「小百合さんその髪飾りとっても素敵ですわ!」
「もしかして、今人気のロマン・ジョリーじゃありませんか⁉」
「四ツ越デパートにお店のある?」
 登校するや否や、目ざとい女子たちが私の頭についている新しい髪飾りを見つけてわらわらと集まってきて感嘆の声をあげる。
 サテンリボンとレースをふんだんに使い真珠をあしらった、赤と白と黒でモダンにデザインされたリボン型の髪飾りは、亜蘭さまからいただいたプレゼント。殴るか受け取るかの究極の二択を迫られた私は、プレゼントを受け取る羽目になった。原作の中で香代子に渡した小包こそ見た目は同じだったけれど、中身は違うものですこしだけほっとする。原作の香代子へのプレゼントはまた別のタイミングで渡すのかもしれないし、と私は深く考えずにありがたく頂戴したそれを今日つけて登校した次第だ。
「そうなんです! あの今を時めくロマン・ジョリーの髪飾りを、家庭教師の先生が小百合さんに贈ってくださったんですの!」
 香代子さんが興奮気味に言うと、周囲から「きゃー!」と黄色い悲鳴が湧く。多感な年ごろの女学生たちにとって、色恋沙汰は格好の的なのだ。
「その家庭教師の先生って、確か公爵家のご子息さまでしたわよね⁉」
「まぁ! 殿方からの贈りものだなんて!」
 盛り上がる彼女たちには水を差すようで申し訳ないけれど、「贈りものといっても、これはお詫びの品なので、他意はないんですよ」と付け加えておく。だって、亜蘭さまの思い人は香代子だから。
「それにしても、可愛らしい小百合さんにとてもよく似合っていらっしゃるわ」
「ありがとう、みなさん。私もお気に入りなので、褒めてもらえて嬉しいです」
 私もまんざらでもない気持ちで、賛辞を受ける。これを亜蘭さまが私のために選んでくれたのだと思うと、嬉しさもひとしおだった。私の初恋も、この素敵な贈り物のおかげで、時が経つにつれて優しい思い出に変わってくれそうな気がした。


 学校で優越感に浸り、ご満悦で帰宅した私は制服から洋服に着替えて真っ先に中庭へと向かう。家族入りした愛しの猫に会うために。
「むぎ太郎さん、ただいまー!」
「みゃぁ~」
 名前を呼べば、縁側の下に置いた急ごしらえの寝床からのそのそと出てきてくれて、それだけで私の胸はきゅうんと高鳴る。失恋の痛手を癒してくれるかのように、私にすり寄ってくれる姿が愛しくてたまらない。体の明るい茶色が小麦色を思わせることから「むぎ太郎」と名付けた。オスだった。
「はー! 可愛いもふもふあったかい大好き!」
 前世で猫に触りたくても触れなかったストレスが反動となって、私は隙あらばむぎ太郎さんを摂取していた。本当は、夜も一緒に寝たいけど、家が傷むからと母に反対されてしまった。もっと寒くなってきたら、こっそり部屋に連れ込んでしまおうかと画策中。
 膝の上でごろごろ言うむぎ太郎さんを撫でていると、なんだか瞼が重たくなってきた。今日は半日授業だったため、陽はまだ高くぽかぽかと温かくて気持ちがいい。
「んー、むぎ太郎さん、一緒にお昼寝しちゃおっか」
 私は腹の上にむぎ太郎さんを乗せたまま、縁側に横になって微睡んだ。

 どのくらい寝てしまったのか、ほんの少しの肌寒さを感じて目が覚めると、違和感に気付く。腹の上で寝てたはずのむぎ太郎さんの代わりに、私の体には外套が掛けられていた。見覚えのある仕立てのよいそれと鼻をかすめた白檀の香りに、私はすぐに持ち主の見当がつき、かぁっと顔に熱が集まった。
「ね、寝顔……見られた……っ」
 あぁ……穴があったら入りたい!
 そうだった、今日は午後から家庭教師の日だった。近くの時計を見ると、午後4時を過ぎたところ。家庭教師は4時半までだから、亜蘭さまはまだ離れで香代子に教えているだろう。
 でもどうしてここに?
 ここは離れに行く道からは外れているから、あえてこちらに来ない限り通らないはずなのに……。
「と、とにかく、これをお返ししなくちゃ……」
 外套を手に、おろおろと考える。勉強の時間が終わるまで待っていようか、それとも今行ってぱぱっと返そうか……。できることなら簡潔に済ませたいから後者が理想だけれど、それだと香代子の勉強の邪魔をしてしまうのが申し訳ないし。そうよ、それにもしいい雰囲気になってるところを邪魔してしまったら、二人からもっと嫌われてしまう。これ以上主役たちからの印象を悪くするわけにはいかない、と私は仕方なく終わるのを待って授業終わりに出すお茶を持っていく役目をツネさんに代わってもらった。

 外套を入れた紙袋とお茶の乗ったお盆を手に離れを訪れると、香代子が笑顔で出迎えてくれる。
「お二人ともお疲れ様でございました」
「まぁ、小百合さん! ありがとうございます。今、ちょうど小百合さんのお話をしていたところでしたの」
「私、ですか。耳に痛い話でなければいいのですけど……」
 愛想笑いを浮かべて、小百合の前にお茶を置いた。亜蘭さまの前にもどうぞとお茶を置くと、いつもと変わらない態度で「ありがとうございます」と返された。
「もちろんです、志藤先生からいただいた髪飾りがすごく似合っていて、学校で大人気だったってお話ですわ」
 にっこりと屈託のない笑顔で、香代子は言った。
「確かに、とてもよく似合っていますね」
「へ……?」
 その声音があまりに優しくて思わず顔をあげると、彼は目元を細めて穏やかな眼差しをこちらに向けていた。そんな目、今まで私に向けてくれたことなかったのに……。
「これを見たときに、小百合さんにぴったりだと思ったんです」
 即決でした、と亜蘭さまは満足げに頷いてみせた。やっぱり私のために選んでくれたんだと嬉しさが込み上げてくるのと同時に、もやもやとすっきりしない感情もそこはかとなく迫ってくるのを感じて、手にしたお盆をぎゅっと抱きしめた。
「あ、ありがとうございます」
「こちらこそ、使ってくださり嬉しいです」
 やめてほしい。香代子の前で私の話題なんてするべきでないのに。
 さっさと外套を渡していなくなろう。そう思って横に置いていた紙袋を手に取ったとき、香代子が思わぬことを口にした。
「小百合さん、私の代わりに志藤先生のお茶のお相手お願いします」
「え?」
「私ちょっと用事を思い出しましたの。先生、ありがとうございました。また来週お願いいたします。あっ、先生、あのことはくれぐれもご内密に……」
 途中でちらっと私に視線をよこした仕草が気になったけれど、私が首を突っ込んでいいことではないので気にしない。亜蘭さままで「もちろんです」と意味深に頷いているから、もしかしたらデートの約束かもしれない。
「では小百合さん、後を頼みます」
「ちょ、香代子さ――」
 引き留める間もなく、香代子はさっさと部屋から出て行ってしまった。

 な、なんで?
 どうしてこうなるの……⁉