他国に雨を降らせるため、雫音は風之国を発つことになった。雫音の護衛として、忍び隊の長である千蔭に加えて、部下である天寧と八雲も同行することが決まった。
「……まぁ、よろしくね」
「言っておくが、お前のことなど信用していない。くれぐれも妙な真似はするなよ」
友好的な天寧に対して、八雲はいまだに雫音を疑っていた。今回も雫音を監視する目的で、自ら同行を申し出たらしい。その態度は対照的ではあるが、腕の立つ二人の同行が心強いことには変わりない。
「与人様からも重々頼まれてるわけだし、アンタのことは俺たちが守るから。安心しなよ」
「……はい。皆さん、よろしくお願いします」
天寧と、八雲と、千蔭。
これから共に旅をすることになる優秀な忍び三人に向かって、雫音は深々と頭を下げた。
***
雫音は、ひと月前までは、生きることに意味などないと、そう思っていた。
自分が居ても居なくても、誰も困らない。
悲しんでくれる人は、もういない。
自分には何の価値もないのだと、むしろ疎まれる存在なのだと全てを諦めて、だったらいっそ、消えてなくなってしまいたいと――そう考えていた。
けれど今は、少し違う。
この力を、誰かのために使うことができる。こんな自分にも、まだ出来ることがある。
自分自身に、ほんの微かな存在意義を見出していた。
「準備は良い?」
「はい。大丈夫です」
始めに向かう先は、風之国の隣に位置する、雨の降らない国。自然と調和した暮らしを大切にしているという、深緑の美しい土地。緑之国だ。
――慈雨を降らせるための長い旅が、今、始まろうとしていた。