「くそっ……あんなたくさんの敵とどうやって戦えば……」

 大地を覆い尽くし、黒く見えるほどに多くのモンスターが大挙して迫ってきていた。
 必死に抵抗を続けてきた人類であるが、これまでの戦いでかなり消耗していてこれほど多くのモンスターと戦うのは厳しかった。

「□□□だ!」

 誰かが誰かの名前を呼んだ。
 振り返ると黒いドラゴンが見えた。

 悠然と羽ばたいて空を飛んでいるように見えているが実際はすごい速度が出ている。
 黒いドラゴンは一度頭を上げて空高く舞い上がると迫り来るモンスターの方を見た。

 黒いドラゴンの口からビームのような火炎が放たれてモンスターたちの真ん中で大きな爆発が起こる。

「□□□が来たぞ! 反撃の時だ!」

 きっと黒いドラゴンの名前が呼ばれているのだろうと思う。
 なのに相変わらずその名前だけはなぜか聞こえてこない。

 覚醒者たちは強力な援軍に湧き上がり、戦う意欲を取り戻す。
 見るとドラゴンがモンスターの中に突っ込み、その背中から人が一緒に飛び降りていた。

「□□□と□□□□がいてくれるならきっと私たちは勝てる……」

 自分で声を発しているはずなのに名前が分からない。
 ただ胸に広がる希望は確かなものである。

「勝とう……人類はきっと……」

 ーーーーー

「どうして……」

 岸晴香(キシハルカ)は絶望の表情で武器を落としてへたり込む。

「未来視では確かに……」

 ハルカが戦っているのは巨大な黒いドラゴンだった。
 他の人々が必死に攻撃しても黒い鱗には傷一つなく、抵抗を嘲笑うかのように人々を蹂躙している。

「ハルカ! 何をしている」

 中年の男性が晴香の腕を掴んで立ち上がらせようとする。
 目の前にドラゴンが迫っているのにこんなところにいては危険すぎる。

「未来視は……ここまで大きく変わるなんてことなかった。どうして……あのドラゴンは人類の味方だった!」

 ハルカは未来視という未来を見る能力を持っていた。

「何を言ってる! お前も知っているだろう! あの邪竜がどれだけ多くの命を奪ったかを!」

「でも……そんな……じゃあ私が見たのは?」

「知るか! 立って走れ! 逃げるんだ!」

「どこに? もう逃げられる場所なんてないよ!」

「いいから……」

 次の瞬間黒い光が辺りを包み込んだ。
 後に残されたのは静寂。

 瓦礫すら残らず周辺は大きくただの荒れ果てた平野に変わってしまった。
 黒いドラゴンが一鳴きする。

「……クソッタレ」

 下半身が消し飛んで地面に倒れる愛染寅成(アイゼントモナリ)は悪態をついた。
 アーティファクトの効果で命を長らえているが、周りに助けてくれる人もいないのでただただ死を待つだけのわずらわしい時間となってしまった。

 腰から下がないのに痛みも感じないが足がないという違和感は感じる。
 非常に気持ち悪い感覚だと思う。

『レベルアップしました!』

「……今更なんだよ」

 トモナリの目の前にウィンドウが現れた。
 ゲームの中にあるようなステータスやメッセージの表示のようなものが見えている。

 倒れてるだけなのにレベルアップした。
 下半身が消し飛ぶ直前に剣を刺したモンスターが死んだのだろうとトモナリは思った。

『レベル100を達成しました! スキルスロットが利用可能になります!』

「こんな時にスキル解放してどうなるんだよ」

 もう後数分もすると死んでしまう。
 レベルアップしてスキルが増えても何の意味もない。

「……アイテム全ツッパでランダム抽選でスキル解放」

 どうせ世界も終わりなんだ、やってもやらなくても変わらないのなら最後に少しでも気分良く死にたいとトモナリは思った。
 トモナリのインベントリのウィンドウが現れて中に入れているアイテムが次々となくなっていく。

 ゴミみたいなものから必死になって手に入れた貴重な物まで全てがインベントリの中から消えていく。
 もはや持っていても仕方ない物だと分かっているのに惜しいような気持ちが湧いてしまうのは人として仕方がない。

『ランダムスキルの抽選を行います』

 インベントリの中がすっからかんになって、またメッセージが表示される。

『確率変動が起こりました!』

「……確率変動?」

 これまで見たことも聞いたこともないメッセージが現れた。
 言葉の意味は分かるのだが何の確率が変わったのだというのことは理解ができない。

『スキルの抽選が終わりました! EXスキルが抽選されました!』

「E……X?」

 またしても聞き馴染みのないメッセージ。
 良さそうなもののようではあるけれどトモナリはEXスキルがどんなものなのか知らない。

『EXスキル“モンスター交感力”を手に入れました!』

「モンスター交感力だって?」

 これまた聞いたこともないスキルだった。

「何ができるスキル……」

「うおおおおおおおん! みんないなくなっちゃったよー!」

 得られたスキルが何なのか確認しようとした瞬間、遠くに聞こえていたはずの邪竜の声が比較的近くで耳に届いてきた。
 しかもそれだけではなく、邪竜の声がなぜか頭の中でしっかりとした言葉として理解ができた。

「でも終わってない! ってことはまだ誰か生きてる?」

 体が浮き上がりそうな振動を感じ始めた。
 近いなと思っているとトモナリに影が落ちた。

「生きてる?」

 トモナリの視界を全て覆い尽くすほどの巨大な生き物が上から覗き込んできた。
 巨大な生き物、それはトモナリたちが邪竜と呼んでいた黒いドラゴンであった。

「死んでる……かな。体半分になってるしね」

 はたから見たらドラゴンが偶然見つけた奇妙な死体を覗き込んでいる程度の光景である。

「生きてる……」

「えっ!?」

 リアクションもないトモナリのことを死んでいると思った邪竜が顔を上げた。
 何で答えようと思ったのか分からない。

 でもトモナリは気まぐれに答えた。
 邪竜は大きく目を見開いて再びトモナリを覗き込んだ。

「君生きてるの? いや、それよりも僕の言葉が分かるの!?」

 覗き込んで振られた頭の風圧だけでトモナリは飛んでいってしまいそうになる。

「これが交感力ってやつの力か……」

 だからなんだと笑いそうになる。
 モンスターの言葉が分かるというのはすごいことかもしれない。

 だからといってそれをどう活かしていけばいい。
 戦いに使えるものじゃない。

 今この状況を打開するのにも役に立たないし、生きているモンスターだって目の前の邪竜のみである。

「ねねねねねね! 僕の言葉が分かるの!」

「顔近づけるな! 鼻息で死んでしまう……」

「あっ、ごめん」

 興奮したような邪竜がトモナリに鼻先を近づけた。
 巨大なドラゴンである邪竜の普通の鼻息ですら暴風みたいなものなのに興奮していると本当に死んでもおかしくなさそうな勢いがある。

 トモナリに怒られて邪竜がしゅんとなる。
 なんだかトモナリがイメージしていたものと大きく違う。

「でもでもでも! 僕の言葉が聞こえてるんだね!」

 やや顔を離しながら興奮して邪竜がトモナリに話しかける。

「ああ……分かるよ」

 人生最後の日、人類最後の日の会話が邪竜と役立たずの会話だとは面白いものである。

「ああ……初めて僕の言葉が分かる人に出会ったよ! 君の名前は?」

「俺はトモナリ」

「友、なり? ええっ!? 自己紹介の前に僕たち友達になっちゃったの!? うへへっ、それは嬉しいなぁ!」

「違う違う……俺の名前がトモナリなんだ」

「あっ……そういうこと」

 怒られた時よりも邪竜が大きくうなだれてしゅんとする。

「なんだお前……友達欲しいのか?」

 もう邪竜がなんだとかどうでもよくなったトモナリはざっくりと邪竜に話しかける。