仕事に向かうため歩く。
大勢の人が行きかう交差点にも、桜が降り注いでいた。
たまに、少し前のことを思い出すときがある。
初めて飲んだデトックスウォーター、美味しかったな。
アプリコットタルト、今では人気商品になってる。
私、あれから何度もあのホットサンド食べてるな。
乃糸ちゃんが来たとき、びっくりしたな。
深雪がいなくなったとき、怖かったな。
あのとき、深雪が泣いてるの初めて見た。
その後一緒にミルクパフェ作ったの、あれももうすっかり定番商品になったな。
桜で埋め尽くされた地面を見て、どうしてか、いつかの記憶が蘇ってきた。
確か、私が夜寝そうになっていたときに、深雪が話しかけてきたときの。

『小桜さん、僕ね、結局人間が求めるのは、居場所じゃなくて愚痴のはけ口だと思ってたの。…それで、僕は小桜さんのそれになりたいと思ってた』
『僕がどうなったっていいとも思ってた。だって正直、世間を困らせるわけじゃないじゃん』
『だけどね』
『僕の生きがいなんてなかったけど、あなたを見てから、僕が生きていないとって、思えるようになった』

『…僕は、小桜さんのデトックスウォーターになれたのかな』

深雪、そのとき答えられなくてごめん。
でも。
君は、私のデトックスウォーター。
名前のない関係だったけれど、私たちにとって、これが一番の「私たちを言い表す言葉」だ。
特別なものなんて、何もいらない。
いらなかった。
だから、私は、このままがいい。
デトックスウォーターのように、色々なものが混ざり合っている。
一口飲めば、全てじゃないけど、何かがわかって、体に染み込んでいく。
味なんて、一つ感じるだけじゃなくていいのだから。
私たちも、形を変えながら、選択肢を増やしていけばいい。
君に出会えてよかった。

二人のデトックスウォーターを、長い時間をかけて、今夜に解かそう。

二人だけの、二人で。