亜蘭さまの運転する自動車に乗って香代子のいる病院を訪れると、予想外に笑顔の香代子に出迎えられた。
「香代子さん」
「小百合さん、元気そうでよかったです……!」
それは、こっちのセリフなんですけど……。と、呆れてしまいそうなくらい、香代子は顔色もよく溌剌としていて、私は肩透かしを食らう。
「私のせいで散々な目に遭われて……本当に大変でしたね」
ベッドに近寄ると、彼女は私の両手を握ってそんな労いの言葉を掛けてくれた。だからそれもこっちのセリフだと言ってしまいそうなのを飲み込んで、私もその手を握り返す。
「もう、体は大丈夫なんですか?」
「えぇ、すっかり! 毒も少量だったのと処置が早かったおかげでこの通りです。ご心配をおかけしました」
「よかったです、本当に……」
元気な香代子の姿を見たら、涙腺が緩んで涙が滲んだ。
「志藤先生には本当になんとお礼を申し上げたらよいか。父も恐縮しておりました」
「お礼など必要ありません。この事態を招いてしまったのは、全て私の責任です、香代子さ――」
「「それは違います!」」
私と香代子の声が重なり、私たちはお互いに見つめ合った後、またしても同時に声を上げて笑った。
「さすが、姉妹でいらっしゃる」
亜蘭さまも二人から否定されて、気まずそうに頭をかいた。
「それで小百合さん、志藤先生のこと、下のお名前で呼んで差し上げましたかしら?」
「か、香代子さん? なにを突然……」
「先生ってば、『小百合さんが名前で呼んでくれないんです』『どうしたら前のように呼んでもらえますか?』って会えばそんな話ばっかりで、私もいい加減うんざりしてきたところなんですよ」
「か、香代子さん……!」
慌てた声に後ろを振り向くと、耳まで真っ赤にした亜蘭さまと目が合う。だけど彼は、気まずそうにゆがめた口元を手で覆って顔をそむけてしまった。まるで、その話が真実で恥ずかしがっているように見える。
え、え、え?
私の知らないところで、二人はそんな話をしていたの……?
名前で呼んでほしいっていうのは、単に未来の義妹と仲良くしておきたいだけの口実で、香代子さんと亜蘭さまは両想いなんじゃないの?
理解が追い付かないまま香代子へと視線を戻して、私は彼女の耳に顔を寄せた。
「あの、香代子さんは、志藤さまのことを好いてるんですよね?」
耳元で囁くと、彼女はのけ反って目を見開いて驚きの表情を見せる。
「まぁっ、小百合さんそんな風に思っていたのですか⁉ ……あぁ、それで、いつも私をお茶に誘いに……」
途中から独り言のようなつぶやきに代わり、ふむふむなるほど、と彼女は一人で納得し始めた。かと思えば「先生、少し小百合さんとお話があるので、二人だけにしていただけますか?」と退席を頼んだのだった。
「では、私は中庭で待っていますね」
こくんと頷くのを確認して、亜蘭さまは部屋から出ていった。扉が閉まるのを確認して、香代子が口を開く。
「どうして私が志藤先生を好きだと思ったのか……など、聞きたいことは山ほどあるんですが……。とりあえず、それは誤解です。私は、先生を人として尊敬してますが、異性として見たことは一度もありません」
「嘘……」
「本当です。ですから、小百合さんは、さっさと素直になりましょうね」
「えっと……?」
「今も先生のことがお好きなんでしょう? 小百合さんのお気持ちを正直にお伝えになればよろしいじゃないですか」
「で、でも……」
ヒーローとヒロインがくっつかないなんて、そんなことが起こっていいの?と考えてから、私は今朝のことを思い出す。ここは私たちが生きている世界であって、物語の世界じゃないと結論づけたのは、ほかでもない私自身だ。
だから、私の目の前にいる香代子も、恋ロマのヒロイン・香代子じゃない、私の腹違いの姉妹――家族の香代子なんだ。
ずっと、私は『恋ロマ』の悪役令嬢で、香代子はヒーローの亜蘭さまとくっついて幸せになるという未来を信じて疑わなかった。だから、私は亜蘭さまを好きになったらだめで、二人から距離を取らないとって……。
でも、そうじゃないんだ……。
急に、フィルターが消えて、視界が開けたような解放感が訪れた。
その瞬間、さっき頬を赤らめた亜蘭さまが頭に思い浮かんだ。それだけじゃない、これまで彼が私に向けてくれた、優しい眼差しやむぎ太郎さんを撫でる姿、背中を撫でてくれた温かな手……記憶の中の亜蘭さまが次々に頭を過ぎていき、胸の奥底の小さな箱にぎゅうぎゅうに押し込めて蓋をしていた感情が、あふれ出した。
「香代子さん、私……」
「早く行ってあげてください。きっと、まだかまだかと首を長ーくして待っていらっしゃいますよ」
慈愛に満ちた眼差しを受けて、私は部屋を飛び出した。
「香代子さん」
「小百合さん、元気そうでよかったです……!」
それは、こっちのセリフなんですけど……。と、呆れてしまいそうなくらい、香代子は顔色もよく溌剌としていて、私は肩透かしを食らう。
「私のせいで散々な目に遭われて……本当に大変でしたね」
ベッドに近寄ると、彼女は私の両手を握ってそんな労いの言葉を掛けてくれた。だからそれもこっちのセリフだと言ってしまいそうなのを飲み込んで、私もその手を握り返す。
「もう、体は大丈夫なんですか?」
「えぇ、すっかり! 毒も少量だったのと処置が早かったおかげでこの通りです。ご心配をおかけしました」
「よかったです、本当に……」
元気な香代子の姿を見たら、涙腺が緩んで涙が滲んだ。
「志藤先生には本当になんとお礼を申し上げたらよいか。父も恐縮しておりました」
「お礼など必要ありません。この事態を招いてしまったのは、全て私の責任です、香代子さ――」
「「それは違います!」」
私と香代子の声が重なり、私たちはお互いに見つめ合った後、またしても同時に声を上げて笑った。
「さすが、姉妹でいらっしゃる」
亜蘭さまも二人から否定されて、気まずそうに頭をかいた。
「それで小百合さん、志藤先生のこと、下のお名前で呼んで差し上げましたかしら?」
「か、香代子さん? なにを突然……」
「先生ってば、『小百合さんが名前で呼んでくれないんです』『どうしたら前のように呼んでもらえますか?』って会えばそんな話ばっかりで、私もいい加減うんざりしてきたところなんですよ」
「か、香代子さん……!」
慌てた声に後ろを振り向くと、耳まで真っ赤にした亜蘭さまと目が合う。だけど彼は、気まずそうにゆがめた口元を手で覆って顔をそむけてしまった。まるで、その話が真実で恥ずかしがっているように見える。
え、え、え?
私の知らないところで、二人はそんな話をしていたの……?
名前で呼んでほしいっていうのは、単に未来の義妹と仲良くしておきたいだけの口実で、香代子さんと亜蘭さまは両想いなんじゃないの?
理解が追い付かないまま香代子へと視線を戻して、私は彼女の耳に顔を寄せた。
「あの、香代子さんは、志藤さまのことを好いてるんですよね?」
耳元で囁くと、彼女はのけ反って目を見開いて驚きの表情を見せる。
「まぁっ、小百合さんそんな風に思っていたのですか⁉ ……あぁ、それで、いつも私をお茶に誘いに……」
途中から独り言のようなつぶやきに代わり、ふむふむなるほど、と彼女は一人で納得し始めた。かと思えば「先生、少し小百合さんとお話があるので、二人だけにしていただけますか?」と退席を頼んだのだった。
「では、私は中庭で待っていますね」
こくんと頷くのを確認して、亜蘭さまは部屋から出ていった。扉が閉まるのを確認して、香代子が口を開く。
「どうして私が志藤先生を好きだと思ったのか……など、聞きたいことは山ほどあるんですが……。とりあえず、それは誤解です。私は、先生を人として尊敬してますが、異性として見たことは一度もありません」
「嘘……」
「本当です。ですから、小百合さんは、さっさと素直になりましょうね」
「えっと……?」
「今も先生のことがお好きなんでしょう? 小百合さんのお気持ちを正直にお伝えになればよろしいじゃないですか」
「で、でも……」
ヒーローとヒロインがくっつかないなんて、そんなことが起こっていいの?と考えてから、私は今朝のことを思い出す。ここは私たちが生きている世界であって、物語の世界じゃないと結論づけたのは、ほかでもない私自身だ。
だから、私の目の前にいる香代子も、恋ロマのヒロイン・香代子じゃない、私の腹違いの姉妹――家族の香代子なんだ。
ずっと、私は『恋ロマ』の悪役令嬢で、香代子はヒーローの亜蘭さまとくっついて幸せになるという未来を信じて疑わなかった。だから、私は亜蘭さまを好きになったらだめで、二人から距離を取らないとって……。
でも、そうじゃないんだ……。
急に、フィルターが消えて、視界が開けたような解放感が訪れた。
その瞬間、さっき頬を赤らめた亜蘭さまが頭に思い浮かんだ。それだけじゃない、これまで彼が私に向けてくれた、優しい眼差しやむぎ太郎さんを撫でる姿、背中を撫でてくれた温かな手……記憶の中の亜蘭さまが次々に頭を過ぎていき、胸の奥底の小さな箱にぎゅうぎゅうに押し込めて蓋をしていた感情が、あふれ出した。
「香代子さん、私……」
「早く行ってあげてください。きっと、まだかまだかと首を長ーくして待っていらっしゃいますよ」
慈愛に満ちた眼差しを受けて、私は部屋を飛び出した。