ランニングしていることなんかはまだ伝えていなくて、いつもは勉強していたとか言っている。

「あの……母さん」

「あら? ちょっと待ってね」

 テッサイに弟子入りすることについて話してしまおうと思って切り出した瞬間インターホンが鳴った。
 タイミング悪いなとトモナリは渋い顔をして、インターホンにつけられたカメラの映像に目をやった。

「……あれ?」

 なんとなく見たことがある人が映っているような気がした。

「トモナリ、清水鉄斎さんって方が来てるけれどお知り合い?」
 
 気のせいではなかった。

「このような夜分にお訪ねしたこと申し訳ございません」

「いえ、それよりもうちのトモナリが何かご迷惑でも?」

 まさかその日のうちに来るなんて思いもしなかった。
 トモナリが知っている人だというとゆかりはテッサイを家にあげた。

 手土産まで持ってきているテッサイだったがゆかりは見知らぬ年上の知り合いに不安げな顔をしている。
 トモナリが何か迷惑をかけたのではないかと少しだけ疑っているのだ。

「いやいや、迷惑などかけていないよ」

「でしたらどういったご用で? それに……どこでトモナリと?」

「改めて自己紹介いたしましょう。清水鉄斎と申します。近くで小さい道場をやっているものです」

 テッサイは懐から名刺を取り出してゆかりに渡した。

「清水剣道道場?」

「ええそうです。今回こちらにお伺いさせていただいたのはトモナリ君をうちの道場に入れてみるつもりはないかと思いまして」

「道場に? トモナリを?」

「たまたまトモナリ君をお見かけしまして。運動神経もよさそうですし、暇を持て余しているようなら剣道を習わせてみませんか?」

 突然の話にゆかりは困惑しているようだ。
 こうならないようにトモナリから話しておこうと思ったのにテッサイのフットワークが想像よりも遥かに軽かった。

「トモナリ、今の話…………」

「ゆかりのご飯は美味いのだ」

 話は本当で剣道を習うつもりがあるのかとトモナリの方をゆかりは見た。
 トモナリの隣ではヒカリがぱくぱくとご飯を食べていた。

「トモ……」

「母さん?」

「そ、それ……」

「それ?」

 ヒカリのことが他の人にバレてはいけない。
 ゆかりは今更ながら必死にヒカリのことをトモナリに伝えて隠させようとした。

 しかし視線で誘導しようとしてもトモナリからすれば盛大に目が泳いでいるようにしか見えなかった。

「ヒカリよ!」

 もうどうしようもないと小声でトモナリに伝える。

「あー、これは」

「これはじゃないでしょう!」

「トモナリ君のお母さん、ご心配なされるな」

「へっ?」

「見えてないわけでも、気づいていないわけでもありません。ちゃんと分かっております。トモナリ君のお友達のヒカリさんでしょう」

 ヒカリのことを知らない人が来たのならトモナリだってちゃんとヒカリのことを隠している。
 トモナリがヒカリがいる場で平然としていたのはテッサイがヒカリのことを知っているからである。

「ワシはヒカリさんをどうこうしようというつもりはありません」

「そ、そうだったんですか……」

 ホッとため息をつくゆかり。

「話を戻しましょう。トモナリ君を道場にどうですか? 剣道は心身を鍛えるのにもいい。礼儀作法も身につきますしもっと先を見据えれば就職にだって有利でしょう」

 テッサイは意外とセールストークも上手い。

「……お金とかはかかるのでしょうか?」

「本来なら月謝や必要な道具のお金が必要になりますが今回ワシが出そうと思っています」

「えっ!?」

 月謝はいらないと聞いていたが道具のお金まで出す気だと聞いてトモナリも驚く。

「どうしてそこまで……」

「目の前に磨いてみたい原石が現れたのです。引き留めるためならこれぐらいするというものです。まあ、ジジイの道楽だと考えてください」

「ではせめて月謝ぐらい払わせてください」

 タダならタダでもいいのかもしれないけれどタダだとむしろ不安になってしまう側面もある。
 ゆかりは剣道の道具について何も知らないので揃えてくれるというのならその方がトモナリのためになるかもしれないと考えた。

「それではお母様の同意が得られたということでよろしいですかな?」

「あっ、トモナリは剣道を習いたいの?」

 なんとなく同意する方向で話が進んでいたがトモナリの意思を聞いていないとゆかりは思った。

「母さんがいいなら俺習ってみたい」

「じゃあ清水さんよろしくお願いします」

「ぜひ鉄斎とお呼びください」

「では鉄斎さんと」

 なんだかすごい速度で決まったけれど、ゆかりの許可も得られてトモナリは正式にテッサイの道場に通うことになったのである。