「自分で転がってきた? いや、まさかな」

 トモナリは足元の卵を拾い上げる。
 なんかまた少しだけ大きくなったような気がする。

 これからの計画について考えるのはいいけれど卵についても放ってはおけない。
 正体がわからない以上安全なものと断じることもできない。

 危険なものであったのなら早々に処分しなければ周りが危険に晒されてしまう。

「黒い卵……なんかあったかな?」

 手に入れたという記憶ではなく人生のどこかで黒い卵について聞いたことがないか思い出してみようとする。
 トモナリだって特別なことはなくただの人。

 全ての情報を扱っていたなんてことはなく、身の回りの出来事や話を聞いたぐらいのことしか記憶にない。
 有名な話だってトモナリがアンテナを張っていなければ耳に届かないこともある。

 記憶の中を順に辿ってみるけれど黒い卵について聞いた覚えはなかった。
 トモナリは机に卵を置いて手のひらで転がす。

 黒色だといかにも悪く見えるが黒だから悪いなどと断じることはできない。

「あれ……ヒビ入ってる」

 転がして全体を見てると卵の一部にヒビが入っているのを見つけた。

「ベッドから落ちた時に割れたのか……?」

 堅そうな卵だが絶対割れないなんてことはないだろう。
 ベッドから2回も落ちたのだから割れてもおかしくはない。

「大丈夫かな?」

 知らないものなので割れて失ってもなかったものと同じだと割り切ることはできる。
 しかしせっかくならどんなものなのか知りたいし失えば惜しい気持ちはある。

「えっ!?」

 ピキリと音を立ててヒビが広がった。
 内側から何かがぶつかるようにドンドンと音がしてトモナリは卵を手放して机から離れる。

 何か武器になりそうなものはと部屋を見回すけれどろくなものがない。
 とりあえず学校に行く時に使っているカバンを手に取って盾のように構える。

「トーモーナーリー!」

「うわっ!?」

 卵がパカンと割れて中から何かが飛び出してきた。
 真っ直ぐに飛んできたそれを受け止めきれずにトモナリは後ろに倒れる。

「トモナリ! トモナリ!」

「な、なんだぁ!?」

 顔に何かが擦り付いてきてトモナリは困惑する。
 激しく擦りつくのでそれがなんなのか確認もできない。

 硬くてゴツゴツしている。
 擦り付けられて削られるような若干の痛みはあるけれど攻撃ではなく敵意や害意は感じない。

「ちょっ……はな、れろ!」

 トモナリは自分にしがみつくそれを鷲掴みにして体から離した。

「……な、なんだお前!?」

「でへへ……僕だよ!」

 引き剥がしてよくそれの姿を見てみたがトモナリにはそれがなんなのかよく分からなかった。
 デカいトカゲか? と思ったが明らかに言葉を話したし背中に翼も生えている。

「お前何者だ?」

「えっ……」

「おわっ!? ちょ! なんだよ!」

 トモナリの言葉に固まったデカいトカゲは急に涙を流し始めた。

「僕たち友達だっで、いっだじゃないがぁ!」

「友達? なんの話……」

 知らないと言おうとした瞬間思い出した。
 忘れたくても忘れられないような強烈な記憶。

 死ぬ間際の、邪竜との会話を。

「ヒカリ……?」

 そういえばそんな名前をつけた。

「うん!」

 トモナリが邪竜につけた名前を呟くとデカいトカゲは嬉しそうに笑った。

「ヒカリだと? 一体どういう……」

「トモナリ! よかった! 覚えてた! 無事だった!」

 ヒカリはトモナリの胸に飛び込むとグリグリと顔を擦り付ける。
 可愛らしいとは思うけれど状況がわからなすぎてトモナリは非常に困惑していた。

 時が戻った挙句、邪竜たるヒカリが生まれた。
 しかもヒカリはトモナリが回帰する前のことを覚えているようだった。

「ともかく……お前はあの邪竜のヒカリなのか?」

「そうだよ!」

 犬のように尻尾を振るヒカリはトモナリの顔を見上げて笑っている。
 腹にペシペシと尻尾が当たって意外と痛い。

「どういうことなんだ……?」

「何が?」

「この状況全てがだよ。どうして回帰して、どうしてお前がここにいるんだ?」

「分からない!」

 口の横から舌を出してヒカリはへらりと笑う。

「トモナリと一緒にいたいって思ったんだ! そしたらなんか光るのが現れて望みを叶えてやろうってピカーってしたんだよ!」

「光るの? 望みを叶える?」

「うん!」

「……分からないな」

 ヒカリの話は要領を得ず何が起きたのかトモナリも理解できない。

「ただその願いってやつが今の状況を生み出したみたいだな」

 光るものが何かは置いておいて、ヒカリの願いが叶ったことがこの状況に繋がったのだと考えた。
 一緒にいたいという思いが叶ったために記憶を保ったまま時間が回帰して、トモナリのところにヒカリがやってきた。

 なんでじゃ、と思うポイントがないわけではないがとりあえず回帰した原因がヒカリにありそうなことは分かった。

「……今はもう誰かを殺したり破壊したりしたくはないのか?」

 ヒカリが邪竜だということも分かった。
 ならば確認しておかねばならないことがあるとトモナリは思った。

 邪竜だったヒカリは世界を滅ぼした。
 残っていたシェルターも立ち向かった覚醒者も周りにいた他のモンスターでさえ邪竜によって消え去った。

 今一度あんな悲劇を繰り返させるわけにはいかない。
 ヒカリが危険な存在に育つというのならトモナリはここでヒカリを殺しておかねばいけない。