デトックスウォーター

「あっちには行かないほうがいいです。怖いし、僕も前そこ行ったら変な奴に絡まれたので」
深雪くんが、ネオン街の方向を睨むように向く。
「小桜さんは行かないでください。絶対関わらないで」
「うん。大丈夫。ありがとう」
深雪くんは、自分のピアスを撫でながら、私に向かって微笑んだ。
デトックスウォーターは、ゆっくりと減っていく。
気付けば、外も深い暗闇になっていた。
カフェの中に、チョコレートのような香りが漂う。誰かが注文したのだ。
今度来たときは、デトックスウォーターと、他のものも頼んでみよう。
しばらく深雪くんと話していると、カラカラとお店のドアが開いた。
「こんばんはー。デトックスウォーターお願いしまーす」
やってきたのは、元気のいい女の人。私の隣に座る。
「あれ、深雪この子誰?珍しいね、新しいお客さんだ。初めましてー」
「初めまして」
私も挨拶をする。すると、深雪くんが少し呆れたように、
「いらっしゃいませ。別にいいでしょ、小桜さんっていうの。あんま迷惑かけないでください。ね、小桜さん」
と言って、私に同意を求めてきた。
「え?あ、うん…?」
そんなこと言わなくたっていいじゃん、と、女の人は言った。とても明るい人だ。
「まーまー、あたし時々しか来ないからさ!会った時は話し相手になってよ。あ、あたし熊野(くまの)ね」
「はい、熊野さん。ぜひ」
「それにしても、深雪がこんな話すなんてめずらしいね。仲良くしなさいよー?」
深雪くんはため息をついて、
「うるさいです」
とつぶやいた。
少し話して、ふと時計を見ると、もう夜の十時を過ぎていた。
「…私、今日はここらで帰らせてもらいますね」
私は別れを惜しむように、深雪くんと熊野さんにそう伝えた。
「そっかー、もう帰っちゃうのか。残念」
熊野さんはそう言った後に、元気な笑顔で、またここで話そうねと手を振ってくれた。
それから深雪くんも、お仕事に響くと大変だから、と言って、ありがとうございましたと頭を下げてくれた。
「こう話せるのが、今夜だけじゃないといいね」
深雪くんの顔が完璧な角度に傾けられて、優しいけれどどこかダウナーな不思議な笑みを浮かべる。
「うん。また来ます。二人とも、話してくれてありがとうございました」
私はそう言って、お店を出た。
月はお店に入った時よりも高い位置にあった。
先にあるネオン街に背を向けて、私は駅に向かった。

電車に揺られている時間、私は何を考えていたのかわからない。
自分で勝手に夜と溶け合っている感じがして、深雪くんのことを考えていた。
あの人は優しい感じがするけれど、いつも向けられる笑顔には、どこか暗闇が垣間見えるような気がしてしまう。
どうして、まだ十八歳という若さで、あんなに大人びているのかもわからない。
でもきっと、今の私にそんな疑問は必要ない。
所詮、ただの店員と客。
ただ、家に帰って、どうしても気になってしまう疑問がある。
どうして私は、駅でみるみるさんのガチャガチャを見ることさえもせず帰ってきてしまったのだろう。