして白桃大知の顔を見る。
「まだ早いけれど、渡したい物があります。帰りましょう」
渡したいもの?
白桃大知は荷物をまとめ、帰る準備をはじめた。じっと見つめていると、強く手を引っ張られ、部屋の外へ。そのまま駐車場に連れられ、助手席に乗せられる。
車は走り出した。
「……白桃の心が分からなくなってから、怖い……」
きらびやかでにぎやかな街並みが助手席から見えるけれど、俺の心は暗くて静かだった。白桃大知の心の声が聞こえなくなってから、ずっと静かだ。
白桃大知は自分の話を進んでするわけではない。白桃大知の気持ちが知れて、俺のことを常に想ってくれていると分かっていたのは、心の声が聞こえていたからだ。
「……もしかして、聞こえなくなったんですか?」
白桃大知は前を見ながら、驚いた様子の表情をしている。
「そう、聞こえなくなった」
それから車内でふたりは言葉も交わさず、本当に静かになった。
白桃大知は今も、何を考えているんだろうか。もう何も分からない。
マンションに着くと、白桃大知は何も言わずにまっすぐ部屋に向かっていく。しばらく出てこない。リビングでひとり取り残され、隣に白桃大知が戻ってきたはずなのに、孤独を感じた。
しばらくすると、大きな紙袋を持って部屋から出てきた。
「遥斗くん、活動10周年おめでとうございます」
「はっ? 10周年?」
「遥斗くんが初めて撮影した日は分からないけれど、前に遥斗くんがいたグループが結成されて、遥斗くんが世間に初披露された日から10年です」
「10年か……」
〝白桃大知とballoonflowerを結成してから何日目〟かは考えていたけれど……。自分が活動を初めてからどのくらい経ったのかとかは、気にしてなかった。
「これ、どうぞ」
白い紙袋を渡され、中身を出した。
黄色のつるつるな鉢植えの上に透明なバルーンが乗っている。バルーンには〝遥斗くん、10周年おめでとう〟と白い文字で書いてあり、そのバルーンの中には薄い紫の桔梗と、かすみ草の造花が並んで入っていた。
「balloonflowerって名前を提案した時、僕の中では『永遠の愛って意味の花言葉がある桔梗』って意味だったけど、遥斗くんは風船の中に花が入ってるやつを想像してて……」
「うん、してた」
「その時にバルーンフラワーのこと可愛いって言っていたので、作ってみました」
「そんな俺の発言まで覚えてるの?」
「はい、遥斗くんの言葉も動きも、ひとつひとつ、忘れません」
紙袋の中にはまだ何か入っていた。
2頭身ぐらいの、俺と白桃大知の可愛いぬいぐるみだ。初めてふたり一緒にCMに出た時に着ていた、白い衣装を着ている。
「これは、僕たちもちょっと縫いましたけど、華さんのお姉さんがほとんど作ってくれました」
「……お姉さん?」
「はい、お姉さんもずっと遥斗くんのファンで。ついでに僕も作ってもらいました」
「そうなんだ……」
「あと、1週間後の遥斗くん10周年の当日、SNSチェックしてみてください」
「SNSチェック? 毎日チェックしてるけど」
そう言うと、白桃大知はふふっと微笑んだ。
話を詳しく訊くと、木野宮 華とふたりきりになったことは一回もなかったらしい。常にお姉さんもいて、3人で黙々と作業をしていたんだと教えてくれた。最近は特に詰まっていて忙しいスケジュールなのに、忙しい中のわずかなスキマ時間に、俺にバレないように作業をしていたんだと――。
「ありがとう。疑ってごめん」
「僕の方こそ、本当にごめんなさい……」
自分から白桃大知を抱きしめにいく。
白桃大知はそれに応えてくれる。俺の背中に手をまわし、ぎゅっと強く抱きしめてくれた。
俺のために10周年のグッズを作ってくれて、そのせいで白桃大知は世間からたたかれることになったのかと考えると、胸が痛くなる。
「白桃、俺のこと好きか?」
「はい、大好きです」
「本当か?」
「本当です」
俺は、白桃大知が誰よりも好きで、大切だ――。
ファンの人たち、世間の人たちにさえ嫌われるかもだけど、俺はある決心をした。