「私のことが落ち着いたら次は珠子の縁結びね。あなたなら、私と違って教養はあるし、見た目もうつくしいし、家事もできるし、すぐに相手が見つかりそう。運が開けるわ、よかったわね」
「私の?」
「そうよ。宮道家の跡継ぎを生んで頂戴。私の子より、たぶんあなたのほうが賢い子を儲けられるでしょ。元気そうに見えるけれど、父さまはだいぶお年を召された。早いほうがいい」

 今の珠子には、『神の御手』を使う勇気も決心もない。
 願いが叶ったらこの上なく嬉しいけれど、願いが届かなかったときのことを想像すると怖ろしい。 

 だったら、姉に『神の御手』を譲って確実に使ってもらったほうが役に立つ。

 家にいて高藤を待っているだけの珠子は、はっきり言って宮道家のお荷物だった。

 この冬の寒さが体にこたえたせいか、あまり家事もできなかった。
 暖かくなってきたのに、心が浮かない。なにをしても飽きてしまう。

 高藤のものだった狩衣に視線を下ろす。
 愛しい人の香りはすっかり抜けてしまい、布地が少しくたびれてきている。このまま色褪せてしまうかもしれない。

 どうして、文すらもないのか。

 都まで、馬で駆けたら半日もしない距離なのに。毎日、待っているのに。こんなに待っているのに!

 まさか都に素敵な女性がいて、珠子のことなど忘れてしまっているのだろうか。
 高藤は都での日々を楽しい過ごしているのだろうか。
 珠子の知らない都がある。珠子の知らない高藤がいる。

 良くないことを考えていると、ちくちくと胸が痛くなる。ぽろぽろと涙がこぼれてきた。

「ぐずぐずしてばっかりのいやな子ね。そろそろ覚悟を決めなさい」

 たぶん、凪子の言っていることが正しい。立ち止まっていたら、なにも進まない。

 けれど、珠子はその場を動けずにいた。