甘くて魅力的なことばだったが、珠子は戸惑った。

「私は宮道家を継がなければなりません。都へは行けません」
「宮道家の後継ならば、いずれ生まれるわたしたちの子のうちの誰かを据えれば良い」
「姉が、私の『神の御手』を欲しがっています」
「そんなの、くれてやりなさい。わたしには、珠子姫さえいればじゅうぶんです」

『神の御手』ではなく、差し出された高藤の手を握ればいい。
 心をつくした高藤のことばを信じたい。

 信じたい。
 ……信じたい!

「よろしく、お願いします」

 顔を上げた珠子の視界に、高藤の笑顔があった。
 雰囲気は変わっても、笑顔は変わっていなかった。怖れることはない。

「わたしの乗ってきた車ですぐに向かいましょう。ああ、忙しくなるな」
「喜んで参ります。それに私から、高藤さまにお話ししておきたいことが……」

 珠子が決心した瞬間、大きな足音を立てて室内に姉が飛び込んできた。

「なんなの、許せない! 珠子だけが幸せになるってどういうこと。『神の御手』を渡しなさい。貴公子がお迎えに来るなんて夢物語だと思っていたのに。珠子ばかり、ずるい! そもそもは私のお役目だったのに。私を都に連れて行くよう、『神の御手』に願うわ! 『神の御手』を渡しなさい、そうしないと……この子を傷つける」

 姉は幼子を羽交い絞めするように抱いて人質に取っている。
 姉の腕の中で泣いているのは、歩き姿が身についてきた珠子の娘だ。

「姉さま、やめてください! 多袮子(たねこ)を返して。なんでもするから、多袮子だけは返して!」

 しかも、短刀の先を多袮子の喉に突きつけているので迂闊に動けない。
 高藤が珠子の前に出て凪子との距離を保った。

「落ち着いて。あの小さい子は、あなたの娘なのですか」
「はい。今、お話ししようとしたのですが……」

 ひと目見ただけで、高藤はすぐに悟った。

 小さい女の子は高藤にそっくりだった。
 顔の輪郭、目鼻立ち、髪質までも似ている。歳のころは数えで三つといったところ。なにもかもが当てはまる。

「わたしとの子、ですね」
「……はい。高藤さまにお伝えする手段もなく、月が満ちると子は生まれてしまいました」
「なんと!」

 天を仰いだ高藤は歯を食いしばった。

「ほんとうに愚かだ、わたしは。おじの怒りを買うことに怯え、最愛のあなたを不安にさせていたなんて。凪子姫、わたしが悪かったのです。雷雨の夜、珠子姫と出逢ってしまったわたしが。あなたの願いならば、『神の御手』に頼らなくてもわたしが叶えます」