二年後。
「引っ越し完了~」
「やっと終わった、お疲れ様!」
二十歳になった深雪と、二十七歳になった私は、ルームシェアをするためのアパートを借りた。
ちょうど今引っ越しの片付けが終わったところで、私も深雪も、もうヘトヘトだ。
ベランダには、水彩画のような青空と、桜の花びらが舞い落ちてきているのが見える。
「綺麗だね、桜」
私がそう言うと、深雪も隣に座って、そうだねと言った。
「小桜さんの名前に入ってるよね。『桜』って」
私の名前に「桜」の漢字が使われている理由は、もちろん桜の咲く季節に生まれたから。
けれど、こんなに気持ちのいい、あたたかな春は初めてだった。
私は変わらず仕事に忙しい毎日だ。
深雪も、変わらずDETOXで働いている。
ただ、DETOXに通うお客さんも徐々に増えてきていて、この前はとある雑誌から取材のオファーが来たと言っていた。
それを断って、通ってくれるお客さんだけを大切にするらーさんも、らーさんらしい。
乃糸ちゃんは、花女を卒業後、見事偏差値トップレベルの大学に合格し、今はそこの法学部で勉強を続けている。
弁護士になることは前提としてあるようで、その後もやりたいことがたくさんあると言っていた。すごいなぁ。
そういえば、柚葉ちゃんは二年前に女の子を出産したのだ。
上司に柚葉ちゃんが産休と報告されたときは、本当にびっくりした。
どうやら、柚葉ちゃんはサプライズにしたかったようで、産休まで私に一切言わないようにしていたという。
あんなに小さかった子も、もう二歳か。
「…なんか時間が早いよ、私」
そうつぶやくと、深雪も、
「それは僕も同じだよ」
と言う。
ねぇ、と、深雪が私の肩をぽんぽんと叩いた。
「でも、僕は小桜さんがいなかったら、こんなに時間が早く過ぎてなかったと思う」
深雪のピアスが、春風で揺れる。
表情も、柔らかくなる。
私もきっと、出会って間もないときは、こんな表情もする人だなんて思っていなかったと思う。
「…これが、『幸せ』なのかもしれないね」
私は、視線を窓の外の桜に移してそう言った。
私の名前に、こんなにあたたかい木の名前が入っているんだな。
「僕も、そう思った」
深雪も、桜を見る。
ガタンゴトン、ガタンゴトンと、電車が発車する音が聞こえる。
それは、ただ聞き慣れた音なのに、私たちの新たなスタートを感じさせるようなものだった。
電車のように、終点に着いても、また走り出すような私たちでありたい。
この桜だってそうだ。
枯れても、またこうやって立派に咲き誇る日が来るのだから。