太刀を抱えて珠子が父母の前に出ると、ふたりとも目を丸くして驚いた。

「そのように高価なものを賜ったのか」
「追いかけてお返ししたほうが」

 改めて明るい場所で眺めてみると、太刀は細微な装飾が施された拵えで、刀身も息を呑むほどに冴え輝いていた。

 受け取ったときは特に確かめもしなかった。
 ただ、昨夜の高藤のほぼ唯一の、そして大切な持ちものをもらえたということがただただ嬉しくて、胸がいっぱいになってしまった。

「これは私のものです。高藤さまは必ずお迎えに来てくださるとおっしゃっていました。そのときまで預かります」
「珠子や、父の話をよく聞きなさい」

 父の弥益は膝を勧めて珠子の正面に座り直した。

「今朝、従者の方に詳しい話を伺ったところ、高藤さまは藤原氏の中でも筆頭の名門・北家の御曹司。田舎貴族でしかない宮道家の娘など、都にお戻りなさったらすぐにお忘れになるだろう。昨夜のことはお前も忘れなさい」
「ですが父さま、高藤さまは」
「高藤さまにはお立場もある。お前がいくらうつくして気立てがよくても、宮道家では釣り合いが取れない。万が一、迎えられたとしても珠子にとっては間違いなくつらい暮らしになる」

 父と娘は睨み合った。どちらも引かないと悟ったのか、母の麻子が割り込んだ。

「まあまあ、そのへんにしましょう。私たちは片付けの途中ですし、珠子はもうひと眠りしたらどうですか」

 高藤の従者は一夜のお礼にと、おみやげを持ってきてくれたそうだ。
 気分を害したようで、鼻息を荒くしながら弥益は足音を立てながら部屋を出て行った。

「私は諦めません、母さま」
「そうですね。そのときは私が都へついて参りましょう。高藤さまはなにぶん高貴なご身分の方ゆえ、お迎えにはしばらくかかるでしょう。ひと月、ふた月、あるいは……そうそう、珠子にはこちらの狩衣一式も残していかれましたよ。あなたに渡します」
「ありがとうございます、母さま」

 雨で濡れたが、母が乾かした青の狩衣を高藤は珠子のためにそのまま置いて行った。

 床に太刀を置いた珠子は狩衣に飛びついた。
 高藤の使っていた香りがする。高藤にくるまれているようだった。

 昨日のできことは夢ではなかった。
 ……初めて、涙が出てきた。