「頭、ご報告があります」
「どうした?」
首を垂れる黒装束の男に、同じく似たような黒装束に身を包んだ男が、平坦とした声で続きを促した。一欠けらの感情も感じられない、業務的でいて無機質な声だ。
「備蓄庫の裏手の森にて、面妖な衣類を身に纏った女が倒れていたそうです」
「女が?」
「はい。年は十代半ばほどで、与人様とそう変わりないかと」
「そう。で、その女は今何処に?」
「捕えて、地下牢に。未だ意識は戻っておりません」
「分かった。それじゃあ目が覚めたら報告して」
「御意」
「あ、それから八雲。頼んでおいた報告書って…「此処に」
男が言い終えるよりも早く、八雲と呼ばれた男は、懐から綺麗に折り畳まれた紙の束を取り出した。
「さっすが、仕事が早いね」
「いえ。それでは私は、地下牢で女を見張っていますので」
八雲は紙の束を手渡すと、この場から一瞬で姿を消してしまった。
残された男は、先の戦での報告書に目を通しながら、小さな声で呟く。
「面倒なことにならなきゃいいけどねぇ……」
男は、鮮血のように真っ赤な色をした瞳を細めて、薄暗い窓の外を見た。
彼の者の名は、千蔭。
此処、風之国の地にある忍び隊で、長を務めている男だ。
ひと月ほど前まで、風之国は他国と領地を賭けた戦をしていたのだが、利害の一致から協定を結び、此度の戦は終結を迎えていた。
何故協定を結ぶことになったのかと言えば、互いの国で、数か月前から続いている深刻な問題があり、戦をしている場合ではなくなってしまったからだ。
その問題は、いくら歴戦の猛者でも、才略に長けた名将でも、どうすることも出来ない深刻な問題だった。
「……嘘だろ」
頭の中を占めるその問題について思考を巡らせていた千蔭は、窓の外の変化に気づいて、思わず声を漏らした。風のような速さで外に出れば、自身の頬を濡らすのは、冷たい雫で。
――この地では、否、風之国に限った話ではない。
諸国では、暫くの間、雨が降っていなかった。日照りで作物は育たず、薬草となる植物も枯れて、川が減水している場所もあった。そのため、食料源である魚を獲ることさえも難しくなっていたのだ。
「あぁ、有難や、有難や……!」
「恵みの雨じゃ。神様、有難うごぜぇます……!」
民家に住んでいる町人たちは、各々家から出て、天に向かって感謝の言葉を送る。
――この風之地で、三か月振りとなる、恵みの雨が降ったのだ。
そして、同時刻。
地下牢にて、気を失っていた少女が、目を覚ました。